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映画『火垂るの墓』ネタバレ感想・解説・考察!これは単なる反戦映画ではない

【解説】原作は野坂昭如の実話を描いた小説で、直木賞受賞作として評価も高い

映画『火垂るの墓』は、戦争を経験した作家の野坂昭如が描いた短編小説『火垂るの墓』を、今ではその名を知らない人がいない超有名制作会社のスタジオジブリがアニメ化した作品です。

現代でも終戦が近づくとたいてい再放送され、さらには内容も強烈で心に残りやすいため、本作を全く見たことがないという方は少ないのではないでしょうか。

上記の点から、「映画の内容はたいていの人が知っているし、いまさら語りなおしても仕方がない」ということで、この記事では主に意外と知られていない本作のトリビアや、原作などの解説・考察を中心に行っていきます。なお、ネタバレには注意してください。

映画『火垂るの墓』を観て学んだこと・感じたこと

・戦争のもたらす悲惨さを、改めて実感した
・自分が親戚だったら彼らをどう扱うか考えさせられた
・結末は涙抜きでは直視できない

映画『火垂るの墓』の基本情報

公開日1988年4月16日
監督高畑勲
脚本高畑勲
出演者清太(辰巳努)
節子(白石綾乃)
清田・節子の母(志乃原良子)
親戚のおばさん(山口朱美)

映画『火垂るの墓』のあらすじ・内容

映画『火垂るの墓』のあらすじ・内容

終戦直後の神戸。この地で、ある一人の少年が死を迎えようとしていました。

少年の名は清太。彼は魂だけになって体から抜け出し、同じくすでに亡くなっていた妹の節子が生きた終戦前のことを思い返します。

時はさかのぼって終戦直前。清太は戦地へと赴き不在の父を除き、心臓を患った母とまだ4歳の節子と三人で暮らしていました。

決して裕福とはいえない生活を送っていた家族でしたが、戦局が悪化していく中でなんとか支えあい日々を乗り越えます。

 

ところが、彼らが住む神戸市にも、空襲の魔の手が伸びてきました。三人の住む家は焼け落ち、母を避難させたのちに妹を連れてなんとか家を脱出。

しかし、清太が避難所となっていた学校で見かけた母は、空襲によってひどい火傷を負ってしまっていたのです。

現実を直視できず逃げ出す清太ですが、その後母は帰らぬ人となってしまいました。両親の庇護、そして家を失った清太と節子は、子供ながらに生き延びようと奔走していきます。

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映画『火垂るの墓』のネタバレ感想

【解説】原作は野坂昭如の実話を描いた小説で、直木賞受賞作として評価も高い

【解説】原作は野坂昭如の実話を描いた小説で、直木賞受賞作として評価も高い

まず、再放送だけで見ている方は意外と知らないかもしれませんが、本作にはれっきとした原作が存在します。その原作とは歌手兼作家の野坂昭如が1967年に記した同名小説で、戦争の記憶を生々しく描き出したことで注目を浴びました。

作品の中身には、野坂自身が実際に経験した戦災の様子が大いに活用されています。彼もまた清太と同様に空爆による家の全焼という憂き目にあったのち、妹とともに防空壕での生活を経験しました。

ただし、叔母夫婦の家ではそれほど冷遇されず、さらに後述するように下の妹に対する接し方が作品とは大きく異なるなど、経験をもとにしながらもあくまで「物語」としての側面が強いのもまた事実です。

 

そして、大阪弁を交えつつも経験に基づく悲惨さをするどく描き出した本作は、大衆文学の名誉である直木賞候補に上り詰めました。選考委員たちも本作にはおおむね好意的であり、著名なところでは推理作家の松本清張や、歴史小説家の大沸次郎などが賛辞を表明しています。最終的には選考会を無事通過し、この作品は第58回直木賞を受賞しました。

こうして文壇で高い評価を得ていた原作に目を付けたのがアニメ監督の高畑勲で、彼はもともと中編アニメーション作品として本作の制作に着手しました。後述するように『となりのトトロ』との並行制作によって苦労の多い作品作りを強いられたようですが、彼は本作を原作に忠実な作品として仕上げています。

さらに、ただ原作に忠実な構成を守るだけではなく、高畑は作中の風景や空襲についても、徹底して現実のそれを再現しようとしました。そのこだわりは隅々にまでわたるもので、神戸市の街並みや爆撃機の外観など、創作的なデフォルメが極力排されているのです。

加えて、高畑本人が幼少期に岡山での空襲を経験しており、空襲シーンの制作にあたってはその情景も盛り込まれています。また、声の出演を果たしたキャストたちに関しても「エセ関西弁」になってしまうことがないよう、あえて本職の声優だけではなく関西弁ネイティブの俳優なども積極的に出演させました。

以上のように、この作品には定評のある原作と、それを忠実に再現しようとした高畑の知られざるこだわりが隠されています。我々は何気なく再放送で眺めている間に、かなり正確な形で当時の情景を学習していたのです。

【解説】となりのトトロと同時制作・上映されたが、興行収入的には今一つだった?

【解説】となりのトトロと同時制作・上映されたが、興行収入的には今一つだった?

先ほども少しだけ触れましたが、本作は同じくスタジオジブリの歴史的名作『となりのトトロ』と同時期に制作され、同時上映されています。ただ、本作もトトロも約90分とアニメ映画としては標準的な尺を有しており、詳しく事情を追っていかなければ同時上映の理由が見えてこないでしょう。以下では、そのあたりを解説していきます。

そもそも、先に企画されたのはトトロであり、この作品は当初60分ほどの中編アニメーションとして構想されていました。ところが、当時のジブリはヒット作こそあったものの現代ほど絶対的なポジションにあったわけではなく、商業的な事情からトトロの単独上映は難しいと考えられていたのです。そこで白羽の矢が立ったのが「もう一つの中編映画との抱き合わせによる配給」で、本作はそのために制作が開始されました。

ところが、トトロを制作する宮崎駿監督も力が入ったのか、当初の予定を超えて90分の長編アニメーション作品へと様変わり。さらに、同じく中編として構想されていた本作も、やはり気合が入ってしまったのか、いつの間にかトトロと全く同じような長編になってしまったのです。

ここに至って制作会社のスタジオジブリは「長編劇場アニメーションを二作品同時進行で制作する」という、異例の状況に陥りました。当然ながら両者ともに製作には大変苦労したようで、特にジブリの主要で優秀なスタッフがどちらの制作チームに配属されるかという、人材獲得の競争が激しかったと言われています。

最終的にどちらの作品も一応形にはなったものの、本作は一部シーンが未完成のまま劇場公開の日程を迎えてしまい、これに落胆した高畑は監督業の引退をも示唆していたほどでした。

 

以上のような事情こそありましたが、現代から考えればどちらの作品も方向性こそ違えどたぐいまれな傑作であり、この二本を同時に鑑賞できるというのは役得にしか思えません。

しかしながら、公開日程や宣伝といった映画の出来以外での様々な事情により、二作品の興行収入は伸び悩んでいました。最終的には約6億円の興行収入とそこそこの数字を残しますが、本作の翌年に公開された『魔女の宅急便』が21億円強の成績を上げたことを踏まえると、実質的に長編を二作盛り込んだことを思えばややさみしい数字であることは間違いないでしょう。

もっとも、トトロは愛くるしいキャラクターたちが反響を呼び、今ではジブリの代表格と称されるような作品に成長しました。これに比べると本作はやや見劣りする面も否めませんが、トトロとは全く別の「戦争ドキュメンタリー」という点で高い評価を獲得しており、どちらも傑作と呼んで差し支えないでしょう。

【解説】妹思いの清太の性格は、作者の実話とは逆の形で描き出された?

【解説】妹思いの清太の性格は、作者の実話とは逆の形で描き出された?

原作小説を解説した際にも少し触れましたが、本作には著者の実体験が反映されているとともに、あえて現実をそのままに描き出していない側面があります。その代表例が「清太と節子の関係性」であり、この部分は実話と大きくかけ離れているのです。

本作における清太は、たとえ自分の身を犠牲にしようとも節子を救おうとする妹思いの兄でした。その必死な姿は見る者の心を打ち、それでも節子を救えず死なせてしまうという絶望的なオチは、視聴者の大半に衝撃を与えたことでしょう。

しかし、原作者の野坂は、作品で描かれている節子よりもさらに幼い下の妹・恵子に対しては、あまり良い兄として振舞っていなかったようです。当時は現在でいうところ中学生くらいの年齢であった野坂は、同じく親戚の家に住む女性に対して恋をしていました。その結果として恵子の面倒を見ることを半ば放棄しており、幼くして自分が彼女の面倒を見なければいけないことにわずらわしさを感じていたようです。

その結果、二人が福井へ疎開することには恵子にまともな食事さえも与えなかったと本人が語っており、彼女はそのまま疎開先で一年と少々の短い生涯を終えることになりました。彼がのちになって当時の行動を悔い、贖罪の目的で記したのが本作と言われています。

 

こうした事実を知ると野坂が実に冷淡な人物に見えるかもしれませんが、そこには様々な事情が絡んでいたことを踏まえなければならないでしょう。

まず、野坂には恵子のほかに病死したもう一人の妹がおり、彼女に対しては兄らしいふるまいをしていたということ。当時はまだ生活に余裕があったために彼も妹の面倒を見ることができ、決して年下の妹弟を邪険にする人物ではなかったことがわかります。

しかし、まだ少年の野坂にとって、自分の生活が苦しくなったときに妹の面倒を見なければならないという境遇は、容易に受け入れがたいものがあったでしょう。そうしたときに余裕を失ってしまったのは仕方のないことだと思いますし、むしろ本作中における清太の行動のほうがかえって異常にも思われます。

確かに彼の行いは褒められたものではなかったでしょうが、自分の行いを悔いて本作を出版したことによって、「戦争を後世に伝える」という面で本当に大きな役割を果たすことになりました。

【考察】戦争の悲惨さを伝えているが、この作品は本当に反戦映画なのか?

【考察】戦争の悲惨さを伝えているが、この作品は本当に反戦映画なのか?

本作は、しばしば戦争の悲惨さを描くことで、後世の人々に「戦争は二度と繰り返してはいけない」というメッセージを伝える「反戦映画」と認識されることが多いです。実際、作中では空襲という戦争の一局面に影響された二人の子供が運命に翻弄されていく様子が描かれていますし、この解釈は一般的なものでしょう。

しかし、先ほど記したように野坂は「自分への贖罪」として原作を書き記したほか、高畑監督も上記とは異なるメッセージを込めた作品であると繰り返し述べています。その内容を見ていくと、彼自身は「反戦メッセージ」を込めたつもりは一切なく、ただ戦争の時代を生きた二人の悲劇を通じて「家族や社会」といったテーマを描き出したかったようです。

彼に言わせれば、清太と節子は二人仲睦まじく良好な人間関係を築けている一方で、おばをはじめとする周囲の人々を拒絶し社会から逸脱しているという側面は、現代を生きる若者にも共通する点があるとのこと。そのため、戦争を知る世代に観てもらうというよりは、むしろ若者に共感してもらいたい作品であると語っています。

 

この発言を踏まえて映画と現実を比較していくと、確かに二人が社会を拒絶した結果として滅んでいったことに近しい光景を、現実でも確認することは可能です。「身内では良好な関係を築いていながらも、社会を拒絶してしまう」というのは、個人的にスポーツ界でよく見かける現象のように思えました。

例えば、身内では指導の際に「パワハラ」をすることが常態化していたとします。これは対外的に見ればもちろん異常な光景ですが、当事者同士が納得していた場合は話が難しいのです。指導する側は「愛」と称し、指導される側もこれを受け入れてしまえば、少なくとも彼らの間では良好な関係性が成立します。

しかし、言うまでもなくこの図式は社会的に受け入れられないため、彼らは猛批判を受け立場を悪くしていくでしょう。それでも当人同士に不満がなければ、「自分たちを受け入れるのは当然だ」という考え方になってもおかしくありません。そしてこの「自分たちを受け入れて当然」という考え方は、清太がどこかで隠し持っていた感情そのものであると考えます。

以上の例はあくまで現代の若者にありがちな、社会問題を引き合いに出して本作で描き出されているメッセージを重ねてみただけですが、確かに単なる「反戦映画」とは異なる解釈も十分に成立し得ることがわかるでしょう。ついつい戦争の悲惨さばかりに目が行きがちですが、様々な角度から現代に通じる教訓を得られる作品だと考えています。

【評価】極めてリアルな形で戦時下の市民を描き出した、後世に残すべき作品

本作がすでに名作としての評価を確立しているのは事実ですが、私としてもそうした世間の風潮におおむね賛成です。しばしば批判されるような、お涙頂戴的な要素がないとは言えないのも事実ですが、一方で本作はただ「感動」や「反戦」を押しただけの映画とは一線を画す文化的な価値を有しています。

まず第一に、この映画が野坂と高畑監督という二人の空襲経験者の見てきた世界を反映し、かつそれを忠実に再現したドキュメンタリー映画としての側面が強いこと。彼らの経験は多少の脚色こそあれどかなりの面で映像化されており、加えて高畑監督の強いこだわりによって細部までの光景が再現されています。

そして、アニメという形で描かれていることによって視聴へのハードルが低めになっており、普段は戦争映画を敬遠する層にまで作品を届けることができたという点では固有の価値を有しています。

 

また、「戦時下を生きる人々」を通じて、現代を生きる我々が多様な解釈を行えるのも作品の強み。作中における清太の行動を評価するのか、あるいは非難するのか。同時におばさんの行動を評価するのか、あるいは非難するのか。こうした選択については、作中で「答え」を提示する人物がいないことから、その解釈が我々に一任されています。

さらに、現代であれば恐らく誰もが同情するであろう清太と節子が報われていないことも、この作品に深みを与えているでしょう。仮に二人がおばさんの家を飛び出して懸命に生き延びた結果として幸せをつかんでしまえば、作品はかなり薄っぺらくなるような気がします。それに対しておばさん一家を没落でもさせようものなら、かなり安い勧善懲悪作品になっていたことでしょう。

この作品の悲劇性を加速させている「同情できる兄妹の死」と「同情できないおばさんの安定」という二つの軸は、彼らの行動を考えていくうえで非常に大きな意味を持っています。幼いころには社会につまはじきにされる清太や節子の目線から物語を鑑賞し、子供や孫を持つようになってからはおばさんの立場になってもう一度作品を味わってみる。本作はこうして人生のうちに何度も鑑賞する価値のある映画です。

(Written by とーじん)

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