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映画『パンズ・ラビリンス』ネタバレ感想・解説・考察!オスカー監督によるダークな芸術の結晶

映画「パンズ・ラビリンス」のあらすじ・内容

『パンズ・ラビリンス』はギレルモ・デル・トロ監督によるファンタジー?映画です。
他の人には絶対真似できない、独自性の塊のような作品でした。

今回はそんな『パンズ・ラビリンス』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!

映画「パンズ・ラビリンス」を観て学んだ事・感じた事

・デル・トロ節全開のヴィジュアルは必見!
・苦しさの中の幸せが暖かく光っている
・トラウマになりかねないダークな作品だと覚悟したい

映画「パンズ・ラビリンス」の作品情報

公開日2006年(スペイン)
2007年(日本)
監督ギレルモ・デル・トロ
脚本ギレルモ・デル・トロ
出演者イバナ・バケロ(オフェリア)
ダグ・ジョーンズ(パン)
セルジ・ロペス(ヴィダル)
アリアドナ・ヒル(カルメン)
マリベル・ベルドゥ(メルセデス)

映画「パンズ・ラビリンス」のあらすじ・内容

映画「パンズ・ラビリンス」のあらすじ・内容

舞台は1944年のスペイン。主人公オフェリアは、スペイン内戦で父親を失ったおとぎ話を愛する少女です。

母親が軍人・ヴィダルと再婚したことに伴い、共に森の中の要塞へと移住することになります。しかし、要塞はレジスタンスに狙われていたりするために、オフェリアにとって苦しい場所でした。

そんな折、彼女の前に妖精が現れ、要塞そばの迷宮へといざないます。そこには地下世界の番人パンがおり、オフェリアに対し「苦痛の無い地下世界への資格を与えるため、三つの試練を課す」と言い出します。

映画「パンズ・ラビリンス」のネタバレ感想

名監督ギレルモ・デル・トロのコダワリの一本!

名監督ギレルモ・デル・トロのコダワリの一本!© 2006 – New Line Cinema

ギレルモ・デル・トロ。彼の名前は、日本でもかなり聞かれるようになってきたと思います。いまや大物と言えるデル・トロ渾身の映画が、この『パンズ・ラビリンス』です。

デル・トロは『ゼロ・グラビティ』『ROMA/ローマ』のアルフォンソ・キュアロン、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『レヴェナント: 蘇えりし者』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと並び立つ、第一線で活躍中のメキシコ人監督です。

最近だと2018年のアカデミー賞で『シェイプ・オブ・ウォーター』がオスカーを受賞したことが注目されがちですが、彼は以前からかなり幅広い作品を手掛けています。マーベル原作の『ブレイド2』からロボット&怪獣映画の『パシフィック・リム』も監督している他、アニメ映画の『カンフー・パンダ2』や直球ファンタジー『ホビット』シリーズの製作にも大きく関わっています。『シェイプ・オブ・ウォーター』が社会的弱者に向けられたラブストーリーであったことを踏まえると、そのセンスの幅広さがわかるかと思います。

 

そんな監督が、オリジナリティ溢れるダークな寓話を描いた作品が『パンズ・ラビリンス』です。彼が長い間作りたかった映画で、本作のベースとなった手書きのノートは、製作に利用されるまで二十年以上温存されていたというエピソードからも、その本気度がうかがえます。本作では貴重な才能の持ち主による、魂のこもった映像を観ることができます。

その世界観は独特なものですので、既視感を覚えるようなこともないでしょう。「ラビリンス」というタイトルから『風来のシレン』やら『世界樹の迷宮』やらといったダンジョン探索を連想する方もいるかもしれませんが、決してそんなことはありませんよ。

ペイルマンだけじゃない!奇怪なアート性

ペイルマンだけじゃない!奇怪なアート性© 2006 – New Line Cinema

『パンズ・ラビリンス』の中で有名な部分といえば、手のひらに眼玉をつけた怪物・ペイルマン(the Pale Man)でしょう。手のひらに目玉がついている、一目見るだけで恐怖を覚えるバケモノです。『シャイニング』のジャケットや『IT』のペニーワイズほどあちこちで多用されているわけではありませんが、SNSで見たことがあるという方もいるのではないでしょうか。

もちろんペイルマンは見た目だけでも印象に残りますし、物語の転換点に登場して主人公の運命を変えた、という意味でかなり重要な存在でもあります。しかし、実はペイルマンの登場シーンはそこまで長いわけではありません。それでいて、他にもペイルマンのように記憶に残るヴィジュアルが多用されてもいます。

たとえば、巨大な昆虫から変態する妖精。主人公を導く番人パン。一つ目の試練で現れる巨大カエル……などなど。どこかおぞましい異形の存在が、本作には待ち受けています。それらの新しさが評価され、第79回(2006年)アカデミー賞で美術賞を受賞するといった功績も残しています。

ファンタジーと戦争が交錯していく

ファンタジーと戦争が交錯していく© 2006 – New Line Cinema

ペイルマンのような非現実的な怪物のイメージが先行してしまうと、本作のことを「純度100%のファンタジー」と誤解してしまうかと思います。しかし実は、そんなことはありません。上で少し触れたように、本作の舞台は1944年のスペインとそれなりに厳密に設定されており、これが物語の展開にも生かされています。

実は『パンズ・ラビリンス』の中でファンタジー世界を行き来する人間は主人公のオフェリアのみです(人間以外は別ですが)。その他の人間は、あくまで現実のスペインに生きて戦っています。そのアンバランスさが本作の魅力の一つだったりしています。

物語の初めから最後までが、剣と魔法のファンタジーで出来ている……という物語は、好きな人は好きかと思いますが、歳を取るとどうにも胸焼けしてくるような気分になる人もいるでしょう。毒気のなさといいますか、味わいが表面的であるように感じてしまうこともあるのではないでしょうか。本作はそこに現実を、しかも辛い戦争を交えることで、かなりビターなアクセントを加えています。

 

この戦争の見せ方もまた絶妙で、ファンタジーとの強い対比を作っています。わたしたち日本人にとって20世紀前半の戦争というと、機銃での応酬や戦闘機による空爆、原子爆弾といったものをイメージしがちかと思います。しかしそうした遠隔攻撃には、どことなく作り物っぽさが伴ってしまいます。湾岸戦争における遠距離爆撃が「ニンテンドーウォー」と揶揄されたことなどは、その顕著な例でしょうか。

そうならないための配慮か、本作の戦闘シーンで用いられる武器はだいたい拳銃です。森の中から突然現れた、そう遠くない敵と撃ち合ったりする状況は、ライフルで遠くから撃つよりも生々しいものがあります。そこに、ファンタジー世界との違いが表れています。

しかも、中心的な軍人が冷酷に描かれているのも示唆的です。砦の中での上官であり、オフェリアの義理の父でもあるヴィダルは、一貫して他人の命をなんとも思わないような人間として描かれています。砦のあたりをうろついていた民間人も、銃撃の末に打倒したレジスタンスも、殺すことをためらいません。拷問だって行います。戦時中の軍人としては正しい行為と言わざるを得ないのでしょうが、平和な世界に生きる(または、ファンタジーの世界に生きる)人間にとっては、あまりに残虐です。

現実がそんな有様だからこそ、夢の世界へと逃げ込みたい!というオフェリアの感情が強まり、その欲求が観客とどんどんリンクしていくところは、実によく出来ています。

以下からネタバレを含みます!

【ネタバレ解説】なぜトラウマ映画扱いされているのか?

【ネタバレ】なぜトラウマ映画扱いされているのか?© 2006 – New Line Cinema

本作について調べると、「トラウマ」の表現が必ず目につきます。確かにペイルマンは、風貌だけでも夢に出てきそうではありますよね。それにしたってあちこちでこう言われているのはなぜでしょうか?いくつか言い様はあるのですが、シンプルに主人公を中心として捉えると、「無垢な少女が延々と辛い現実に直面させられるから」ということになるでしょう。

序盤でパンから試練を言い渡されたオフェリアは、比較的簡単に第一の試練をクリアします。しかしその後、身重の母親の容体が変わってしまい、第二の試練どころではなくなってしまいます。そこにパンが現れ、母親を落ち着かせるアイテムを渡しつつ試練を続けるよう急かします。アイテムによって母親の具合が安定した後、オフェリアは第二の試練を行い、そこでペイルマンと対峙します。試練そのものはクリアしたものの、彼女のミスからパンが大事にしていた妖精がペイルマンに食べられてしまったため、パンに見捨てられてしまいます。

 

その後、アイテムを使っていたことが父親にバレてしまい、それが燃やされてしまいます。直後母親の容体が急変し、弟が生まれると同時に死亡してしまいます。絶望したオフェリアは、レジスタンス側の内通者だったメルセデスに頼み込んで脱走を試みます。しかし途中で義理の父親たちに捕まり、要塞に連れ戻されてしまいます。

失意の中で再びパンが現れ、「弟を迷宮に連れてこれたら第三の試練を受けるチャンスを与える」と話します。彼女は間一髪で弟を攫い、また偶然にも同時にレジスタンスが要塞へ奇襲をかけてきます。義理の父親は奇襲への対応よりオフェリアを追うことを優先し、迷宮へと追いかけ、その最奥でオフェリアは義理の父親に追い詰められ、弟を奪われた挙句に殺されてしまうのです。この無慈悲さが、トラウマと呼ばれる最大の理由と言えるでしょう。

誤解のないように補足すると、本作においては主人公以外の人間たちも、ろくな目には合っていません。身もフタもない言い方をすれば、ほとんどがどこかで死にます。その死にざまもまたトラウマに寄与していることは、ほぼ間違いありません。最終的には誰も得をしていないような形で終わります。もっとも彼らは全員大人で、しかも戦時中ですので、まだ仕方ないように思える余地があります。逆に言えば主人公は何の罪もない少女にすぎないため、心に重くのしかかってくることにもなります。

【考察】パンズ・ラビリンスの結末をどう解釈すべきか

【考察】パンズ・ラビリンスの結末をどう解釈すべきか© 2006 – New Line Cinema

上に書いたようにあらすじだけ参照すると、本作は完全にバッドエンドです。しかしながら、本作は必ずしも悲劇的な映画とは言えない側面を持ってもいます。その多面性が、本作をただの(ダーク)ファンタジーにさせていない所以でもあります。

そもそもなぜ、話の軸はバッドエンドに思えるのでしょうか?理由は簡単、主人公が殺されているからです。一般的に考えれば、死は最悪の結果と言うほかありません。本人に元々自殺願望があったとか、どう転んでも自業自得としか言えない愚かな失敗をしたとかならまだ話は変わるかもしれませんが、本作の主人公にそういったことはありません。

むしろ必死に生き抜くために、義理の父親から逃げてレジスタンスに加入しようとさえしています。普通に生きて、普通に幸せになろうとしていただろうことは、想像に難くありません。

 

しかも彼女の人生は、苦難の連続でした。幼いうちに父親が死に、母親は別の男と再婚して新たな夫と第二子のことばかり気にするようになり、学校にも行けず、子どもの遊び相手のいない森の中に閉じ込められ、大人たちに怒られ、弟の出産と共に母親を亡くし、最後は義理の父親の手で殺される……と、これ以上ないほど悪いことしか起きていません。大して悪いこともしていないのに、ほとんど無意味に殺されてしまったのですから、傍から見ればどう考えてもバッドエンドです。

それでも、です。それでも、本作はハッピーエンドだったかもしれないと言いえる余白を持っているのです。未見の方はもちろん、鑑賞済みという方にも信じがたい話かもしれません。決して難しいことではありませんので、どうぞ一度落ち着いて考え直してください。

上では、「一般的に考えれば」死は最悪の結果だと書きました。大多数の人にとっては、と言い換えてもいいでしょう。だからといって、「全人類にとって」最悪だというのは傲慢です。幸せな死を迎える人も、間違いなく存在してます(亡くなった以上、存在していました、と言うべきかもしれませんが)。

幸福か不幸かどうかは、決して他人が決められることではありません。何より大事なのは、本人の感情です。本人が幸せなら他人がどう言おうとその人は幸せです。逆も然りですよね。お金があっても、モテていても、不幸を感じている人は不幸です。

 

では本作の主人公はどうかというと、確かに本編の大部分は不幸だったと言う他ありません。山から逃げたがっていたことからも明らかです。しかし死の瞬間だけは、そんなことはなかったようです。

それは、彼女が非常に夢見がちだったことに端を発します。クライマックスになって、彼女に訪れた冒険はすべて彼女の妄想だったことが判明します。彼女の周りの大人にとっても、『パンズ・ラビリンス』を鑑賞したわたしたちにとっても、それは明らかです。一方で彼女だけは、それが妄想だとは気づきませんでした。最後の最後まで(あるいは閉幕してからも)一連のファンタジー世界は本物だと信じていたのです。

そして死の間際の妄想の中で、「第三の試練は弟のために命を賭すことだった」と明かされています。結果彼女は理想の地下世界に案内され、そこで笑顔を見せるのです。そう言われると、かつ主人公に嬉しそうな顔をされてしまうと、「常識的な感覚だと不幸だからバッドエンド!」とはどうしても言いにくくなってしまうのです。彼女は主観的には、冒険の末に理想を叶えたのですから……。

 

それにもしも彼女が最後に生き永らえたとして、果たしてその後幸せになれるのか?というのも疑問です。母親が逝去した以上、法的な後見人は義理の父親ということになりますが、家族として一緒に上手く生活していけるとは全く思えません。義理の父親から逃げてレジスタンスに加わればまだマシかもしれませんが、それはそれで戦争の日々が待ち受けています。年相応の生活ができる環境は、決して用意されていないでしょう。どちらの道を進んでも、主人公にとって苦痛となることは間違いありません。

それならば、俗世を捨てて幸せな妄想の中に飛び込んだこの結末は、彼女にとって最高のハッピーエンドだったのではないでしょうか。もちろん映画の感想も人それぞれですから、「家族に殺されるのはバッドエンドに違いない」と言うこともできますけどね。

余談ですが、こうした「主観の幸せ」を問いかけてくる作品には、ポール・トーマス・アンダーソン『ファントム・スレッド』や、マーティン・スコセッシ『沈黙 -サイレンス-』などもあります。それぞれ違う分野における作品ですが、押さえておくと見方が変わるかもしれませんね。

【評価】カルトでアーティスティックな名画

【評価】カルトでアーティスティックな名画© 2006 – New Line Cinema

『パンズ・ラビリンス』は、天才的な監督の創造性が凝縮された映画です。それゆえに素晴らしくもあれば、理解しにくくもあります。ヴィジュアルだけでもそのことが端的に表れていますが、脚本にも同様のことが言えます。気軽に人に勧められるとは言いにくい映画です。

一方で、ビターな味わいを楽しめる大人が舌を巻く作品でもあります。主人公のように、辛い現実の中にあって創作物を心の糧にしている人にとっては、福音をもたらすような一本になるかもしれません。残酷さの中に美しさを見出す自信のある方には、絶対に観てもらいたい映画です。

(Written by 石田ライガ)

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