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映画『ブレードランナー2049』のネタバレ感想・解説!名作の30年後を描く続編、モノがヒトを超えた世界

映画「ブレードランナー2049」のあらすじ・内容

映画『ブレードランナー2049』はドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によるSF映画でライアン・ゴズリングやハリソン・フォードなどが出演しています。

伝説的な作品の続編として深みを増した、大人な味わいの作品でした。

今回はそんな『ブレードランナー2049』の個人的な感想やネタバレ解説を書いていきます!

映画「ブレードランナー2049」を観て学んだ事・感じた事

・モノがモノを超えてしまったら、ヒトはどうすべきだろう?
・うなるような視覚効果の数々には脱帽!
・名作の二作目として相応しいけど、それ以上にはなれなかった

映画「ブレードランナー2049」の作品情報

公開日2017年
監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本ハンプトン・ファンチャー
マイケル・グリーン
出演者KD6-3.7(ライアン・ゴズリング)
リック・デッカード(ハリソン・フォード)
ジョイ(アナ・デ・アルマス)
ラヴ(シルヴィア・フークス)

映画「ブレードランナー2049」のあらすじ・内容

映画「ブレードランナー2049」のあらすじ・内容

環境破壊が極度に進行し、人類移住のために人間そっくりのロボット・レプリカントが惑星開発をする世界。

反乱を起こす可能性のあるレプリカント処分の専門であるブレードランナーの一員・KD6-3.7は、仕事の過程で、妊娠した可能性の高いレプリカントの遺体を発見します。

ロボットが出産で個体を増やしたとなれば、世界を揺るがす一大事。真相を求め、カギを握る人物・デッカードの捜索を始めます。

映画「ブレードランナー2049」の感想

たくさんのスタッフの仕事ぶりが感じられた

たくさんのスタッフの仕事ぶりが感じられた© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

この作品を見終わってはじめに感じたのは、前作『ブレードランナー』に対する明確な敬意でした。あらゆる材料・あらゆるシーンに、前作への意識が込められていると感じられるのです。話題や興行のためだけに作られる続編もある世の中、よくぞやり抜いたと思います。

言うまでもありませんが、『ブレードランナー』はSFにおける名作中の名作です。ここ最近ですと、2018年12月5日発売のキネマ旬報の特集「1980年代外国映画ベストテン」でも一位に選ばれました。

そんな映画の続編ともなれば、だれが作ることになっても荷が勝ちすぎる心地がするでしょう。そうした重圧を跳ね除けて世に出た本作は、たくさんのスペシャリストの熱意を備えたものでもあり、「伝説の続編」を名乗るにもふさわしいものでした。

 

なお、続編なので『2049』から鑑賞することは不可能です。まずは前作の「ブレードランナー」を観て、そのスゴさをよーく知ってから視聴してみてください!

ジョイの存在、映像表現が素晴らしい

ジョイの存在、映像表現が素晴らしい© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『ブレードランナー』のわかりやすい特徴といえば、やはりその美術演出でしょう。新宿の歌舞伎町にインスパイアされたという街並みは、一目見るだけで印象に残ります。一方ネオンを抜けるとどこもかしこも質素極まりなく、味気なくて退廃的です。同時期のSFといえば『スターウォーズ』や『E.T.』だったことを踏まえると、社会的にも特異であったことがおわかりでしょうか。

そんな世界観を、本作もしっかり受け継いでいます。ネオンはもちろんのこと、3D技術を惜しみなく使ってくるのが時代を感じますね。昭和っぽいじいさんの屋台はなくなり、手のひらの静脈認証で食料を購入できる自動販売機が立ち並んでいるのも、前作からの進歩を思わせます。

 

さらに、隔世の感を思わせるのは、やはり「ジョイ」の存在でしょう。これはいわば、未来のGoogle Homeです。基礎機能は屋内の生活をサポートするものに過ぎませんが、疑似人格を所持しており、3Dの像を空間に投影することもできます。さらに機能を拡張することで、投影された映像がモノに触れることさえできるようになるというスグレモノです。なんとなく作れそうで、現実の技術ではまだまだ出来そうにない機械ですね。

疑似人格もそうですが、まだ人類は空間に像を結ぶということができていません。映画のスクリーンのような平面のみならず、立体に映像をかぶせる3Dプロジェクションマッピングは可能になりました。

しかしどちらにしても、光を受け止め、反射する物体が必要です。なにもない空間に光を留められないんですね。それが出来るまで「ジョイ」のように動く像はおろか、ライトセーバーだって作成することはできません。実体をもった光なんてもってのほかです。

 

そんなジョイが、劇中ではヒロインにあたります。主人公を励ましたり危険を呼びかけたりするのですが、この振る舞いがまた「光の集合体」であることを巧みに利用しているんです。立ちどころに衣装を変えたり、光の加減で姿が透けて見えたり……。生身の人間でないことを常に意識させられながらも、むしろそれによって神秘性をまとってもいます。

だからこそ驚愕するのが、序盤にジョイがフリーズを起こす場面!どんなに進歩した未来の機械でも、こんにちのパソコンと同じように過負荷でフリーズを起こし、再起動を要するという描写が妙に生々しいです。別段胸がすく状況でもないのですが、なんでこんな表現を思いつくのかと度肝を抜かれました。

その他、アクションシーンなどでも、予算とコダワリをかけた映像表現が味わえるあたりは、まさに『ブレードランナー』の続編といったところ。第90回アカデミー視覚効果賞をはじめとしたたくさんの受賞からしても、万人の認めるところでしょう。

 

ちなみに『ブレードランナー2049』の二年前、第88回アカデミー視覚効果賞を受賞した『エクス・マキナ』は、本作と比べてなんと十分の一の製作費(1億5000万ドルに対して1500万ドル)でできています。

両方人造人間をテーマにしたSFでもあり、論点の共通する部分も大きいです。製作費の使い方という点にも着目しながら見比べると、新たな発見もあるでしょう。オススメです。

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【解説】誰が何を考えてるの?

【解説】誰が何を考えてるの?© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『ブレードランナー』『2049』にはいずれも人間とレプリカントが登場し、二者の不当な関係性が物語の基本骨子を為しています。そして一作目の方は、「職務を放棄して脱走したレプリカント」と「それを捕らえて処分する人間」(=ブレードランナー)という二者の対比構造が主になってました。世界観やセリフの一つ一つはともかく、所属の思惑はまだシンプルな方だったと思います。しかし二作目は、これが三つとなり、入り組んでいました。

一つはロサンゼルス警察(LAPD)。主人公KD6-3.7や、マダム(ジョシ警部補)らが属しています。ここは保守主義、または穏健右派。現状維持を目的としています。そして「現状」というのは、前作と変わらない構造。企業に作られたレプリカントが惑星開発に利用され、人間が彼らを使役するというものですね。

前作中、すなわち今作から30年前のLAPDは、人間が一方的にレプリカントを処分することで秩序の維持を図っていました。今作では新型のレプリカントも任務に就いていますが、元が元だけにレプリカントへの差別意識が組織内にかなり強く残っています。人間の職員はその思いを隠そうとしつつ、ほとんどできていないのも興味深いポイントです。

 

二つ目はウォレス社。2049年におけるレプリカント製造企業です。営利目的もありつつ、さらなる研究意欲もあります。その要になっているのが、代表者のニアンダー・ウォレス。世界的な食糧問題を解決した天才科学者です。

現状にもまだまだ満足しておらず、30年以上前から進められている惑星開発をさらに加速させようとも思っている様子で、レプリカント増産を目論んでいます。増産の結果、人間とレプリカントの立場が逆転しても構わないとでも思っている節もあり、なかなかのマッド・サイエンティストぶりを見せています。

 

三つめはレジスタンス。レプリカントのうち、ネクサス8型が中心となって活動しているようです。

誰がここに属し、何に対抗しようとしているのか?何に希望を見出し、何を目的としているのか?それが、クライマックスに関わる大きな謎となります。

まさにブレードランナーの続編!連続性を探すのが楽しい

まさにブレードランナーの続編!連続性を探すのが楽しい© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

先述したように、『ブレードランナー2049』は前作の30年後を描いた作品です。同じSFのガンダムシリーズで言えば、『機動戦士ガンダム』から『閃光のハサウェイ』や『F91』に至るほどの時間が流れています。『機動戦士ガンダムUC』よりもさらに後ですね。

それだけの時間が経つと、やはりさまざまなものが変化します。「ニュータイプ」「ジオン」といった初代で物語と軸になっていたような概念が忘れ去られたのと同じように、『ブレードランナー』で大きな影響力をもっていたものも歴史にのまれています。

 

たとえば、元々レプリカントを制作していたタイレル社は倒産しており、その頃のモデルは現存しておりません。前作を象徴するものの一つだったフォークト=カンプフ感情移入度測定法も、まったく出てきません。主人公のリック・デッカードを知る人物も、ごくわずかとなっています。

しかし作品としては、前作のさまざまな部分を踏襲してきます。無意味に日本語を織り交ぜたり、タイレル社とウォレス社の証明が酷似していたり。前作の音声データなども使用します。

筆者が最も面白いと思ったのは、なんといっても主人公が中盤に抱く疑念です。最新のレプリカントである彼は、自身の記憶を「企業によって作られた偽物」であると自覚しており、それゆえに人間ではないのだと判断しています。しかしある出来事をきっかけに、その記憶が本物である可能性が浮上します。誰かに作られたのではなく、個人の経験に基づいて記憶が形成されるのは、その人が人間である証拠。ゆえに主人公は「自分は本当は人間なのではないか?」という感情を抱くことになります。

これの何が面白いって、ちょうど前作でリック・デッカードが抱いた疑念の裏返しなんですよね。彼は自分が人間であるという自覚を持っていたものの、複数のレプリカントと関わるうちに「自分も本当はレプリカントなのではないか?」と思うようになっていきます。結局デッカードがどちらなのかは劇中で特に言及されず、ファンの間では本当にレプリカントではないかと考える人までいました。それを踏まえ、うまく利用してきたのは粋な計らいでした。

【ネタバレ】レジスタンスの目的、そして「奇跡」とは?

【ネタバレ】レジスタンスの目的、そして「奇跡」とは?© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

きっかけは、1920年前後におけるレイチェルの妊娠でした。前作のヒロインでもあったレイチェルは当然レプリカントですから、言い換えれば機械が子孫を残すことが可能になったということ。まさに奇跡です。

ちょうどその頃、レプリカントに対する差別運動が激化していました。これに対して一部のレプリカントは、核爆弾を用いた世界規模の停電を起こし、戸籍データを抹消することで誰がレプリカントかわからなくするという反抗を行います(『ブレードランナー ブラックアウト2022』)。これに乗じてデッカードや一部のレプリカントは、レイチェルの子どものデータを改ざん。2049年まで、子どもがレプリカントの子供であることを秘匿しました。

 

しかし2049年、仕事上の偶然から主人公が子どもの存在に気づいてしまいます。そのことは各勢力にも共有され、それぞれの思惑に従って行動が分かれていきます。現状維持がしたいLAPDは、レプリカントの反乱材料となる子どもを処分しようとし、レプリカント増産を狙うウォレス社は子ども・デッカード・レイチェルの遺体ともども回収し、研究材料にするつもりでいます。レジスタンスにとって子どもは、レプリカントがただの機械でないことを示す旗印のため、保護しつつ生きたまま利用する算段です。

主人公はこれら三つのうち、どれにでも属する資格を持っていました。ブレードランナーでもありますし、新型のレプリカントでもありますし、奇跡を自らの足で確かめた者でもありますからね。しかし最終的に、彼はどこにも属しませんでした。クライマックスでは三つの選択肢を前にしながら、ウォレス社に連行されたデッカードを救出しに向かいます。LAPDやレジスタンスのためを考えるなら抹殺すべきでしたし、ウォレス社のためなら邪魔せず放置すればよかった話です。完全に、主人公個人の意思で動いているんですね。

最終的になんとか助かったデッカードは、主人公に対し「俺はお前にとって何だ」と問いかけます。が、結局主人公は答えませんでした。果たして答えなかったのか、それとも答えられなかったのかはわかりません。

脚本上、このことにどんな意味を含んだのかも、視聴者一人一人の想像によって変わるでしょう。誤解だったとはいえ、一度は父親だと思ったデッカードを愛しんだのか?未来は集団主義よりも、個人主義が重視されるという暗示がこもっているのか?心のうちは、推測して楽しむことにしましょう。

「深さ」は十分だったけど「新しさ」にとぼしい

「深さ」は十分だったけど「新しさ」にとぼしい© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

ある意味では、「所詮は二作目」というところに落ち着いてしまった面もあります。『ブレードランナー2049』は前作の特徴や社会状況を、かなり自然な形で拡大しました。これは間違いなく大変な仕事だったでしょうし、結果的にも成功させられていたと思います。しかし、前作がさまざまな面で提供してきた「独自性」すなわち新しさは、前作にはまったく及ばなかったと思わざるを得ません。

三十年前の『ブレードランナー』が伝説的なSFになりえたのは、なにか一点だけが優れていたからではありません。必ずしも、興行的に成功したわけでもありませんでした。じゃあ何がすごかったのか?それこそが、数々の「独自性」だったのです。まるで希望の見えない暗澹とした世界観、機械らしくない人造人間、未来を思わせる美術・造形、哲学的な展開・脚本……それらが渾然一体となって出来上がった映画全体が、時間を経て評価を不動のものとしていったのです。

 

もちろん、今の時代にそういった「独自性」を連発するのは、きわめて困難であると思います。けれど何かあったらとは思わざるを得ませんし、もっとそういう挑戦を見せて欲しかったところです。特に美術面では、やや守りに入ってしまった印象が否めません。

前作からあふれ出していた、エキゾチックでカオスな雰囲気が、こなれて小綺麗になっていたのには、物足りなさすらありました。ロサンゼルスの都市開発としてはこの方が自然なのかもしれませんが、何かもう一味欲しかったです。べつに都市の姿が物語に絡むわけではありませんからね。

理解するのに時間を要するような前衛性が盛り込まれていたらと思いました。前作から再三話題に出ている地球外植民地(オフワールド)とか、新たな美術を盛り込むのにピッタリでしょうし、やりようはあったでしょうしね。

編集・脚本はベストとは言えないかも

編集・脚本はベストとは言えないかも© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

この映画を手に取って目につくのは、その長さです。実に2時間43分!いくら出来がよくても、さすがにくたびれてしまうんですよね。全体として楽観的なセリフがない分、なおさらです。もう少し短くできなかったのか、と思う部分もあります。

しかも、中身はこれだけじゃないとも言えます。実は、公開に先立って三本の短編映像がYoutubeで公開されているんです。前作と本作の幕間、すなわち2019年から2049年の間に起きた2022、2036、2048年の出来事を描いた別作品です。

三つ合わせても三十分に満たないほどの長さですが、『2049』鑑賞と一助となるいくつかの情報も明かされます。これはプロモーションの意図も大きいでしょうが、これらを観ないとわかりづらい設定まであるのは、少しいただけません。

 

前作の主人公を務めたハリソン・フォードをそのままの姿で出演させようとしたため、作中の時間も三十年経過させることになり、年月に伴って設定が増加していった……という理屈はわかります。けれどそれ以外に道が無かったとは考えられません。

そもそも『ブレードランナー』の世界では、地球のすべてが荒廃しています。太陽が顔を出すことはなく、四六時中酸性雨が降り注いでいます。そんな環境で住んでいれば、現実の地球で生きるよりも老化が速くて当然とさえ思えます。実際には35年分おじいちゃんになったフォードですが、作中では半分の17年しか経っていない!なんて展開になったとしても、誰も怒らなかったでしょう。本当に30年も隔てた必要はあったのでしょうか。

 

膨らみすぎた設定の弊害はいくつかありますが、その一つはレプリカントの型でしょう。彼らには種類があります。前作に登場していたシリーズは、すべて「ネクサス6型」。さらに今作には、「8型」と「9型」が、それぞれ別個に登場しています。そもそも人間とレプリカントの判別が難しいというのに、レプリカントの中でもさらに種類を設けられたことが、むやみに話を複雑にしてしまったように感じます。

ちなみにそれぞれの違いを整理しますと、6型はフォークト=カンプフ検査を行わなければ判定ができず、すべての個体が四年の寿命を設定されています。8型は前作の後に製造されたタイプで、右の眼球に記された製造番号によってレプリカントの判別が可能になっており、寿命も特に設定されていません。また、6型と8型を製造していたのはタイレル社である一方、最新の9型はウォレス社。そして9型はそれまでのタイプと違い、人間への反抗心を抱けないように設定されています。そしてこれらすべての差異は一目ではわかりません。

人間の機械の境界がテーマでもあるだけに、わかりづらさこそが味であるとの見方も可能です。ただ、9型が人間に反抗できないという事実は、短編動画のひとつ『2036: ネクサス・ドーン』を観なければ実感できないようになっています。とはいえ『2049』の中ではある9型がある人物を殺害していますから、なおさらわかりづらいんですね。こうしたことから、「もう少し設定を減量できたんじゃないか?」という気が起きてしまいました。

 

また、それらとは別に、欧米的な文脈・展開が出すぎているのも、やや陳腐な印象を受けました。合衆国で造られた映画であるためそれが自然ではあるのですが、『ブレードランナー』の名を継いだ作品において「自然である」という表現が出てくることが、どうしても残念に思えてしまいます。

というのは、「レプリカントは一部の人間にとっての奴隷である」「奴隷がいなければ国は発展しない」「奴隷はいつか反乱を起こす」といった文脈が、どうにもヨーロッパらしすぎるからです。歴史を紐解けば奴隷が世界中に居たことは事実なのですが、あらゆる国・民族が同じように奴隷を使役していたわけでもなければ、同じように反乱を受けたわけでもありません。

たとえばアジア諸国では、文化政策によって反乱の意思を摘むということは起きていました(北朝鮮や中国、なんなら日本さえ、今もそうかもしれません)。それにより奴隷が自分の立場を苦とも思わなくなれば、反乱なんて起きないんですよね。そうした空気を肌で感じているアジア人だからこそ、「アジアを取り入れているのは美術面だけか?」と思ってしまったことは否定できません。『ブレードランナー』の続編といえども、やはりアメリカ映画であることには変わりなかったか、と残念な気持ちも少し持ちました。

【考察】問題は「この後」どうなったか

【考察】問題は「この後」どうなったか© 2017 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

『ブレードランナー2049』は、一般的なSFアクション映画の題材になりそうな出来事の合間を縫うような形で構成されていました。2022年のレプリカントによる反乱や、49年よりも後に旗揚げされるであろうレジスタンスの蜂起の方が、大衆受けするテーマたりえたのは間違いないでしょう。けれど本作は、それをしませんでした。あえて、人間と機械の精神的な軋轢にフォーカスを当てにいったのです。ゆえに軋轢がどのように帰着するのかは一切不明です。

けれど、何事においても大事なのは帰結・結果です。イスラム教とキリスト教、貴族と民衆、白人と黒人、欧米と周辺各国、東と西……人類はこれまでもさまざまな軋轢を抱えてきましたが、いずれにおいても軋轢が何を生み、どう終わったかが未来を左右しています。そして『ブレードランナー2049』では、人類とレプリカントの軋轢が限界まで来ていました。

さらに、レプリカントの子どもという火種までもたらされています。この後ひと悶着あるのは確実なんです。はたしてその結果、レプリカントの立場はどうなるのか?本作はそういった「たどり着くべき結末」へと至らずに終わりました。ゆえに、そのカタチは視聴者が想像するしかありません。レプリカントは人間よりも賢いという設定ですが、6型は現存しておらず9型は人間を傷つけられないため、実質的に8型VS人類&9型の構図。果たしてどうなるのか、気になるところです。

 

そしてその結末は、やはり現実における人間とAIとの関係にも重なってきます。数十年後にAIの技術が進歩し、レプリカントと同じようなものが造れるようになった場合、人間はどうするべきか?哲学的な妄想にすぎませんが、やはりそういったことを考え、議論するのが『ブレードランナー』の醍醐味でしょう。

とは言っても、いくらAIが進歩したところで妊娠・出産ができるとは考えにくいですけどね!

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