映画『メッセージ』はドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によるSF映画です。文系と理系の分野を鮮やかに組み上げた、超精巧な一本でした。
今回はそんな『メッセージ』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!
目次
映画「メッセージ」を観て学んだ事・感じた事
・既存のSFと言語学、物語上のトリックが超融合したストーリーが神がかり
・意味がわかればどんでん返しの連続に圧倒される
・演技など、実写映画ならでは要素は平凡
映画「メッセージ」の作品情報
公開日 | 2016年11月11日(米国) 2017年5月19日(日本 |
監督 | ドゥニ・ヴィルヌーヴ |
脚本 | エリック・ハイセラー |
原作 | テッド・チャン |
出演者 | ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス) イアン・ドネリー(ジェレミー・レナー) ウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー) シャン上将(ツィ・マー) |
映画「メッセージ」のあらすじ・内容

ある日、全世界12カ所に謎の巨大宇宙船が現れます。市民たちがパニックに陥る中、合衆国に現れたものに対し、言語学者のバンクスや物理学者のドネリーらが軍に連れられてコミュニケーションを図ります。
地球人とはまったく異なる言語文化に苦戦しつつも、必死の努力によって徐々に宇宙人の文字を理解していきますが、そうこうしている内に各都市では暴動が多発し、耐えかねた中国が宇宙船に対する武力行使の意向を表明してしまいます。
宇宙人との戦争が目前に迫る中、バンクスの脳裏には娘の死の記憶が表れて……。
映画「メッセージ」のネタバレ感想
ばかうけで客寄せした映画なんてものじゃない!

本作は、日本での公開前後に「宇宙船のデザインがお菓子のばかうけにソックリ」ということでネタになりました。SNSなどで映画方面のコミュニティに属している方には、覚えがあるかもしれません。配給側がネタに乗っかる形で、監督が「デザインは『ばかうけ』に影響を受けた」という動画をYoutubeにアップしたこともあって、悪ノリのような雰囲気を持った映画というイメージすらありうるでしょう。しかし本作は、そのような軽薄なものではありません。複数の分野を掛け合わせた、非常に精巧な映画なんです。
未知の地球外生命体が、われわれ地球人とコンタクトを取るという骨格をもったストーリーは既にいくつもあります。本作がそれらと違うのは、言語学や数学的な見地から、人類とはまったく異なる思考回路を持った宇宙人の言語を、理解していく過程を丁寧に描いたことにあります。
宇宙人が地球よりもはるかに優れた技術力を持って私たちの言葉を理解したり、逆に一切理解できないながらも心の交流を図ったりといった既存の展開とは一線を画します。さらに、その言語を学んでいった人間がどうなるかまでも丁寧に描いたところまで含めて、非常に高く評価できます。
作風としては、よくクリストファー・ノーラン監督『インターステラー』が引き合いに出されます。どちらも学術性をうまく利用したという点で共通点があり、どちらかが好きならまずハズれない一本になるでしょう。
個人的にはアレックス・ガーランド監督『エクス・マキナ』『アナイアレイション -全滅領域-』にも近いものがあるかなと思います。あるいはふだん洋画を観ないという人でも、『STEINS;GATE』あたりが好きな方にはマッチするのではないでしょうか。
【解説】難しい概念が多い

本作の中には、日常生活の中でまず聞くことのないような概念がいくつか出てきます。それらが理解できないと、途中からの展開に置いて行かれることになってしまいます。レビューサイトを見てみると、そのせいで評価を下げていることがよくわかります。
この項では、その中でも特に難解だと思われる語を解説してみます。ただし筆者としては、鑑賞前に予習をしてしまうのはあまりオススメしません。なぜなら、視聴者が本作の中で突然出会った新たな概念を探ることは、登場人物らが宇宙人らの思考を解析するのによく似た行為だからです。
あえて事前に勉強せずに構えておくことで、主人公らの研究をなぞるような気分が味わえるでしょう。そのため、新たな概念をその場で理解する自信がないか、鑑賞済みでない限り、これ以上読み進めない方が良いかと思います。(この項より下にはネタバレを含みます。)
文法の時制

時制という言葉は、英語学習の際にほとんどの方が聞いた覚えがあると思います。willがついたら未来形、Vpは過去形……といったふうに、中学校で習いましたよね。同様に、現在形、現在進行形、現在完了形、過去完了形、過去進行形なんてものもありました。それぞれ、be動詞にV-ingだとか、haveにVppだとかいうルールを持っていると教わったことでしょう。
その一方で、「じゃあ現在完了と過去完了って何が違うの?」とか「じゃあ過去と過去進行って何が違うの?」という問いに、正確に答えられる方は少ないのではないでしょうか。まして自分が話したり書いたりする際、時制をネイティブスピーカーと同じように使い分けられる人となれば、さらに少数になるはずです。
なぜ、知識があっても使いこなせないのでしょうか?理由は日本語にあります。日本語が文法的に持つ時制が、非常に曖昧で貧弱なんです。純日本人の会話は、おおよそ現在形と現在進行形、過去形で済んでしまいます。それ以外の時制を使い分ける風潮がなく、文法の中に取り込まれていないんですね。なので、ネイティブのように英語の時制を使いこなすためには、日本語の感覚から脱却して、英語的な時間の概念を染み込ませる必要があります。
でもこれって逆に言えば、英語に比べると「日本語で話す上では時制が曖昧でも問題ない」ってことでもあります。「日本語で現在完了の言い回しするのくどい!」と嘆く人なんていませんよね?それは現在完了がなくたって困らないからです。日本語になくても困りませんが、英語になかったら困ります。日本語的には時間を細かく分ける必要を感じない一方で、英語的にはより細かく分けないと不便だと思われているということです。
このように、英語と日本語の間でも時間の捉え方が違うために、時間を表す文法も違っています。では宇宙人の言葉の時制はどうなっているのでしょうか?そこから、彼らにとっての時間の捉え方を知ることが可能になります。
サピア=ウォーフの仮説

上では、「日常的に、英語では日本語よりも細かく時間を分類する」と書きました。これを、さらに別の視点から解釈してみましょう。すると、「英語が上達すればするほど、英語話者と同じような時間の感覚を持つようになる」ということになります。ネイティブと同じように時制を使いこなすには、時間についてネイティブと同じように理解している必要があるからです。英語がペラペラであるということは、単に単語や文法を覚えていたり、発音が良いということだけではなく、時間などについて日本人とは違う世界観を得ているということでもあるんです。
言語の造りそのものが、人の理解・世界観に大きく影響しているという考えを「サピア=ウォーフの仮説」と呼びます。名前の由来はそのまま、サピアさんとウォーフさんが提唱した仮説というだけです。操る言語次第で、(時間を含む)世界の主観的な見え方が変わるんじゃないかということですね。
別の例を出しましょう。日本語には、多様な一人称が存在しています。私、僕、俺、などなど。そしてそれぞれに、発話者の情報が含まれます。ワシだったらおじいさん、拙者だったらサムライっぽいと瞬時に理解できますよね。さらには、わたしよりもアタシの方が活発っぽいとか、ぼくよりオレの方が生意気だとかの、細かな違いまで染みついています。性別を始め、性格の一部まで見えてくるわけですね。
これらを英語に訳そうとしても、全部 “I” にしかなりません。一人称でキャラクター性を表すというのは、日本語にしかないような概念です。『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』では、トラブルメーカーだったジャー・ジャー・ビンクスが自身を me と呼んでいましたが、それくらいでしょうか(それもファンには他意があるように受け取られましたが)。それよりも、『君の名は。』を外国語訳したときにオレとワタシの違いが問題となったという話の方が適確でしょう。
一人称の違いについては、外国人が日本語と共に学ぶこともできます。とはいえ、それをマスターするのは一筋縄ではいかないでしょう。日本人が英語の時制を学ぶ時のような、認知のズレを痛感させられるはずです。一人称の他にも、漢字・平仮名・カタカナのニュアンスの違い、受け身の使い方、敬語、擬音語など、日本語独特の特徴は多くありますが、それらを使いこなすのもまた同様のはずです。
そして、日本語の独自性の極致のひとつが俳句・和歌にあります。日本人なら「古池や蛙飛び込む水の音」という句から、静と動の融合、その際に立つ自然の水音に感銘を受けることができます。しかしこれを “A flog dive into a swamp.” と英訳したところで無為でしかありません。俳句・和歌を理解するには、日本語の根底にある日本人的な自然の見方が必要になるということです。
それ以外だと、スペイン語などでは何気ない名詞に男性・女性の区別があったりします。単にそう言われても意味不明ですが、サピア=ウォーフの仮説が正しいとすれば、スペイン語話者たちは物の男性らしさ・女性らしさに対する共通認識を持っていることになります。もし日本人がスペイン語をマスターできたなら、スペイン人的な性差の見分け方もまたマスターできることでしょう。
ただし、サピア=ウォーフの仮説は、提唱から半世紀以上経った今でも、いまだ仮説のままです。正しいかどうかはわかりません。あるバイリンガルが、英語で話すときは非常に乱暴な考え方をするのに、日本語だと発想さえ大人しいなんて話もありはします。一方で、人間の思考回路はもっと普遍的だと主張する人や、母語にしか影響されないとか言う人もいます。真相はまだわかりません。
ただこれが正しいとすれば、宇宙人の言葉をマスターできたなら、宇宙人の世界観もマスターできるということになります。果たして地球外生命体は、どのように他者を認識しているのか?それが、『メッセージ』における一つのカギになっています。
【ネタバレ解説】後半からラストにかけてのどんでん返しが面白い!

本作の醍醐味は、宇宙人の文字の解読が進んでいった、後半からの展開の移り変わりにあります。バンクスとドネリーは持てる知能のすべてを駆使して言語を習得していくものの、進展を焦る大衆・軍・中国がある出来事から暴走してしまいます。前半の手探り感も決して悪い出来ではないのですが、ここから謎が解かれていく感覚がたまりません。とはいえそれぞれの説明は最低限しかなされないため、展開の速さについていけなくなってしまった人もいるかもしれません。ここで軽くまとめてみましょう。
世界が暴走した出来事とは、バンクスらの質問に対する宇宙人の回答でした。「地球に来た目的は?」という問いに、「武器を提供」と答えたのです。これにより、「宇宙人は地球人を仲たがいさせる気でいる」という疑いが持たれた上、一般に情報がリークするうちに「武器を使用」へと尾ヒレが付いて世界がヒステリーに陥りました。
事態を打開すべく、バンクスとドネリーは軍を無視して宇宙人との会話に臨みます。その中で二人は謎の行為をされた後、大量の文字を見せられますが、意味がわからないうちに軍人の手で宇宙船内部でダイナマイトが爆発します。
宇宙人の力で二人は無事に離脱しますが、その日の夜、宇宙人に対し中国が宣戦布告します。米国側が困惑する中、ドネリーが大量の文字の解読に成功します。それは超光速移動の理論でした。ただし12分割されたうちの1ピースにすぎず、米国のものだけでは意味を成しません。
なぜ単体では無意味なものを渡してきたのか、米国軍を交えて議論が交わされますが、「12の地域を団結させるため」という仮説しか出ません。しかし軍人たちは、それはナンセンスだと一蹴します。宇宙人にとって敵かもしれない地球人が団結することに、戦略的意義がないからです。対してバンクスは、宇宙人と地球人双方が得をする(非ゼロ和ゲーム、non zero sum game)からではないか、という気付きを得ます。戦争は片方が得をし、片方が損するもの(ゼロ和ゲーム)なので、軍人たちは馴染めなかったんですね。
バンクスは単身で宇宙人に接触し、他地域での戦争を止めるようお願いします。すると宇宙人は、バンクスにはすでに止める手段があること、自分たちには未来が読めることを伝えます。その際バンクスはすでに宇宙人の言葉をマスターしており、その論理構造によって彼女にも未来が見えるようになっていることが判明します。時制がなく、すべての時間軸が平坦でも実用可能な言葉の構造を浸透できれば、サピア=ウォーフの仮説から現在と未来を同一視できるということですね。加えて、何度か挟まれていた娘との回想のようなシーンが、過去ではなく未来の出来事であることも明かされます(開幕直後から差し込むことで、まるで前日譚であるかように見せかけていたんですね)。
未来視が可能になったバンクスは、未来で獲得する中国軍トップの電話番号と説得方法を利用して、その武力行使を停止させます。意味のない戦闘を回避したバンクスは、ドネリーと抱き合います。このまま結ばれればいつか必ず破局し、生まれた娘も失うということが確定していると知っているにも関わらず、彼女は愛を受け入れるのでした。
【考察】原作がスゴいだけのような気も

上でまとめたように、物語としてはたくさんの要素が非常に細かく計算され、効果的に使われています。ただそれは、テッド・チャンによる原作小説『あなたのための物語』から引き継いだものであり、この映画のために書き下ろされたものではありません。
じゃあ映画ならではの魅力があるか?というと、個人的には劇伴(音楽)以外はそこまででもないかなと思えてなりませんでした。宇宙人や宇宙船のデザインだけで惹かれるような魅力には乏しいですし、ロケーションもシンプルな軍の基地と宇宙船の中ばかりで、ヴィジュアル的な訴求力は低かったように感じました。宇宙人の文字も、ハッキリと見せつけられると「えっ、これで未来予知ができるようになるの?」といぶかしんでしまいます。これなら文字のデザインを見せずに済む小説の方が、想像の余地があって良かったんじゃないかなあというところです。
出演者の演技も、特に問題はないけど見どころもないかな……と思います。それこそ『インターステラー』と同様、SFっぽいといえばSFっぽいのかもしれませんが。別にマイナスにはなりませんが、プラスとも言えない印象です。
【評価】多層的なストーリーが最高に面白い

『メッセージ』は複雑な映画であり、気軽に観られる映画だとは言えません。
しかし、目を見張るほどに繊細で、芳醇な味わいを持っています。演技などの部分でもう一声欲しかったのも事実ですが、ち密なストーリーの素晴らしさに比べたらそう大きな問題でもありません。観た人に驚きを与え、世界を広げる素晴らしい一本です。
(Written by 石田ライガ)