ベストセラーミステリーの実写化映画『半落ち』。ミステリー作品ではなく、人間ドラマ作品として観ることで魅力が見えてくるような、大人向きのグレーゾーンが多いテイストの作品になっていました。
今回はそんな『半落ち』についての詳しい感想と考察・解説をご紹介していきます。感想と考察・解説ではネタバレを含みますので、映画ご視聴前の方やネタバレを避けたい方はご注意ください!
目次
映画「半落ち」を観て学んだ事・感じた事
・ミステリー作品ではなく人間ドラマ作品
・ラストは人によって好みが別れる
・白黒つけないグレーがお好きな大人におすすめな作品
映画「半落ち」の作品情報
公開日 | 2004年1月10日 |
監督 | 佐々部清 |
脚本 | 田部俊行 佐々部清 |
原作 | 横山秀夫 |
出演者 | 寺尾聰(梶聡一郎) 原田美枝子(梶啓子) 柴田恭兵(志木和正) 吉岡秀隆(藤林圭吾) 伊原剛志(佐瀬銛男) 鶴田真由(中尾洋子) |
映画「半落ち」のあらすじ・内容
ある日、妻を殺したと警察に自首をしてきた元捜査一課警部・梶聡一郎。
犯行について全て認めている完落ち状態かと思いきや、妻を殺害してから自首するまでの2日間については一切語らず、警察官の殺人事件という不祥事を一刻も早く解決したい警察は、彼の取り調べに捜査一課指導官・志木和正をあたらせることにしました。
梶はアルツハイマーの妻が死にたい・殺してくれと言っていたために殺害したこと、自分の手で絞殺したことは冷静に話すのですが、それから自首するまでの2日間については固く口を閉ざします。
そして家宅捜索の結果、コートのポケットに歌舞伎町で配られているポケットティッシュが入っていたことから、殺害後に遺体を放置して歌舞伎町に行った可能性が浮上するのですが…。
映画「半落ち」のネタバレ感想
最初は犯行については自供するのに自首するまでの2日間は語らない、その謎を追うミステリー作品だと思っていたのですが、今作はあくまでもミステリー作品ではなく人間ドラマ作品でした。
特に冒頭では組織の闇、ラストではアルツハイマーがメインで描かれるグレーな部分が多い作品になっていたので、どちらかと言えばフィクションとしてグレーゾーンを楽しめるような大人の方におすすめな作品です!
組織の闇が謎に絡みつく
冒頭では自首するまでの2日間を語らない梶警部よりも、警察官の妻殺害事件を早々に解決しようとする警察・検事局、そして何としても特ダネを掴もうとするマスコミという組織の闇がメインになっていました。
警察は他の事件捜査をしていた志木を強制に近い形で梶警部の事件にあたらせ、「全警察の名誉に関わる問題」「(梶は殺害後に)ちゃんと死のうとしていた」「マスコミと世間が納得すればそれで良い」と、空白の2日間よりも早期解決、会見のことばかり。
少し証言が取れたら裏取りもせずにマスコミに公表、その証言と反する目撃証言が出てくれば慌てふためくばかりの後手後手で、警察にとって大事なのは真実や正義ではなく、警察という組織を守ることだというのが強く表現されていました。
検事局も似たようなもので警察との利害のために協力をするばかりで、進んで警察の不正を暴こうとすることはなく、穏便に済ませようと考えています。
そんな2つの組織の闇、警察官の妻殺害事件を暴こうとマスコミは躍起になり、警察との取引で妻殺害事件について書かない代わりに別の事件の情報を入手したのにも関わらず、どちらの記事についても掲載するという貪欲さ。
こういった組織の闇をメインに描いていく雰囲気はドラマ『相棒』に似ていましたね。
それぞれの組織が自分たちのために隠蔽・捏造・強要をしようとしていたり、真実と正義のために組織の闇に立ち向かおうとする数人の個人がいたり、昔ながらの刑事ドラマのようなレトロで暑苦しい雰囲気などが特によく似ていたと思います。
なので相棒がお好きな方であれば、比較的気に入る方の多い作品だと感じました。
俳優陣の声が印象的
今作は俳優陣の声がとても印象的で、少し中性的な高めの声から、渋く響く低い声、穏やかそうな中に腹黒さがあるような声まで多種多様な声質の方が出演されていて、音声からも楽しめるような映画になっていました。
特に好きだったのが梶警部役の寺尾聰さん、志木指導官役の柴田恭兵さんの声。
梶警部の犯人として自首してきたにも関わらず、冷静で淡々と事件について話していくような話し方と、低すぎず高すぎない落ち着きがあって聞き取りやすい声が、印象的なのに悪目立ちすることはなくて良かったです。
そして志木指導官は警察官としての正義感・暑苦しさこそあるものの、声自体は落ち着きのある低さと渋さのある声質になっていて、若いからこその暑苦しさではなく年齢を重ねたからこその暑苦しさがあるように感じられて、梶警部の取り調べをする刑事としてピッタリな声でした。
印象的なのに聞き取りやすく、耳にスッと入ってくるのに頭に残るような声が、組織の闇が絡まる今作の雰囲気ともよく合っていましたし、それぞれのキャラクターとも合っていて良かったです!
15年前のキャスト陣が若い!
2000年以降の作品なのでそこまで古い作品だとは思っていなかったのですが、2019年現在からみれば15年前の作品ということで、思っていた以上にキャスト陣が若くて驚きました。
15年前とはいえ同一人物なので、現在と顔が大きく変わることはなく面影があるのですが、髪・肌・役柄などに若さを感じる部分が多く、15年と言う時の重みや長さを感じましたね。
今は亡き、樹木希林さんも被害者の姉・島村康子役で出演されています。
樹木希林さんと言えば、つかみどころのない飄々としたキャラクター、いつもニコニコとしていて怒りや悲しみといった感情を表にあまり出さないようなキャラクターのイメージが強かったのですが、今作ではそれとは真逆のキャラクターの役でした。
妹をその夫に殺されて怒りと悲しみが押し寄せているシーンがあったり、最愛の息子のことを忘れていく妹にやるせない悲しみをぶつけるシーンがあったり、様々な感情が押し寄せて泣き崩れてしまうシーンがあったり、非常に感情表現豊かなキャラクターになっていましたね。
樹木希林さんの遺作となった「命みじかし、恋せよ乙女」もあわせてどうぞ。
その他のキャスト陣も、現在の年齢を重ねて貫禄の増した演技とは違った、少し若さを感じるようなキャラクターの方が多くて、大御所のいつもとは違った雰囲気や印象、熱量を楽しめるような映画になっていたかなと思います。
かと言って古臭さが出ているわけではないので、古い作品が苦手という方にもぜひともチェックしていただきたい作品です!
ミステリー作品ではなく人間ドラマ
最初は謎に満ちた警察官妻殺害事件がメインのミステリー作品だと思っていたのですが、今作は組織の闇、組織と戦う個人、殺害にいたるまでの犯人や被害者の心理といった心理描写がメインの人間ドラマ作品でしたね。
妻を殺害してから自首するまでの空白の2日間、そこに関してだけ黙秘する犯人というのはミステリー作品として面白いテーマでしたし、そこに組織の闇を絡ませることによって人間ドラマの要素もプラスしたミステリー作品になると思ったのですが…、最終的にはミステリー要素はほとんどなくなってしまいます。
ストーリーの前半は組織の闇・組織と戦う個人がメインで、どんなに正義感に溢れていても組織の中では個人を押し殺さなくてはならない、時には裏取引や権力に負けて自分を守るしかない、誰も組織から抜け出そうとは思っていない…そんなやるせなさがある心理描写になっていました。
そしてストーリーの後半はアルツハイマーに苦しむ人、そんな人を支える家族の心理描写・悩み・犯行動機みたいなものがメインになります。
アルツハイマーで壊れていくことを自覚しながらも生きていくしかなく、そんな人を時には疎ましく思い、日々に疲れながらもそんな大切な人を守り続けるしかない家族という図が実に切なくて、人間ドラマとしては切なくリアルで、身近に感じる部分もあるストーリーになっていました。
何よりも病気によって最愛の息子の死を忘れてしまう、その度に息子を失う悲しみを何度も何度も味合わなければならないというのが、実に切なく悲しかったですね。そしてもし息子が生きていれば今回の事件は起こらなかったのではないか、妻もアルツハイマーになることはなかったのではないかと思うと、切なさは増すばかりです…。
冒頭がミステリーで始まることでミステリー作品として観始めてしまう方が多いとは思いますが、今作は途中からラストまで人間ドラマがメインに描かれている映画になっているので、ミステリー作品として観ることはおすすめしません。
どちらかと言えば、1つの事件を取り巻くそれぞれの人間ドラマ、病気に悩む人とその家族の人間ドラマがお好きな方におすすめしたい作品ですね。
梶警部役・寺尾聰さんがピッタリ!
妻を殺害したというのに憎しみや悲しみ、怒りを表に出すことがなく冷静で、かと思えば家族の話をするときや人の優しさに触れた時には穏やかな笑みを浮かべるような、二面性のあるキャラクターが寺尾聡さんという人物にピッタリとハマっていました!
警察に自首して取り調べを受けている時すら冷静で、本当のことを言っているのか嘘を言っているのかも悟らせないぐらいに淡々としていて、魂が抜けているような心が死んでいるような、そんな印象的なキャラクターが今作の犯人役としてピッタリでした。
そしてそんな冷静さに反して、家族への愛や自分に対して偽りなく思いやりや優しさを見せる人と接している時には、穏やかな笑みを浮かべるような根っからの悪人ではない人物像が、梶警部という人物の謎をさらに増加させながらラストの展開を盛り上げているように感じました。
キャラクター自体が寺尾聰さんの顔立ちや雰囲気に合っていたのはもちろんのこと、そんな二面性を、同じキャラクターなのにフッと別人になるような演じ分けをなさっていたのが個人的には特に好きでしたね。
映画『博士の愛した数式』でも、物語の中心人物となる独特なキャラクターの博士を演じられていて、ぼんやりとしているようでしっかりと考えて、物静かな時と饒舌なときの二面性があるようなキャラクターがピッタリとハマっていましたが、今作もそんな時の彼と近いものがありました。
寺尾聰さんは普通に優しいだけのキャラクター、堅物なだけのキャラクターというよりも、どこか二面性のあるキャラクターが似合う俳優さんで、今回の梶警部役はまさにはまり役だったと思います。
感想の良し悪しが別れるラスト
#半落ち
寺尾聰主演の人間ドラマ。この映画はアルツハイマーについて考えさながらもグイグイ引き込まれた。
樹木希林を始めとして豪華俳優陣が脇を固めるが寺尾聰の名演が全てなような気がする作品で賛否分かれたが見ておくべき映画の一つ。
ラストが何とも言えない…#1日1本オススメ映画 pic.twitter.com/TZHgogvGUP
— モンタナS🇯🇵🇰🇷 (@yyNnMYDvOfsjIEH) July 9, 2019
今作はミステリー作品ではなく最終的には人間ドラマ作品になるのですが、冒頭にミステリー要素があったためか、ラストの感想については人によって良し悪しが別れやすいのではないかなと感じました。
結局アルツハイマーの妻が母親として死にたいと懇願したための嘱託殺人であったとしても、最愛の妻を自らの手で殺害したという事実には変わりありませんし、周りの人々が利己的な理由のために動いたということにも変わりありません。
ラストは自分の中にある想い、人を思いやる心、信念に従って行動をしたということになりますが、多くの人物の心情が入り乱れているために単純に善悪で測れるような分かりやすい展開ではなく、グレーゾーンといった感じになっているので人によって感想が分かれやすいと思います。
そして冒頭がミステリーだったのに対し、最後は人間ドラマで締めていることも人によっては納得のいかないラストだと感じるかもしれません。
個人的にはミステリー要素もある人間ドラマとして観れば、それぞれの立場・想いが交差するストーリーで面白かったとは思うのですが、スカッとするようなスッキリとするストーリーではないので、どちらかと言えばどこかグレーな部分が残る作品、モヤモヤと考えることがお好きな方におすすめな作品ですね。
映画「半落ち」の考察・解説
梶警部が歌舞伎町のラーメンに行ったことを黙秘している理由、自殺を思いとどまった理由、裁判官が下した判決について考察・解説していきます。
あくまでも個人的な考察・解説なので必ずしもこれが正解というわけではありませんが、参考程度に見て頂けると幸いです!
歌舞伎町のラーメン屋に行ったことを黙秘する理由
歌舞伎町に行ったことを話せば、ドナー提供をした青年のことについても話さなければならなくなり、必然的に彼に自分が殺人者だということがバレてしまうために黙秘していたのだと思います。
命をくれてありがとうといつかお礼を言いたいと言っている青年、自分の息子と重ね合わせている彼に自分が殺人者であるということを知られたくない、事件に巻き込みたくないという想いから黙秘していたのではないでしょうか。
新聞記者の中尾や検事の佐野はそんな梶警部の想いを汲んでいたからこそ、歌舞伎町に行ったことを知りながら黙っていて…、志木指導官はそんな彼の想いを知りながらも生きてほしいと思ったからこそ、裁判に青年を連れてきたのだと思います。
自殺を思いとどまった理由
妻が残してくれた日記からドナー提供の青年が生きていることを知り、そんな彼を見たことで自分の骨髄で誰かが生きている、命を繋いだということを知ったからだと思います。
もっと言えば、50歳まではドナー提供をすることができるから、もしかしたら自分の骨髄がまた役に立つかもしれない、自分が生きることで誰かに命が繋がるかもしれないという想いから、51歳までは生きなければと自殺を思いとどまったのではないでしょうか。
裁判官が重い判決を下した理由
普通に行けば息子を失い、アルツハイマーになった妻の介護で肉体・精神共に疲れ切った夫の犯行、妻が望んだ嘱託殺人ということで執行猶予・情状酌量の余地があったと思うのですが、裁判の結果で比較的重い判決が下されました。
どんなに情状酌量の余地があろうと、どんな想いや悲しみがあろうとも、最愛の妻を自分の手で殺害したことには変わりがないと考える梶警部自身が、軽い刑罰になることを望んでいなかったからだと思います。
軽い刑罰を望んでいるのであれば、そもそも自首せずに遺体を隠しておけば捕まらずに済むのにそれをしなかったことからも分かるように、彼は人殺しとして重い刑罰で裁かれることを望んでいたのでしょう。
重い刑罰といっても即死刑になることはありませんから、51歳まで生き永らえていれば良いという考えもあったのだと思います。
裁判官は自分の父もアルツハイマーで、妻が父の介護で疲れていたという似た境遇にいたからこそ彼の想いを理解できた…だからこそ、あえて求刑通りの殺人者にふさわしい判決をくだしたのでしょう。
「半落ち」は良い意味でグレーゾーンの作品
今作は人間の心理・悩みをテーマに非常にグレーゾーンの部分が多い作品になっているので、スッキリハッキリとした作品を求めている方や、ミステリー作品を求めている方には不向きな作品だったと思います。
ただグレーゾーンだからこその考えさせられるモヤモヤとするようなラスト、人間らしい心理が魅力的な作品になっていたので、そういったグレーゾーンが理解できる方にはおすすめの作品です!
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※2019年9月現在の情報です。