『誰も知らない』は是枝裕和監督による社会派映画です。
是枝は日本映画界のベテランですが、2018年には『万引き家族』でパルム・ドールに選ばれたことで、特に大きな注目を浴びました。年金の不正受給事件を基にしたそちらと同じく、『誰も知らない』も実際の事件をベースに作られ、主演の少年の表現を筆頭に高い評価を受けました。日本の生きづらさを知る上で、どちらも押さえておきたい映画と言えます。
今回はそんな『誰も知らない』の個人的な感想や解説を、書いていきます。途中までネタバレなしですので、鑑賞前にもどうぞ。
目次
映画「誰も知らない」を観て学んだ事・感じた事
・実話と一致しているのは一部の設定だけ、ただし……
・異常な境遇を演じ切った子役たちは絶賛モノ
・しっかりと辛さを描いている分観ていてしんどい
映画「誰も知らない」の作品情報
公開日 | 2004年8月7日 |
監督 | 是枝裕和 |
脚本 | 是枝裕和 |
出演者 | 柳楽優弥(福島明) YOU(福島けい子) 北浦愛(福島京子) 清水萌々子(福島ゆき) 木村飛影(福島茂) 韓英恵(水口紗希) |
映画「誰も知らない」のあらすじ・内容
手狭な2DKのアパートに、福島けい子・明の親子が引っ越してきます。
二人だけの家族かと思いきや、家財のスーツケースの中から七歳ほどの子ども・茂とゆきが出てきたうえ、京子も電車でこっそり加わります。五人の家族は「京子・茂・ゆきは外に出ない」等のルールを設け、社会と隔離されながらもつつましく生活していきます。
子どもたちは学校にも行けないことに不満を感じる一方、母けい子はもはや何人目かもわからない恋人をつくり、次第に家を空けがちになっていきます。そして母はついに、二十万ほどの現金を残して蒸発してしまい……。
映画「誰も知らない」のネタバレ感想
実話「巣鴨子供置き去り事件」を設定に利用した、つらい名作
本作は、1988年に発覚した「巣鴨子供置き去り事件」をベースに作られた映画です。すでに三十年以上が経過しているため、この元ネタを知っている人はそうそういないでしょう。未成年が多数関わっているということで報道内容も控えめで、今となっては詳しいことはあまりよくわかりません。
ただ、「戸籍のない複数の子どもをもつ母親が、14歳程度の長男に妹たちの育児を任せて家を出た」という部分はハッキリしており、本作はそこを利用しています。そのため物語は早い段階から、事実と異なる展開を見せてきます。とはいえ完全に別物ではなく、ある程度類似が認められるところもあります。
元々が子供が被害を受けた事件である分、本作も子どもがひどい目に遭っていくことになります。ただそのひどさは「第三者の大人から見ればつらい状態」であって、本人たちにとっては当たり前になっているところがまた恐ろしくもあります。ほかの子ども・ほかの家庭がどうであろうと、自分の家は一つしかない……そんな当たり前のことによる苦しみが、まざまざと映されます。
非常にいい作品なのですが、個人的にはもう二度と観たくないとも思っています。子どものつらさを克明に描いているために、あまりにも心がしんどくなるからです。
私はホラーやバイオレンスも全然気にしないクチではあるのですが、罪のない子どもが苦しむ姿にはいたたまれない思いがします。感覚的には黒人差別を描いた『それでも夜は明ける』と同じところがありますね……。どちらもよくできている分、ゴリゴリに精神を削ってきます。だからこそ観る価値があるのも確かです。
柳楽優弥や木村飛影、YOUなど、キャストの演技が光っている
🎞痛々しい青春映画を紹介し祭🎞
【cinéma:誰も知らない】
主演:柳楽優弥
出演:北浦愛/木村飛影/清水萌々子/韓英恵/YOU/遠藤憲一/加瀬亮 他 pic.twitter.com/siLqUXzlBI— はる (@sometani6roku2) January 29, 2016
題材が題材である分、本作のストーリーには事件の被害に遭った子どもたちの演技性が如実に表れます。明らかに異常な家庭にいながら、それが日常となっている子どもたちの様子……顔つき一つでその異常性が薄れてしまいかねないところがありますが、本作の子役たちはその仕事を見事にこなしています。
筆頭に挙がるのは、やはり主演の柳楽優弥です。史上最年少かつ日本人として初めて、カンヌ国際映画祭の最優秀主演男優賞に輝いた働きぶりは伊達ではありません。家族想いでしっかりした少年が、母の失踪を境に変化していくさまを、彼にしかできないと言い切れるレベルで表現しています。
大人顔負けという言い回しがありますが、当時の柳楽にこの役をやらせたら、子どもだろうと大人だろうと勝負にならなかったでしょう。それほど堂に入っています。
他の子役もいいですね。次男役の木村飛影のチョイスなどはとても優れていると思います。異常な生活にストレスを感じながらも生来のお調子者な性格を変えられないさまには、不思議なリアリティを感じました。モノを知らない歳であるがゆえにとてもエネルギッシュで、それでいて約束を守るあたりが「いかにも」と思わされます。
途中から一家に関わるようになる女子高生役の韓英恵も納得の配役です。見るからに暗く、一目でいじめられそうと判断できる顔づくりがとてもマッチしています。笑い方や足運びまで、なにかと「うまくいってない」感が出せているのはさすがです。
また、大人たちの方はかなりタレントの起用が多いのですが、意外とあくどさを感じません。母親役のYOUには子どもたちと同程度にさえ見える幼さ、身勝手さがよく出ていますし、キム兄・エンケンらもイマイチな男らしさがしっかりと表現されています。
ほどよく作り物っぽさが出てくるのも、特に悪い気はしません。総じてキャストの選択が光っていると言えるでしょう。
舞台はモデルの事件と同じ?
【映画】2016年12本目
『誰も知らない』鑑賞終了
この映画を知ってはいましたが、ここまで酷い事件とは思いませんでした。
家族の多様化、子供の貧困、虐待がますます叫ばれる昨今
世の中はもっと子どもと向き合うべきです。 pic.twitter.com/UewFggbJrE— 木こり (@okawasyumei) January 31, 2016
本作の基になった事件は、その名の通り巣鴨で発生しました。なので本作のロケも巣鴨……ということはなく、都内の別の場所で撮影されています。商店街や駅などは高円寺ですし、その他の場所も高田馬場などだいたい中野区内です。
考えてみれば、事件性と巣鴨は微妙にマッチしないような気がしないでもありません。今となっては巣鴨はすっかりお年寄りの集まる場所ですし、街並みもちょっと落ち着きすぎているところがあります。巣鴨プリズンでもあったころならいざ知らず、21世紀の巣鴨の雰囲気は映像としてマッチしなかったのではないでしょうか。巣鴨駅の乗り入れ路線も山手線と三田線だけで、ストーリーとの食い違いも出てきますしね。
それに比べると、高円寺は明らかにゴチャゴチャしています。歩く人たちの年齢もバラバラで、一人くらい汚い小学生が歩いていても不思議じゃない気にさせられます。なんだったら、「実は地方都市で撮影してました」と言われても不思議じゃないようにさえ思えます。作中でほとんど場所に言及しないのも、「日本のどこででも起こりえた事件である」という暗示なのかもしれませんね。
以下からネタバレありです!
【ネタバレ】ラスト、終わり方までえげつない……!
「クリスマスには帰る」という約束を母けい子は平然と破り、子どもたちは不安の中で新年を迎えます。妹たちがショックを受ける中でも明は気丈に振る舞い、節約しつつもお年玉をひねり出すなどしてなんとか生き続けます。しかし寂しさもあってか、全員がだんだんと時制が効かなくなっていきます。茂は少しずつ外に出るようになり、明は家賃や光熱費に使うはずの金でゲームを買い、友人を連れ込むようにもなってしまいます。
ただ、そのひどい生活ぶりから友人らは寄り付かなくなってしまいます。そのうえ母からの仕送りも途絶え、夏には電気・水道・ガスも止まります。それでも彼らは公園の水道を利用しあり、コンビニの廃棄弁当をもらうなどして、警察などにも行かないまま極貧生活を続けます。一時はいじめられっ子の女子高生紗希と関わるなどしたものの、明があることに怒りを示してからは来なくなり、また兄弟四人だけの生活に戻ります。
飢えと不便から四人はもはや日中何もしないようになってしまい、ストレスもどんどん溜まっていきます。そんなある日、明が外に出ている間にゆきがイスから落ち、ひどく衰弱していたこともあってそのまま動かなくなってしまいます。病院に行く金などなかったこともあり、明はついに薬を万引きします。それまでどんなに貧しくても盗みだけはしなかったのですが、家族の命のために一線を超えるのです。
しかし、むなしくもそのままゆきは死んでしまいます。明はそれでも警察に行くことなく、紗希の元へ行き、「ゆきに飛行機を見せてやりたい」と言って金を借ります。生前好きだったアポロチョコを買い込み、羽田空港のそばまで電車で行くと、泣くこともなく静かに死体を埋葬します。
優しかった少年が八つ当たりするようになり、ついには犯罪にも手を出してしまったにもかかわらず、妹を失ってしまう――。この結末はあまりに救いがなく、えげつないものがあります。そもそもどうなればハッピーエンドなのかも想像できない物語であるのは確かなのですが、それにしたって残酷です。しかも、この後のエピローグ部分もまた残酷さがあるあたり容赦がありません。
三人になった子どもたちは、紗希とともにそれまでと変わらず生活しています。コンビニの廃棄を貰い、水の入ったペットボトルを持ち歩いていることから、母親は帰っておらず、まだ極貧生活を続けていることがわかります。
恐ろしいのは、このときの三人(とくに茂)が、ゆきが死ぬ直前よりも明らかに元気になっていることです。ゆきが死んだことで、結果的に一人当たりが食べられる量が増えたのでしょう。当然ではあるのですが、あまりにも皮肉すぎます。そして末尾に後日談が加えられることもなく、四人が家に帰るところで閉幕します。まったくなにも終わっていないことを暗に示しているかのようです。
事態の責任は誰にあるのか
生きているのは、おとなだけですか。
映画「誰も知らない」 pic.twitter.com/p25LKAz7d6
— バッファロー・ビル (@toshirou0820) September 7, 2019
このような、長期間にわたって子どもが苦しむ事態が発生してしまったのは、いったい誰の責任なのでしょうか?直接的なところで言えばもちろん母親でしょう。彼女の幼さは目に余るものがありますし、戸籍も作らず、義務教育も受けさせていないことにはまぎれもない罪があります。
ただ、母親だけが悪いと断言できないのも確かなのではないでしょうか。たとえば、育児に関わろうとしない父親にも同等の非があってもよさそうです。劇中に登場したのは四人のうち二人の父親だけでしたが、その全員がもっと関わってもいいはずです。彼らがもっと積極的に助けてあげていれば、少なくともゆきが死ぬようなことまでは避けられたでしょう。
個人的には、「子どもを産むなら責任をもって育てなければいけない」ということは、義務教育の段階でもっと生徒に教え込む必要があるのではないかとも思いました。
世の中には確かに、けい子のようにいい歳しても精神的に幼い親が存在しています。そういった人にもわかるように親としての役割を教えるには、文字通りの「義務」教育である中学校の授業を使うほかないでしょう。言われなくても知っているような性器の話をすることを性教育と呼ぶのではなく、こういった男女としての責任の話を性教育に持ち出してほしいものです。
観る人によっては、他の部分に責任を感じる人もいるでしょう。経済、警察、福祉……、色々ありますが、気になった分野が2004年当時と比べて良くなっているのか調べてみると発見があると思います。
【考察】伝えたいことはネグレクトの問題だけか
「家族の一人が餓死する」という、最悪としか思えない事態を経験しながらも、明たちはなお警察に行かずアパートでの生活を続けていきます。言ってみれば自体はまるで好転しないまま、本作は閉幕するのです。狂っていると言うのは簡単ですが、物語として違和感がないのも確かです。
一般的というか、第三者の大人からすると、明たちはやはり警察の世話になった方がいいように思えてしまいます。彼らはどう考えても限界ですし、健康で文化的な最低限度の生活さえ迎えられていませんからね。しかし、それで本人たちが満足するかは別問題です。
一度、「警察に相談した方がいい」とコンビニ店員が助言するシーンがありましたが、その際明は「家族が一緒にいられなくなる」ときっぱり拒絶しています。兄弟たちの年齢はかなり離れていますから、養子にとられるにせよ施設に預けられるにせよ、確かにバラバラになることは避けられないでしょう。明にとってもほかの兄弟たちにとっても、家族全員が一緒にいることはきっと最優先事項なのだと思います。
実際、元となった事件でも、乳児と二歳の子どもが死亡して警察が介入してきた後で兄弟はバラバラになっています。長女・次女は福祉事務所に預けられ、母親には有罪判決が下り、長男は別の養護施設に送られています。後日長女と次女は母親と同居を再会したそうですが、長男はどうなったのかわかっていません。
本作においても、警察が介入してくれば同様の措置をとられることは想像に難くありません。家族が共にいるというあたりまえの生活を続けるには、あのまま助けを求めずにいるしかないのでしょう。そこに、本当のメッセージが隠されているような気がします。
所持金がほとんどゼロになったあとでも彼らがなんとか生きていけたのは、コンビニの廃棄弁当をこっそりもらい受けていたからでした。もちろんそれだけでは満足には食べられず、ゆきが空腹すぎて紙を噛むシーンまであったのは確かです。とはいえ廃棄弁当のおかげで、一家が全滅せずにいたこともまた間違いありません。
あくまで仮説にすぎませんが、あのような関わり方が彼らにとってのベストだったのではないでしょうか。紗希が途中でやったように尊厳を無視した施しを与えるでもなく、大家のように関わらないようにするでもなく、彼らの異常性を受け入れた上で、少しだけ手助けをするのがいいということだったのかもしれません。
もちろん、母親・父親が保護者としての責任を全うしなかったことにすべての発端があるのも事実です。また彼らのような戸籍のない(劇中では描写がありませんでしたが、少なくとも元の事件ではそうでした)人に対する制度が決して良くはないのも問題ではあります。そのためどうしても次善の話にしかならないのですが、それでも、もし周りの大人たちが彼らを受け入れ、少し手を貸してあげていたら、ゆきが死んだりもしなかったでしょう。
本作のタイトルも『誰も知らない』であって、必ずしもネグレクトを責めるものではありません。そのことからも、周囲の普通の人が知らないふりをせずに近くの子どもと関わってあげたら、何かが好転するかもしれない……という想いが隠されているのではないでしょうか。
【評価】日本人の胸を深くえぐる傑作
『誰も知らない』は、難しい表現も長いセリフや性的・暴力シーンもなしに人の心をえぐってくる映画です。社会派の映画がそういったものに頼りがちであるにもかかわらず、映像と適確なセリフで丁寧に描写していくさまはまさに名画と呼ぶにふさわしいです。
そのぶん娯楽性に関しては、乏しいを通り越してマイナスの領域に達しており、本当に観るのが辛い一本にもなっています。それでも観る価値は十分あるのですが、あくまで「精神的に健康な人が、胸をえぐられることを覚悟してから観る映画」であることは間違いありません。
日本人の薄気味悪さ、生きづらさを直視する自信がある人はぜひ手に取ってみてください。
(Written by 石田ライガ)
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