映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督によるドラマ映画で、真の芸術とは何かを観る人に問いかけてくる、骨太な怪作でした。
今回はそんな『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の個人的な感想やネタバレ解説を書いていきます!
目次
この映画を観て学んだ事・感じた事
・大人の事情で映画の尊厳は貶められているのかも
・カメラ回しが神がかり!どうやって撮っているのか気になる
・万人受けはしない。映画に限らず、何かを創作している人には一見の価値アリ
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の作品情報
公開日 | 2014年 |
監督 | アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ |
脚本 | アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ ニコラス・ジャコボーン他 |
出演者 | リーガン・トムソン(マイケル・キートン) マイク・シャイナー(エドワード・ノートン) サマンサ・トムソン(エマ・ストーン) レズリー・トルーマン(ナオミ・ワッツ) |
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のあらすじ・内容

主人公リーガンは、二十年以上前に「バードマン」というスーパーヒーロー映画で大ヒットした俳優ですが、その後は一切売れませんでした。
復権をかけて舞台のプロデュースおよび主演に挑戦するものの、トラブルが連発します。
そんな中、ある事情からマイクという売れっ子俳優を起用できるチャンスが舞い込んできました。しかしマイクはとんでもなく我が強い男で……。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の感想
社会性や人間味も織り込んだ映像のアート

私見ですが、本作のテーマはおそらく「エゴ」と「芸術」の二つです。それぞれのエゴを持った人物が、文字通り舞台の上で、どのように自我と向き合っていくか……。スーパーヒーローらしい(というより、主演のマイケル・キートンがかつて主演を務めた『バットマン』をもじったであろう)タイトルとは裏腹な造りになっています。
強大な悪役も派手なアクションも、明確なカタルシスも乏しいと言った方がよいでしょう。単に愉快な映画ではなく、事実、興行収入も大した数字は出せていません。
一方で本作は、第87回アカデミー賞作品賞をはじめとする数々の映画賞を受賞しています。ご存知の方も少なくないと思いますが、大衆の評価とアカデミー賞などの各賞との乖離は、決して珍しいことではありません。『ムーンライト』『スポットライト 世紀のスクープ』『シェイプ・オブ・ウォーター』もそうですし、今年の作品賞を受賞した『グリーンブック』も、興行収入で言えば『ブラックパンサー』や『ボヘミアン・ラプソディ』に水をあけられています。そうした点から見ても、スーパーヒーローものようなとっつきやすさは無く、「わかる人にだけわかるスゴさ」を持っていると評した方がいいと思います。
とはいえ『バードマン〜』は、(たとえば『スポットライト』のように)欧米文化圏の前知識がなければ、ことの重大さがわかりにくい映画というわけではありません。本作の軸になっているのは、国を超えて共通する人間性と芸術性だからです。この二つの軸そのものが万人受けしないために、本作が誰にでも勧められる作品ではなくなっている、と言えるでしょう。そこさえ了承しておけば、非常に良い作品です。
キャラクターの背景がスッと入ってくる構成がスゴイ

本作のスゴさの一つは、「かなり多い登場人物を、非常に効率的に掘り下げていること」です。普通、二時間あまりで完結する映画ですと、内面まで見えるキャラクターは三、四人しか出せないものです。それ以上になる場合、複数人の人間性が一致していたり、そもそも性格がよくわからなかったりしがちです。尺が足りなかったり、描写しても総合的には消化しきれなかったりしますからね。
一方本作は、二時間足らずのうちに五名の内面を示し、消化しきることに成功しています。自己顕示欲が強く名声にこだわる主人公リーガン、良くも悪くも生粋の舞台俳優であるマイク、表面的には狂っているが根は実直なサム、女性的な弱さの際立つレズリー、批評家として有頂天になっているタバサ……。その他の人物も人間としての弱さや醜さが垣間見えるところが、非常に文学的で興味をそそられます(逆に言えば、フィクションらしい正義漢のある少年少女とは一切無縁ですが)。
また、後述のカメラワークにも関わることですが、あらゆる人物像がセリフ回しから読み取る形になっています。映画だからといって回想シーンに切り替わったりしないところが、妙なリアルさを出しています。こういったところも文学的で、いい味を出しています。
「映画なんだから回想シーンを入れるべきだ!」という意見もありそうですが、本作でたびたび言及される「芸術としての映画」というものを考慮すると、これで正解だったのでしょう。場面を頻繁に切り替えるとテンポは良くなりますが、ややチープになる可能性もありますからね。
まるでワンカット?長回し風のカメラワークに舌を巻く!

映画と演劇の違いの一つは、カットの有無です。脚本や監督などの裁量次第ではありますが、映画は数分おきにシーンを切り、不都合な部分は都度撮り直すことが可能です。カメラを複数台用意すれば、シーンごとの映像を出来栄えに応じて取捨選択することだってできますよね。
一方演劇は、幕が上がれば常に一発勝負です。あらゆる点でやり直しは効きません。観客は目の前の舞台をじっと見ていて、間違いから目を背けさせることも不可能です。もちろん映画には映画の大変さがありますが、ここ一番!という役者の仕事ぶりに関して言えば、演劇の方が重い責任を負う必要があるでしょう。
『バードマン〜』は、そんな映画と演劇の融合を目指したのかもしれません。この映画では、最初から最後までほとんどカメラが切り替わらないのです!クライマックスに主人公の幻覚(?)のシーンが挟まれる以外は、ずーっと一つのカメラで撮り続けているような造りになっています。『雨に唄えば』や『バンド・ワゴン』のようなミュージカル名画のダンスシーン、『アトミック・ブロンド』のクライマックス等一部のアクションシーンはカットなしで撮影されていたりしますが、どれもあくまで数分です。桁が違います。
と言ったものの、実のところは要所要所で撮影を中断しつつ、CG合成によってつなぎ目を消しているそうです。けれどそれが一体どこなのか、何度観直してもほとんど判別はつきません。「ここかな?」と思える部分があっても、次にカットされていると思われるシーンまでは数十分かかったりします。いったいどこで切っているのか!それを探しながら鑑賞するのも一興です。
オンデマンド配信じゃない方がいい?

本作が公開された際、字幕が一般的な白ではなく、黄色をしていました。これはどうやらイニャリトゥ監督のコダワリのようで、日本語に限らず他言語でも意図的に黄色になっていたようです。監督が何を思ったのかは不明ですが、いざ視聴してみると映像全体に黄色いものが不足しており、字幕が見やすかったのは確かです。DVDでも黄色い字幕で視聴することが可能になっています。
しかしどうやら、一部のオンデマンド配信では字幕が黄色にできないようで、一般的な黒縁白字のものが使われていました。あくまで視認性の問題にすぎないため神経質になる必要はありませんが、出来るだけ監督の作家性に歩み寄りたい!という場合は注意してもいいでしょう。
以下からネタバレありです!
【ネタバレ解説】主人公は超能力者か、それとも精神疾患か?

作品を鑑賞する上で、重要ながら判別の難しい問題があります。それは「リーガンが精神病なのか、それとも本物のサイキックなのか」というものです。厳密に言えば彼が精神的におかしくなっているのは確かなのですが、劇中の不自然な現象が彼の幻覚によるものなのか、それとも本物の超能力によるものなのかが不明瞭なのです。
前提としてこの映画は、シーンの分割があってないようなものです。撮影現場がどうであったかはともかく、鑑賞上は終始ひとつのカメラでずっと進行しているように見えます。そのため俯瞰で物語が語られているのか、それとも特定の人物の内面に入れ込んでいるのかが、判別できません。
そして劇中では、不自然な出来事が頻発します。リーガンの身の回りのものが一人でに動きだしたり、無能な大根役者の頭に物が落っこちてきたり、妙な人物がひょっこり出てきたりといったものです。ただしこれらはすべて、リーガンの他に誰もいないときに起きるか、偶然に起きてもおかしくないかのどちらかだったりします。そのため、リーガンの思い込み・妄想とも、知られざる特殊能力とも言い切れなくなっています。
ただ、ラストシーンだけは例外になっています。一命をとりとめたレーガンは病院の個室で目を覚まし、数人から見舞われた後で窓から身を乗り出し、姿を消します。その後個室に来たサムが、開いた窓から地上を探し、焦った様子でふと空を見上げて笑ったところで映画は終わります。結局リーガンの姿は映りませんが、まるで「下にはリーガンがおらず、超能力でリーガンが飛んでいたことをサムが面白がった」かのように受け取れます。日本語版のwikipediaにも、そのように書いてありますね(英語版は表現をぼかしてありますが)。主人公の超能力は妄想ではなかった、というどんでん返しを思わせる印象的な結末です。
しかしながらこれも、リーガンが超能力を持っていることの証拠としては反論の余地があります。なぜなら、サムはこのシーンの二日(またはそれ以上)前にもマリファナを吸っており、精神的に不健康であることは間違いないからです。ゆえにこのラストシーンは、「飛び降り自殺したリーガンの死体を見たサムが、あまりのショックゆえに上空で幻覚を見ている」という可能性を捨てきれません。そしてその可能性を考慮して観直すと、ラストのサムは目が大きく見開かれていて、自然に喜んでいるというよりラリっているようにも見えてきます。
とはいえもしも、自分の父親が超能力で空を飛んでいたりしたら、文字通り仰天するのは間違いありません。女だてらに目をひん剥く方が、むしろ当然とも……。どっちにもとれるエマ・ストーンの顔づくりが絶妙すぎて、真相は謎のままです。結局、超能力があるにせよないにせよ、決定的な証拠には欠けているということになります。
言ってみればこの件は、『ブレードランナー』の主人公リック・デッカードが人間なのか、それともレプリカントなのかという問題と構造的に同じです。観客一人一人が好きなように捉え、解釈を進めればいいということなのだろうと思います。「一体どちらなのか?」という格好の議題があることで、古典的作品らしさも出ますしね。大衆映画にはそういった議論の余地がなく、見方が単純で画一的になりがちだということを踏まえても、『バードマン〜』はこれでいいのだと思います。
【考察】真の芸術ってなんだろう?

自分自身の名声のために演劇に挑戦した主人公リーガンは、物語が進むにつれてその難しさに直面していきます。最終的な結果こそ、キャリアに対して非常に大きな成功とはなりましたが、あくまでタイトル通り「無知がもたらす予期せぬ奇跡」でした。彼が結局芸術を理解できていたのかは、微妙なところです。
リーガンにとっての名声とは、かつてバードマンだったころのような大衆からの人気と、巨万の富であったようです。けれどそれらは非常に俗っぽいものであり、しばしば芸術から遠ざけようとされたりします。劇中でも、批評家のタバサから興行収入を重視することの浅はかさを指摘されていますし、リーガン自身も「派手なアクションと豪快なCGがあれば大衆からウケる!」といった内容の幻聴を耳にしてもいます。娯楽作品の方が売れるのは明らかながら、芸術性との両立はできたものではない……。確かにそうした傾向はありますが、なかなか声を大にして言えることではありません。のちに精神をどんどん病んでいってしまうあたり、リーガンもそれを感じていながら、気づいていないフリをしていたのかもしれません。
では、わかったような口をきくタバサは、芸術を理解しているのでしょうか?おそらく、そんなことはないのでしょう。なぜなら彼女は、作品と真摯に向き合うことさえしていなかったからです。彼女は中盤、舞台を公開する前のリーガンに向かって「あなたの舞台には最低の評価をつける」と宣言します。資料や練習、プレヴューなどを一切見ていないにもかかわらずです。
理由は単に映画人が嫌いだから!主要人物の出自だけで意見を決めたのでは、作品への敬意はゼロですよね。それを芸術のなんたるかを説いたタバサが、批評家の立場を利用した強迫を添えて宣言しているあたりがとても皮肉です。ただでさえ作品制作をしないのに、鑑賞すらしない批評家が、どうして芸術を理解していると言えるでしょうか。
となると真の芸術とは、いったい何なのでしょうか?『バードマン〜』の中で最も近いのは、おそらくマイクの生き様でしょう。一人の人間としてはいくつも問題があるものの、本物にこだわる姿勢と、舞台での演技力は一級品です。あるいは舞台にすべてを捧げているからこそ、実生活にしわ寄せが行ってしまうとも言えるでしょう。劇中ではレズリーとのいざこざも描かれていますし、雰囲気はダメ人間に近いものがあります。けれどあらゆる雑念を抜きにして舞台に集中しているのもまた、マイクなのです。これが唯一解というわけではないでしょうが、考えさせられるものがありますね。
……それにしても、これだけ批評家をバカにしながら、実際には批評家からの好評を得てアカデミー賞を取ってしまうというのは、とても挑戦的で面白いですね。本作にそれだけの説得力と斬新さがあったのは確かですが!
【総評】「新しい映画」を突き詰めた芸術品

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』は非常に挑戦的な作品です。大衆に媚びないと同時に批評家へ喧嘩を売り、撮影方法という本来基本的な要素で勝負を仕掛けてもいます。この挑戦性ゆえに単純な娯楽要素は少なく、またアンチを生む可能性もかなりあると思われます。逆に言えば恐れを完全に振り切っていますし、そのおかげで他に類を見ない仕上がりにできています。
言い換えれば、本作は極度に独特・ミーハーです。ワクワクするわけでも、実生活で役に立つわけでもありません。深刻な社会問題に切り込んでもいません。ただ純粋に、芸術に向き合った芸術作品として素晴らしい出来栄えを誇っています。ゆえになかなか人に勧められる映画ではありませんが、なんらかの形で芸術に携わっている人の心には響くことでしょう。筆者にとっては心を震わせる作品になりました。
(Written by 石田ライガ)
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