映画「彼女がその名を知らない鳥たち」は沼田まほかるのミステリー小説が原作です。
浮気や異常な愛、サイコパス的な展開など、R15指定の映画らしい内容となっていますが、主演者の演技力の高さがわかる映画でした。個人的には邦画の中ではかなり面白い作品だったと感じました。
今回は「彼女がその名を知らない鳥たち」を視聴した感想や解説、考察を書いていきます。ネタバレも含みますのでご了承ください。
目次
映画「彼女がその名を知らない鳥たち」を観て学んだこと・感じたこと
・最初から最後まで面白くレベルの高い邦画だった!
・登場人物みんながどこか異常
・キャストの演技力の高さがわかる作品
映画「彼女がその名を知らない鳥たち」の作品情報
公開日 | 2017年 |
監督 | 白石和彌 |
脚本 | 浅野妙子 |
原作 | 沼田まほかる |
出演者 | 北原十和子(蒼井優) 佐野陣治(阿部サダヲ) 水島真(松坂桃李) 國枝カヨ(村川絵梨) 黒崎俊一(竹野内豊) |
映画「彼女がその名を知らない鳥たち」のあらすじ・内容
十和子は陣治と共に暮らしていますが、なんの取り柄もない陣治に対して不満を持っており、かつて恋人関係にあった黒崎を思い出しては静かな生活を送っていました。
そんなある日、十和子のお気に入りの時計が故障してしまい店にクレームを入れると、デパート社員の水島が家に訪れることになり、そこで十和子と水島はキスをして肉体関係を持つようになります。
後日、十和子の元に刑事が現れ「黒崎が5年前から行方不明である」ことを告げられます。そこから十和子は日々の生活の中で不審な点があることを思い出していきます…。
映画「彼女がその名を知らない鳥たち」のネタバレ感想
蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李などキャストの演技力が高い
この映画に登場する人物にはどこか欠陥があります。人間であれば些細な欠点は誰しもありますが、欠点という小さなものではなく、人としてどうかしてるレベルの欠陥を抱えています。クズという言葉が当てはまる人物が多いんですよね。
しかし、この嫌なキャラを演じることが出来ているのも、キャストに高い演技力があるからです。
蒼井優演じる十和子は昔の恋人である黒崎が忘れられず、同居人である陣治に対してヒドイ言葉で思ったことをズバズバと言います。そして、陰湿なクレーマーであり、クレーム行為を楽しんでるようにも思えました。クレーム対応をしてきた水島とは肉体関係を持つようになりますし、黒崎とセックスをする様子を収めたビデオを度々見ているような人物です。
阿部サダヲ演じる陣治はとにかく下品で不潔であり、十和子のことが大好きで十和子のためであれば何でもするような人物です。陣治の食事シーンでは、とにかく食べ方が汚いので、気づいたら「うわぁ…」と思いながら顔をしかめて画面を見ている自分がいました。それほど下品な陣治を演じる阿部サダヲの演技がうまいんですよね。
松坂桃李演じる水島はデパートの社員であり、クレーム対応のために訪れた十和子の家で急に接吻をします。瞬時に十和子の性格を見抜いて抵抗されないと思い行為に及んだと思うのですが、そんな性格に反して抜けているところも多々あります。
十和子に対して流暢に話した「タッキリ・マカン」の知識は本の受け売りでしたし、高級な時計として十和子にプレゼントをした時計も結局は3000円でした。他の女性と歩いているところを十和子に見られてしまいますし、外で十和子と性行為に及ぶなど、「する場所のない学生か!」というくらい性欲の強い人物です。とにかくセックスが出来ればいいという感じなんでしょうね。家庭も持っているわけですし。
松坂桃李と言えば「娼年」で娼夫の仕事をする大学生役を演じ、R18指定の「娼年」では濡れ場シーンが多くありました。「孤狼の血」では日本アカデミー賞で助演男優賞を受賞するなど、ただのイケメン俳優としてではなく、演技力の高い役者として活躍しています。
濡れ場やセックスシーンでは若干のエロさはあるものの、下品すぎることが無かったのは演技力の高さ故なのかもしれません。
そして、黒崎演じる竹野内豊もなかなかのダメ男です。ただ、顔が渋くてめちゃくちゃカッコいいので、DV癖のあるダメ男であったとしても、十和子のように好きになってしまう女性はいるのだろうなぁとも思いました。
様々なタイプのダメ人間が登場するが意外といるのかも
ここまで様々タイプのダメ人間を紹介してきましたが、この映画を観ていて思ったのは「こういう人って意外といるのかも」ということでした。
十和子のように過去の恋人をずっと引きずっていたり、日々のストレスや鬱憤をクレームで発散している人、水島のように好青年に見えるが裏では浮気をしているような男、陣治のようにとにかく下品な男など、筆者の周りにはそういう人はいませんが、何処かにこういう人はいそうだなというリアリティがありました。
先述した様に、このリアリティさを醸し出しているのもキャストの演技力の高さにあると思うのですが、このリアリティのおかげで作品全体がより良い物になっていましたね。
【解説】電車で男を突き落とす、姉との食事、国枝との再開シーンが怖い
ミステリー作品ということもあって、序盤から展開のわからないモヤモヤ感があるのですが、所々に怖いシーンがいくつもあります。
まず、発車間近の電車に十和子と陣治が乗り込み、そこにイケメン青年が駆け込み乗車をしてくるシーンです。陣治は乗り込んできたその青年を車両の外に思い切り突き飛ばしますが、このシーンがかなり怖いんです。
青年は急いで電車に乗ってきたので、勢い余って陣治にぶつかってしまうのですが、陣治はぶつかってきたことに対して怒っているのではありませんでした。十和子はそのイケメン青年に目を奪われ、青年も十和子に対して微笑み返します。そのことに陣治は怒りを覚えたのですね。
突き飛ばした後に「なんでそんなことするの!」という会話も一切なく、ただただ十和子と陣治が無言で見つめ合います。この時の描き方がとても上手くて、他にもたくさんいた車両の人々が消え、十和子と陣治の2人だけになるのです。
このシーンが何となく分かるというか、人間が衝撃的な場面に出くわした時、あまりの驚きで頭が真っ白になり、周りが見えなくなると思うんですよね。楽しく笑いながら電車に乗り込んだ十和子と陣治でしたが、陣治が目の前で人を突き飛ばした狂気を目の当たりにして、頭の整理が追いつかず、とっさに言葉も出ず、周りにいた他人も見えなくなってしまう十和子の気持ちを表している様なシーンでした。
終盤になれば「十和子のためであれば何でもする」という陣治の性格が分かるので、ああいうことをするのも理解できるのですが、展開や結末を知らない状態でみると陣治の常軌を逸した行動には恐怖を感じます。
他にも姉・美鈴と十和子、陣治の食事シーンは怖いというか地獄でしたね。陣治は食卓で美鈴の夫である野々山の話をしてしまい、会社の女の子と浮気をしている野々山が帰ってきていないことを知ります。
ここで美鈴がボソッと「死ねばいいのよ。浮気する様な男はみんな」と言います。小さな子供がいるのにも関わらずそんなセリフを吐き、横には水島と浮気をしている十和子、十和子の浮気を知っている陣治がいることを考えると地獄の様なシーンでした。自分であればこんな場に絶対いたくないですね…。
そして、十和子が黒崎の妻であるカヨの元に訪れたシーンも中々の怖さでした。カヨの叔父である国枝が登場するシーンでは、鬼気迫る表情の国枝と顔を背ける十和子が映し出されます。
国枝は2年前に脳梗塞で倒れたということで杖をついており、歩くのもやっとな状態なので、女性の十和子であっても力で負けることはないのですが、部屋で二人っきりになったこのシーンの恐怖感は凄まじいものがありました。国枝を演じた中嶋しゅうの演技の素晴らしさにありますね。
また、ここから黒崎失踪の謎など、今まで明かされてこなかったものが次々と判明していきます。この映画はただただ謎が解明していくミステリー作品ではなく、嫌な気分になるミステリー「イヤミス」にカテゴライズされる作品だと思っています。映画「暗黒女子」などもイヤミスとして知られていますね。
黒崎を殺したとの告白。その後に肉を食べる狂気さ
不審な行動をする陣治が黒崎を殺したのではないか…?と考えた十和子は陣治を問い詰めますが。最後まで映画を見た方であれば、実際に黒崎を殺したのは十和子であり、陣治は死体を埋めただけという結末を知っているかと思います。
あのシーンがミスリードをさせるミステリー作品らしい描写で、十和子の「あの人(黒崎)今どこにおるん?」という問いに対して「あの男は土に埋めた」と返しています。視聴者はここでやっぱり陣治が殺していたのか…と思わせるのですが、陣治は「黒崎を殺した」とは言っておらず、「土に埋めた」としか言ってないのです。
このシーンで映画の序盤から謎であった黒崎失踪の事実が解明された!と思いきや、真実がこの後に解明されていく展開は2度衝撃を受けましたね。
そして、黒崎を土に埋めたことを語った陣治を警察に連れていくこともなく、一緒に肉を焼いて食べるシーンはサイコパス的でした。人間なのでお腹は空くものなのでしょうが、何事もなかったかの様に二人で冗談を言いながらご飯を食べている様子はゾワゾワしましたね。
人を殺して埋めてしまう様な人に常識を語っても意味はないのですが…。
【考察】十和子の記憶が戻り衝撃の結末。純愛か偏愛か
黒崎が死んで埋められたことを知った十和子は後日、水島と会います。1度この映画を観た時は十和子が水島をナイフで刺したことで、黒崎を刺し殺したのは自分であると思い出したと記憶していたのですが、もう一度見返してみると十和子は水島を刺す前に記憶を取り戻しているんですよね。
記憶を取り戻してから水島を刺した理由を考えてみると、過去の黒崎や水島という「クズ男」との決別をしたかったのだと思いました。もちろん、浮気をしている十和子も責められるべきだと思うのですが、黒崎と付き合っていた時は心の底から黒崎のことを愛していましたし、水島に対しても浮気行為とは理解しているものの、愛する感情は十和子の心の中にありました。
しかし、十和子は好きな人に尽くすと嘘をつかれ、たびたび裏切られてきました。十和子は加害者でありながら被害者でもあったのです。そんなクズ男へ「復讐」というよりは「決別」したかったのかなと感じました。
そして、どこからともなく陣治が現れて十和子をかばいます。「生きていたくない」という十和子に対して陣治は全ての罪を自分が負うと言い、十和子に子供を産めと言います。陣治の言い分としては十和子の罪を全て背負って自殺し、十和子の子供として生まれ変わるということですね。そして陣治は飛び降り自殺を図ります。
十和子のためであれば、自分の命も犠牲にしてしまう陣治に様々な感想を持ったことでしょう。現実的に考えると、水島が十和子に刺されたと言ってしまえば十和子は捕まり、陣治の死は無駄なものになります。あれほどの傷を負った水島はその後病院にいくと思われますし、そこで何があったのか、誰に刺されれたかなどを詳しく聞かれて、警察沙汰になることは予想されます。
仮に水島が陣治に刺されたと言ったとしても、防犯カメラなどの映像で警察の調査が行われることも考えられ、水島と一緒にいた十和子が怪しまれる可能性は高いです。この後、十和子がどうなったかは想像することしかできませんが、陣治の死が無駄になることもあるわけですね。
陣治はもう少し考えた方が良かったんじゃ…とも思いましたが、浅はかで思慮深くなく、十和子のためであれば突発的な行動もしてしまう陣治は、最後の最後まで陣治らしかったなとも思います。
そして、この結末を見た時に下品で汚らしいだけの陣治が少しカッコよく見えました。個人的には、本当に好きなのであればダメなところはダメと相手に指摘するべきですし、悪いことをしたのであれば怒るべきだと思うのですが、陣治は全てを受け入れ許します。十和子がすることであれば何でもOKなのです。
良いか悪いかは別にして、陣治はとにかく十和子に対して真っ直ぐな愛を持っているのです。(十和子の殺人を黙認している時点で悪ですが。)
また、考えてみたいのが果たしてこの陣治の愛は純愛なのでしょうか?それとも偏愛なのでしょうか?ドラマや映画などで教師と生徒の恋愛を描いた作品がありますが、物語の中で描かれる恋は「純愛」として描かれることが多いです。しかし、現実に当てはめてみると法律に違反することもありますし、グレーなことも多いです。純愛と捉えることもできれば、完全にアウトと捉えることもでき、人によって「素晴らしい愛」と感じる人もいれば「こんな愛はありえない」と思う人もいるわけです。
この映画の初めから最後まで描かれてきた、陣治の真っ直ぐな愛は純愛なのか偏愛なのかは人によって異なると思いますし、答えを出すことはできないのかもしれません。ただ、一つ言えるのは陣治の巡り合った人が十和子でなければ、陣治はもっと幸せになっていたのではないでしょうか。陣治の尽くしすぎる愛を適切に返してくれるような相手であれば、幸せな家庭を築けていたのかもしれません。そう言った意味では、この映画の一番の被害者は陣治だったのかもしれません。
こんなことを言っても陣治が「十和子のためなら本望や」と言い出しそうな気がしますけどね。
【解説】タイトルの意味。フラッシュバックが泣ける
陣治が飛び降りる祭、十和子との出会いがフラッシュバックのように流れますが、このシーンが泣けます。
出会った時からいつもと変わらない真っ直ぐな愛を捧げていて、下品なところも変わらないのですが、十和子を笑わせようとするところや、十和子を幸せにしようと頑張っているところは出会った当初からずっと同じだったのです。
そして、陣治が飛び降り、陣治が飛び降りた衝撃で鳥の大群が上空に飛び立ちます。
本来であれば落ちた陣治が心配になり下を覗き込むと思うのですが、十和子はその鳥の大群が飛び立つ上空を見上げます。まるで陣治が鳥たちによって天国に運ばれていくようなシーンで、物語とは一見関係なさそうだった「彼女がその名を知らない鳥たち」のタイトルの”鳥”の意味が何となく理解できたような気がしました。
ずっと好きな人に裏切られた十和子でしたが、身近にはその不幸を跳ね返すほどの愛があったのです。