『ムーンライト』はバリー・ジェンキンス監督によるドラマ映画です。弱者への柔らかな愛を描いた優しい作品でした。
今回はそんな『ムーンライト』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!
目次
映画「ムーンライト」を観て学んだ事・感じた事
・地味かもしれない。けど、主観性の表現はピカイチ
・黒人映画に思われがちだけど、すべての弱者のための作品
・「無敵の人」が再注目されている今、押さえたい一本
映画「ムーンライト」の作品情報
公開日 | 2016年 |
監督 | バリー・ジェンキンス |
脚本 | バリー・ジェンキンス |
出演者 | トレヴァンテ・ローズ/アシュトン・サンダース/アレックス・ヒバート(シャロン) アンドレ・ホランド/ジャレル・ジェローム/ジェイデン・パイナー(ケヴィン) ナオミ・ハリス(ポーラ) マハーシャラ・アリ(フアン) |
映画「ムーンライト」のあらすじ・内容
主人公シャロンは、いじめられっ子の少年です。寡黙で、貧乏で、友達は一人しかおらず、母親はドラッグ中毒というひどい境遇の中にいます。
ある日、いじめられていたところを麻薬ディーラーのフアンに見つかり、ご飯と柔らかいベッド、そして隣人愛のある言葉をもらいます。
母親に煙たがられながらもシャロンとフアンの交流は続いていくのですが……。
映画「ムーンライト」のネタバレ感想
オスカーなのにつまらない!?
本作は、公開当時大評判だった『ラ・ラ・ランド』を退けて、2017年(第89回)アカデミー賞作品賞を獲得した映画です。というと、光り輝くようなスゴい作品なのでは!?と思いがちでしょう。
しかし、肩書きを重視して鑑賞すると、肩透かしを食らってしまうかもしれません。『ムーンライト』は非常に地味で、盛り上がりに欠ける映画だからです。レビューサイトを見ても、「面白くない」「よくわからない」といった意見が多数見受けられます。
お恥ずかしい話ですが、筆者も本作を観てしばらくは、なぜ評価されているのかが理解できませんでした。マハーシャラ・アリとナオミ・ハリスの演技は良いし、貧民の何気ない風景をどこか美しく見せていることには技術を感じるけれど、過大評価じゃないか?と思っていたんです。『羊たちの沈黙』や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のように、「巧妙に隠された仕掛けがあるからスゴい」というわけでもなかったこともあり、かなり強く疑っていました。なんなら、審査員が2014・15年に取り沙汰された白人優遇の問題(いわゆる #OscarsSoWhite)を重く見て、無理やり黒人中心の映画を祭り上げたんじゃないかとさえ考えていました。
しかし、その割にはなかなか忘れられない映画でもありました。そして観なおして、かつ作品の構成を考えなおしてみると、名画とされるだけあることがようやく納得できました。心に残る映像を作っただけでもスゴいのは確かですが、それに留まるものではなかったんですね。間違っても「世間の批判を恐れて黒人映画を選んだ」なんてわけはありませんでした。
そういうわけで、『ムーンライト』はなかなか良さに気づきにくい映画です。しかし、一度気づければその暖かさに胸を打たれる作品でもあります。太陽のようにギラギラしているわけでもなく、星空のように無限性があるわけでもありませんが、ほの暗い月明りのような落ち着きをもつ……そんな作品なんです。
この記事では、「日本人にも良さに気づいてもらえる」ということを目標にしながら、本作の解説をしてみます。
「ヒーローがいなかったら」という解釈を提示した
弱虫な主人公の元にカッコいい兄貴分が現れて、主人公を変革する……というストーリーは、かなり王道です。映画に限らず日本のマンガでもアニメでも、同様の展開をしていく物語は多くありますよね。『ムーンライト』もそうしたものをなぞっています。人間同士が関わりあって成長していく様子は、国や年代を問わず好まれているのでしょう。
ただ、こんなことを考えたことはないでしょうか。「もしも兄貴分が、すごく中途半端なところで退場してしまったらどうなるか?」ということです。
もし『グラン・トリノ』で、コワルスキーが家族の勧めで老人ホームに入ったらタオはどうなる?
もし『天元突破グレンラガン』で、ラガンが見つかるよりも前にカミナが死んでいたらシモンはどうなる?
もし『暗殺教室』の殺せんせーが四巻くらいで死んでしまったら、生徒たちは?
もし『機動戦士ガンダム00』のロックオン・ストラトスが、三話くらいで戦死したら他のメンバーは?……などなど。
上記の例は、いずれもまったくもって無粋な疑問です。兄貴分たちは、主人公に大事なことを伝えきるからこそ感動が生まれるのであって、そうならなかったら物語が成立しないとすら言いきることが出来るでしょう。しかし、絶対にあり得ない話というわけではないはずです。むしろ現実には、まったく予期しないうちに死んでしまうことだってままあるくらいです。うまい具合に、後の世代に何かを遺せるとは限りません。
『ムーンライト』はそれをやります。主人公の前に颯爽と現れた男フアンは、主人公に人生の楽しさを教える途中で死んでしまいます。それも結構序盤に、ものすごくあっさり死んでしまいます。もっと長く生きていられれば、王道の名作たちと同じく、主人公との間に感動的な絆を構築できたことでしょう。しかし本作において、そうはなりません。主人公は、俗に言う”健全”になるキッカケを失ってしまうわけです。その後主人公がどのような人生を辿るのか……それが、本作の見どころです。
ではその後主人公がどうなってしまうのか?以下ではネタバレを含めて解説します。なお個人的には、本作はネタバレしても味の損なわれない作品だと思っています。
【ネタバレ】愛は強いけど万能じゃない、でも人を救う
シャロンがハイスクールに通いだすまでの間に、フアンは死んでいました。死因も正確な死亡時期も不明です。彼の存在はシャロンに何らかの影響を与えたようですが、見違えるような変化をもたらしてはいませんでした。成長しても、根暗ないじめられっ子のままでした。ただでさえひどかった母親の様子もさらに悪化しており、シャロンにはどこにも居場所がないかのようでした。
唯一の友人であるケヴィンだけが、心の拠りどころでした。ある日、ケヴィンが学校の女とのセックスを楽しんでいると知ったことをきっかけに、シャロンは自分の本当の感情に気づきはじめます。別の夜に二人は偶然海岸に居合わせ、マリファナを吸いながらキスを交わします。同性のカップルとして、上手くやっていくかに思えました。
しかし翌日、いじめっ子の命令でケヴィンがシャロンを殴ることを強要されます。シャロンは抵抗せず、倒れるまで殴られた後、男たちに取り囲まれます。そのうち警備員が現れますが、いじめっ子たちは逃げ切ります。感情の混濁したシャロンは翌日の授業中に、いじめっ子の後頭部をイスで殴打します。あからさまな暴力行為に、シャロンは一方的に少年院に送られてしまうのでした。
それから十年以上後、シャロンは少年院内のコネからアトランタで麻薬ディーラーとして成功していました。その風貌は、悪人としてのフアンの風貌そのものです。ある日彼はケヴィンからの電話を受け、生まれ育ったマイアミに戻ることとにしました。ケヴィンの働く店に行く前に薬物治療施設へ立ち寄り、疎遠だった母親と再会します。母親はシャロンにかつての行いを謝罪し、愛を打ち明けます。シャロンの口数は少ないままでしたが、静かに涙を落とします。最低の母親からでも愛されたがっていたことが伝わるシーンです。
その後彼はケヴィンの元へ行きます。ケヴィンがシャロンを殴ったとき以来の再会で、しばらくぎこちない空気が流れます。しかし歌の力もあって、次第に打ち解けていきます。ケヴィンは麻薬ディーラーになってしまったシャロンを受け入れた上で、かつていじめっ子の言いなりになったことを謝罪します。そして共にケヴィンの家に向かった後、シャロンはケヴィン以外に親しくなった人がいないと明かします。二人は部屋の中で、静かに抱き合うのでした。
【考察】「無敵の人」だって幸せになれる
上では、もしフアンが生き延びていたら、シャロンは「俗に言う”健全”」になれたかもしれないと書きました。なぜこのような書き方をしたのかというと、”健全”というのはマジョリティから見ての”健全”にすぎないからです。”真っ当”とか、”普通”とかの表現も同様でしょう。どれも、社会の多数派から見てのスタンダードに沿っていることを示す言葉です。明るかったり、よく喋ったり、それなりの収入があったり、友達が多かったり、ドラッグをやっていなかったりといった状態を指して、”健全” “真っ当” “普通” といった言葉が使われがちです。国によって、白人であるとか、ギャンブルをやらないとかも含まれてくるでしょう。
とはいえ、誰もが “健全” になれるわけではありません。どうしたって明るくなれない人、喋るのが下手な人、貧しい人というのは存在しています。そういった人に無理やり “健全” になるよう強いるのは、ある種の傲慢であり拷問でしょう。強いられる側は苦痛ですし、無理なものは無理だったりもします。
それこそ『グラン・トリノ』のように兄貴分のような存在が、無理なく導いてくれればいいのかもしれませんが、現実的にはそうそうできる話ではありません。あるいはいくら導いても、「絶対に “普通” にはなりたくない!」と心の底から思い、てこでも動かない人だっています。なんならそう自覚した上で否定するならまだマシかもしれません。「上手く言えないけど指図されたくない!」「昔強いられたのは本当に嫌だった! 復讐してやる!」となると、一層のイザコザや憎しみを生むことにもなります。
これまで世界は(なにも日本に限った話ではありません)、そういったスタンダードから外れた人を、 “不健全” “下等” “変・異常” などといって排除してきました。そうすることで、マジョリティの規定するスタンダードを維持してきたんです。これは力をもつマジョリティにとってそう難しいことではなかっただけに、長い間まかり通ってきました。一方で、排除された側が生きづらくなってしまったことは間違いありません。結果的にヒトの多様性を殺すことにもなります。
主人公シャロンは、その排除された側のステータスをことごとく詰め込んだような造形になっています。根暗で物静かで、貧乏で、友達がおらず、ドラッグにハマっている、同性愛者の黒人ですから、マイノリティの数え役満です。こうして文章にすると設定を盛りすぎだと思われるかもしれませんが、決して不自然なものではありません。 “普通” から外された人に、人が寄り付かず仕事も与えられなくなる、という因果は日本でも起こりえます。
そして、このようなマイノリティが行きつく先が、いわゆる「無敵の人」でしょう。これは、お金も社会的信用もなく、犯罪を犯して逮捕されても失うものがない人のことを指す言葉です。2019年5月28日に発生した川崎殺傷事件でにわかに再注目されたため、聞き覚えのある方も少なくないかと思います。カネも立場も人とのつながりも得られなかったシャロンもまた、無敵の人になりかけていました。というより、ハイスクール時代の彼はまさにそうだった、と言うべきでしょう。
幸か不幸か、最終的にシャロンは無敵の人にはなりませんでした。収容先の少年院で、麻薬ディーラーとしての仕事と富を得たからです。結果として人を殺めるようなことも、特になかったように見えます。ただし、もしこの仕事にありつけなかったら、平気で人を殺すような男に成長していた可能性だってあるでしょう。彼には何も失うものはなかったわけですから……。
他方、見方を変えると、「100%善意で行われていたフアンの行動が、シャロンを麻薬ディーラーに仕立て上げた」とも言えてしまいます。彼は生前、シャロンをいっぱしの男にしようと、危険地帯での身の振る舞い方を教えていました。具体的に何をどこまで叩き込んだかは不明瞭ですが、それがシャロンの堕落に役立ってしまったのは間違いありません。フアンは決してシャロンを悪の道に導きたかったわけではなかったと思いますが、結果として彼を悪人として出世させてしまったのです。
こういったことが至極現実的に描かれていることが、『ムーンライト』に隠された味わいなのだ、と筆者は考えています。「世の中には、無敵の人予備軍が何人もいる」「どう足掻いても、 “普通” になれない人たちがいる」「 “普通” になれない人たちを “普通” にするのは簡単ではない」「たとえ善意であっても、下手に人を “普通” にしようとすると、逆効果にもなりうる」……それが、この映画から読み取れることなのでしょう。
ではマイノリティに救いがないのかというと、まったくそんなことはありません。むしろ、だからこそ結末の暖かさが際立つと言えます。無敵の人予備軍に対して “普通” を強いられるものではないけれど、 “不健全” なままで愛することが、きっと最大の救いなのです。終盤において母親もケヴィンも、シャロンのことをただ受け入れて、愛を示しました。他の売人を使い走るような立場も、高級車を乗り回すほどのカネも、シャロンを満たしはしませんでした。ただ、弱いままの彼を愛することが正解だったんです。
長くなってしまいましたが、おわかりいただけたでしょうか?マジョリティとしての強さにこだわったままでは、本作の魅力はきっと理解できません。弱さに身をゆだねることで、この映画の素晴らしさが見えてくるのです。
【評価】地味だけどどこまでも優しい映画
『ムーンライト』は、どんな人にも分かち合える優しさを表した映画です。現実離れしたカタルシスに乏しいため作品としてはとても地味だと思われがちですが、実際には世界的にもまだまだ出来ていない愛の形が描かれています。どうしたってアブノーマルで、社会的な成功とも結びつきませんが、本人にとっての幸せをはっきりと提示しています。「他人・社会にどう思われようが、主観的に幸せならいい」という、本来なら当たり前のことを教えてくれる映画です。
本当は、もっとたくさんの人に観てもらいたい作品であるのは間違いありません。一方で、世界中の人々が本作の幸せのカタチに共感するには、まだまだ時間がかかるようにも思えます。「多様性に溢れ、弱者も幸せになれるような未来を示すヒントが欲しい」とか、「自分の弱さにくじけそうだ」という人に優先して手を出してもらいたい一本というのが妥当なところでしょうか。
(Written by 石田ライガ)
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