映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(原題:Darkest Hour)』はジョー・ライト監督による歴史映画です。イギリスの英雄を痛快に描いた、効果的な脚色がナイスな作品でした。
今回はそんな映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!
目次
映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を観て学んだ事・感じた事
・暗くなりがちな時代を感じさせない主演がグッド
・史実からはやや離れた分、驚くほどドラマチックになっている
・「戦勝国」の雰囲気がなかなかわかる
映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」の作品情報
公開日 | 2017年11月22日(米国) 2018年3月30日(日本) |
監督 | ジョー・ライト |
脚本 | アンソニー・マクカーテン |
出演者 | ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン) エリザベス・レイトン(リリー・ジェームズ) 国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン) ハリファックス子爵(スティーヴン・ディレイン) |
映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」のあらすじ・内容
1940年春、北欧におけるドイツとの戦争にイギリスは敗北しました。糾弾されて辞職したチェンバレンに代わって、5月10日、同じ保守党のウィンストン・チャーチルが首相に就任します。
チャーチルは以前から対独強硬派だったために労働党などから強い支持を受けていましたが、他の保守党員らは弱腰に講和を求めていたため、仲間からは嫌われていました。
そんな折、ドイツがフランスへの侵攻を始め、フランス軍は事実上敗北してしまいます。同時に大陸に展開するイギリス軍も包囲されてしまい全滅は必至でした。絶体絶命の中、チャーチル一人の肩に「抗戦」「降伏」の二択がのしかかります。その時彼は何を考え、何を選ぶのでしょうか?
映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」のネタバレ感想
演説力で有名な英雄・チャーチルが主軸の映画
チャーチルの名前は、20世紀前半の歴史に大きく関わった人物として有名です。アドルフ・ヒトラーやフランクリン・ルーズベルトなどと並び、世界史的に最重要格の男と言えるでしょう。
本作はその名の通り、このチャーチルを主人公にした映画です。戦前からドイツに対する徹底抗戦を主張し、戦中は国民を鼓舞し、戦後は世界の東西対立を的確に指摘して「鉄のカーテン」の名をつけた名演説家にして、イギリスに勝利をもたらした政治の英雄を見ることができます。
史実かつ政治家が中心の映画ということで、平凡に作ったら起伏の乏しい物語になっていたことでしょう。そこを様々な工夫で補い、ドラマチックに仕上げたところに本作の魅力があります。第90回アカデミー賞では六部門ノミネート・二部門受賞となっていることから、その工夫の素晴らしさがわかります。
ピースサインの男?主演のゲイリー・オールドマンがグッド!
本作の出来の良さは、かなりの部分が主演のゲイリー・オールドマンの名演に起因するものだと言ってよいでしょう。一癖も二癖もある主人公の生き様を、見事に演じ切っています。チャーチルのことをあまり知らないと、政治家という肩書から「型にはまった、根回しのうまいエリート」という人物をイメージしがちかもしれません。しかし彼はかなり型破りで、だからこそ英雄らしい男でした。
チャーチルは両親こそエリートでしたが、本人の成績は必ずしも良好ではありませんでした。文学は愛していたものの、総合的な成績は振るわなかった上、素行も悪かったそうです。そのため大学には行けず、軍人として働いていたこともありました。将校でいながら文筆活動も行い、小説でヒットした後、除隊して選挙に出馬して政治家に転身……と、若い時から敷かれたレールに乗らない人生を歩んでいます。私生活も独特で、朝から毎食なんらかの酒を飲んでいました。いくら周囲からいさめられようが、首相としてイギリス連邦の実質的トップに立とうが、やめることはなかったというから驚きです。
政治的には、早い段階からヒトラーに対する強硬姿勢を主張していたことが特徴的です。ヒトラーを、ルイ14世やナポレオンのような「ヨーロッパの勢力均衡を崩す者」として認識していたんですね。それゆえに、ヒトラーを甘やかすイギリス保守党員たちから反感を買ってもいました(酒癖の悪さ等々も原因にあるようですが)。
また、言葉の達人でもあり、 “Iron Curtain” や “The Darkest Hour” といったフレーズを交えながら人々に力を与えることに長けていました。特にすごいのは、ドイツがイギリスに攻めてくるぞ!という段になった1940年6月18日、下院でこんなことを言っちゃうところです。
これからの戦いにはキリスト教文化の存続とイギリスの存亡がかかっているので、なんとしても耐えなければいけない。「もし大英帝国がこのあと千年間存在したとしても、振り返って『これこそが彼らの最良の時間であった(This was their finest hour)』と言われるように」……と。今の自分たちにとっては最悪の状況だけど、ここを乗り切れば未来永劫語り継がれるぞ! なんて言いきっちゃうんですね。突飛なのに、効果的な励まし方です。
オールドマンは、それだけヘンな男に魅力をたっぷり乗せて演じ切りました。ウィットに富み、ジョークを交え、それでいて仕事には悩む奇天烈なダンディズムを提示してくれました。動きだけでなく、顔つきもチャーチルそのものです。オールドマンが自ら仕事を依頼したとされる在米日本人・辻一弘のメイクも光っています。「こんな政治家になら、国を任せてもいい」なんて、日本人ながらに思わせるチャーチル像を見せてくれます。
ちなみに、チャーチルを象徴するものに「Vサイン」があります。これはVictory(勝利)のVであって、こんにちの日本人が被写体となるときになぜかするピースサインとは別です。彼はチェンバレンら保守党員とは違い、平和ボケせず積極的に戦おうとしたことが、本作を観ればおわかりになるでしょう。そんな彼を表すポーズが、ピース(平和)であるはずはありません。……まあ、見た目はまったく同じなんですけどね!
『ダンケルク』周辺を描く
本作で描かれるのは、1940年5月9日から28日までのロンドンの様子です。5月29日には英国史において有名な「ダンケルクの撤退」が始まり、6月14日にはドイツ軍がパリに無血入城、6月21日にフランス政府はドイツに降伏してしまいます。そこから本作の原題である “The Darkest Hour(暗黒の時代)”、すなわちイギリスが単独で、ポーランド・デンマーク・フランス等を吸収したドイツと戦わなければならない時期が始まります。言い換えれば、本作はその題名に反して、 “The Darkest Hour” に入る直前までを描いた映画ということになります。
ちなみに “The Darkest Hour” は、およそ一年後の1941年6月22日に、ドイツがソビエト連邦に対する奇襲(バルバロッサ作戦)を始めたところまでを指します。バルバロッサ作戦の後、ソ連はイギリスと同盟を結んで、ともにドイツに対抗するようになったため、単独で戦わずとも済むようになったんですね。米国も、1941年3月からイギリスに武器などの支援をするようになっています。
この時代設定は、他の映画との相互補完ができるものでもあります。有名なところでいけば、アカデミー賞作品賞に輝いた『英国王のスピーチ』もそうでしょう。こちらの映画は、トラブルの末1936年に即位したイギリス王ジョージ六世を主人公にした映画です。第二次世界大戦の開戦までを描いているため、ある意味『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』の前日譚とも言えるでしょう。ジョージ六世の人となりや、謎の男ライオネル・ローグと王の交流を知っておくと、本作終盤に王がチャーチルに与えたアドバイスも納得しやすいかもしれません。
また、『ダークナイト』等で知られるクリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』もあわせて観たい一本ですね。こちらはその名の通り、先述の「ダンケルクの撤退」を三つの視点から描いた映画です。『ダンケルク』は空軍・陸軍・民間船の交差が醍醐味になっており、逆に言えばイングランドの政治的動向はさっぱりわからない造りになっていたため、本作がちょうど足りない部分を補ってくれます。本作は「ダンケルクの撤退」を描き切らずに終わってしまいますしね。
どちらを先に観るべきかというととても微妙ですが、『ダンケルク』を後にした方がいいかもしれません。どちらから観ても互いのネタバレが若干含まれてしまいますし、大差はないです。
その他にも、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』『チャーチル ノルマンディーの決断』など、このころのイギリスを描いた作品は複数あります。日本とは違って第二次世界大戦において勝利したイギリスの雰囲気や、チャーチルの人物像をより深く知りたい方には、こうした映画を漁っていくといいでしょう。
以下からネタバレありです!
【ネタバレ解説】史実とは異なる展開も少なくない
本作の大部分は実際にあったことなのですが、歴史映画としてはやや脚色が多くもなっています。いったいどこが改変なのか見てみましょう。
たとえば、作中では保守党の議員らが、徹底してドイツに対する和平交渉を求めています。しかし実際には、あそこまで極端にチャーチルが孤立していたわけではないそうです。冷静に考えれば、そりゃそうですよね。ナチスに一泡吹かせなきゃいられないという人もいれば、長期戦に持ち込めば植民地の多いイギリスに有利だと判断していた人もいたはずです。あそこまで画一的に描かれるのは、やりすぎというものでしょう。
逆にチャーチルの方も、作中よりも交渉の可能性を高く見積もっていたようです。作中の5月28日には徹底抗戦に舵を切っていましたが、実際の5月28日には親ナチ派のロイド・ジョージに入閣を要請しているほどです。もっとも、このときロイド・ジョージは拒否したそうですけどね。本当はもしかしたら、それによって抗戦の考えを強めたのかもしれません。
また、作中ではチケット保守党内でチャーチル意外に首相候補となっていたハリファックス子爵が、自ら首相になろうと画策しています。しかしこれも、歴史的な裏付けはないそうです。関連してチェンバレンが自らの辞職をダシにチャーチルへ路線変更を迫っていますが、これも特に根拠はなく、チャーチルを孤立無援のヒーローに仕立て上げるため、設定を盛ったのでしょう。
それ以上にガッカリなのは、終盤にチャーチルが地下鉄に乗るシーンです。首相自ら足を運んで、わざわざ市民の声を聞いた上で、徹底抗戦の考えを固めるというクライマックスにふさわしいシーンですが……そんな事実は確認されていません。十中八九フィクションなんですね。国民想いの素晴らしい政治家だと思わせるシーンであるだけに、残念です。まあ、仮にあんなことをしたとして、映画と同じように車内中の市民が同じ意見を持つというのは考えにくいことですが……。
そういうわけで本作には、「情勢を看破し、周囲に反対されながらも一人で抗戦を呼びかけた英雄」というチャーチル像を作り出すためのウソが複数あるのが事実です。しかしこれが悪いことなのかどうかは、本作を観た一人一人が決めることでしょう。
日本と韓国の間では歴史認識を正確にすることが叫ばれて久しいですが、イギリス映画においても同じ主張をすべきかはわかりません。チャーチルは亡くなって五十年以上経っていますし、プロパガンダと言うには古い人物です。そもそも映画なのだから、面白さが全てとも言えるでしょう。かといって、面白ければいいのか?というのも微妙なところですけどね。
個人的には、当時のイギリス政府内の事情を知らなくても楽しめるように工夫されているという意味で、かなり肯定的に受け止めています。どんな歴史映画であっても100%正確に描くことはありませんし、多少程度が激しいからといって評価を下げる道理はないと考えます。学術的な正確性のある映像を作るなら、それはドキュメンタリーの分野ですし、あくまで文化物としてたくさんの人に観てもらうためについたウソは問題ないのではないでしょうか。
韓国と日本の歴史認識とは違い、どれだけチャーチルの株が上がろうとも、損する人はいないでしょうしね。あえて言えば、チャーチルの前に退陣したネヴィル・チェンバレンくらい……?しかし、チェンバレンはチャーチルより前に死んでいるわけですし、今さら人権がどうこう言うものでもない気がします。
【解説】閉幕後のチャーチルはどうなった?
終盤で触れられたダイナモ作戦は、カレーでの犠牲も含めて想定通りに成功します。武器は大陸に放棄せざるを得なかったものの、30万もの兵士の命を救うことに成功しました。同年の夏には、ブリテン島でドイツ軍との空戦(バトル・オブ・ブリテン)が始まります。一進一退の攻防が繰り広げられましたが、ベルリンへの挑発でドイツへのミスを誘発させ、なんと勝利しました。これによりチャーチルの国民人気は議会をしのぐほどになります。その後米国の支援獲得、北アフリカでの優勢、ソ連の参戦とイギリスの勝利が固まっていきます。
このように人気と戦勝の実績を獲得したにも関わらず、映画の最後にあったように、チャーチルは戦後の選挙で敗北します。本作をご覧になった方は、不思議に思われたでしょう。これは完全に、選挙制度が原因でした。チャーチル個人の人気は圧倒的だったものの、彼は元々保守党の中でも異端だったこともあって、保守党が与党になれなかったんですね。対する労働党が、地道に獲得していった人気に挙国一致体制での拍車をかけて第一党になったため、チャーチルは退陣せざるを得なかったんです。本来なら仲間の保守党員に迎合せず、敵であるはずの労働党員から人気を得ながら、戦争が終わった途端に労働党に負ける……これ以上ない皮肉です。
退陣後は戦争の回顧録を出版してノーベル文学賞を受賞したり、反共を掲げて首相に返り咲いたりしていました。しかしその頃には老衰も激しく、任期中に引退したそうです。その後も国民の人気は続きましたが、1965年1月24日、90歳で亡くなりました。
【評価】積極的な改変を受け入れられば良作
『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、史実の原理主義者からすると気に食わない部分が多くあることでしょう。確かに本作の改変は、やや大きいと言わざるを得ません。そこを問題視するなら、駄作ということにもなりえます。半面、効果的なアレンジによって単純にエンターテインメント性が出たのも事実です。ドラマとして適切な改変であるため、そこを評価するとむしろ秀作ということになります。
また、歴史認識のいかんに関わらず、主演の役作りは実に見事です。政治のヒーローとして申し分ないキャラクターを提示してくれます。そこも考慮すると、「細かいことはともかく政治ドラマとして良作」と評するのが妥当なのかもしれません。
(Written by 石田ライガ)
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※2019年6月現在の情報です。