映画「アド・アストラ」は、ブラッド・ピットが主演兼製作を務め、ジェームズ・グレイが監督した作品です。本作公開前に第76回ヴェネツィア国際映画祭で上映され、評論家から圧倒的な支持を受けた作品でもありました。
「ブラッド・ピット史上最高の演技!」と前評判が非常に高くなっている映画ですが、それだけでも劇場に足を運びたくなるのではないでしょうか。
宇宙を舞台に16年前から消息を絶った父親を探すべく、太陽系の彼方へと向かう息子。そして、父と子の関係性、宇宙という静寂と孤独が包む中で対比させる人間ドラマが魅力の映画です。
今回は映画「アド・アストラ」のネタバレ感想・解説・考察を書いていきます。
目次
映画「アド・アストラ」を観て学んだ事・感じた事
・宇宙を舞台に父と子の人間ドラマが感動的
・ブラッド・ピットの微細な演技が素晴らしい
・宇宙の静けさ、孤独といった描き方の美的センスがクール
映画「アド・アストラ」の作品情報
公開日 | 2019年9月20日 |
原題 | Ad Astra |
監督 | ジェームズ・グレイ |
脚本 | ジェームズ・グレイ |
出演者 | ロイ・マクブライド(ブラッド・ピット) H.クリフォード・マクブライド(トミー・リー・ジョーンズ) ヘラン・ラントス(ルース・ネッガ) イヴ(リヴ・タイラー) トム・ブルーイット大佐(ドナルド・サザーランド) |
映画「アド・アストラ」のあらすじ・内容
時代は近い近未来。宇宙飛行士のロイ・マクブランドは、地球外知的生命体の発見に生涯をかけた父親クリフォードを見て育ち、自身も宇宙飛行士となります。
しかし、その父は16年前探索に行ってから消息を絶ち、太陽系の遥か彼方で行方不明となってしまいます。
16年間父親の影をおいながら生きてきたロイは、ある時父親が生存していることを知ります。父親が消息を絶った謎を追い、43億キロにも及ぶロイの長い旅路が始まります。
映画「アド・アストラ」のネタバレ感想
ブラッド・ピットが主演し、父親役にはトミー・リー・ジョーンズという豪華な顔ぶれが揃い、宇宙というスケールの大きな舞台をバックに父と子の親子関係と息子の情動は見事でした。公開前に「ブラッド・ピット史上最高の演技」と評価されるにふさわしい演技を見せていました。
第76回ヴェネツィア国際映画祭でも上映され、数ある評論家から絶賛を受けた映画「アド・アストラ」。最近では、プロデューサー業に力を入れているブラッド・ピットですが、歳をとった今でなおその端正な容姿に柔らかな表情、歳を追うごとに増していく渋みは「これぞハリウッド俳優!」といったところです。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」と同時期に公開された映画ということもあり、ブラッド・ピットの振り幅の大きさに驚かされた人も多いでしょう。
壮大な物語の中に含まれる微細な感情の揺れ動き、そしてラストシーンで見せる主人公の変化、父と子の再会と決別、それらが見事な描写と豪華なキャスト陣によって描かれる層の厚い映画です。
息子のロイが太陽系の遥か彼方で見た父親の真実とは何なのか。そして、16年間消息を絶っていた父親に対して、どのような思いで再会を果たすのか。ブラッド・ピットが見せる繊細な表情にも注目です。
ここでは、映画「アド・アストラ」の感想を1つ1つの項目に分けて書いていきます。
【解説】父と子の関係性と息子が抱える葛藤
映画「アド・アストラ」の物語の軸としては、16年前に地球外知的生命体の探索に出発したロイの父親が消息を絶っていたのが、物語冒頭で発生した磁気嵐によって、生存している可能性があるという話が持ち上がります。
それに対して宇宙飛行士の息子ロイは父親を探す任務に就き、火星から冥王星に向けてメッセージを発信したり、父親がいると思われる冥王星へ探索に出発します。
その大きな流れの中で重要なのが、息子のロイが抱えている父親への思いです。ロイの父親クリフォードは地球外知的生命体の発見に生涯を捧げてきた人物でもあり、息子のロイと共に過ごす時間がほとんどなかったと触れられています。
家庭や子供との時間を犠牲にしてまで自身の夢を追い続けた仕事人間だったわけで、ロイにとっては複雑な感情を抱えることになります。
確かに16年間も消息を絶っていた父親が生存していること自体は嬉しく、生きていれば再会したいですし、一緒に地球に戻りたいと考えるはずです。しかし、それだけではなく自分たちを犠牲に仕事へ没頭した父親に対して、苦手意識も少なからずあります。
そのため、「本当に父親と会いたいのだろうか」と自問自答してしまうシーンも見られ、物語の中盤までは父親との再会に葛藤する様子が描かれています。
ロイというキャラクターはコミュニケーションが苦手なタイプで他者と思いやったり、分かり合うことが苦手な人物でもありました。そのため、妻と別れてしまうこともあり、父親の影響なのではないかとも自覚しています。
それによって感情が大きく上下することもなく、宇宙飛行士が受ける心理検査ではほぼ毎回合格できるという稀有な体質を持っていることもあるのですが、父親との再会が近づいていくごとに、父親に対する相反した感情が複雑に混ざり合っていきます。
そして、それを引き立てるのが宇宙空間という無の世界。火星から冥王星へ向かう宇宙船の乗組員から外されてしまったロイは、無理矢理宇宙船に乗り込み船員たちを殺してしまいます。
宇宙船に一人残されたロイは父親に対する複雑な感情を抱えながら、孤独で長い旅路を進んでいきます。この何もない暗闇の宇宙空間、そして、その中にポツンと佇む宇宙船、それに一人で乗るロイ。
この組み合わせが、ロイが内に抱えている情動を見事に表現していると感じました。
対話の中で明らかにするのではなく、一人でただ黙々と航路を進んでいく宇宙船の中で、抑えつつもさまざまな感情を内包するブラッド・ピッドの表情には、この父と子の関係性が非常によく現れていると思いましたし、この表情こそが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」とは違った、俳優ブラッド・ピットの持つスター性とも感じられました。
【解説】父親に会いたいという変化、どこか似ている二人
父親との再会が迫る中でロイの気持ちは徐々に変化を迎えていきます。最初に変化が起きたのは火星でのシーン。
火星基地の責任者でもあるルース・ネッガ(ヘレン・ラントス)と出会い、ロイ自身は最高機密任務中だったこともあり、ルースに対して全てを明かすことはできませんでした。
しかし、二人きりの会話の中でルースの両親が自分の父親クリフォードと一緒に地球外知的生命体の探索任務に付いており、同じ宇宙船に乗っていたことを知ります。
しかも、ルースの両親は長期間の宇宙空間での生活に心理的なダメージを負ってしまい、地球への帰還を望みます。クリフォードは地球外知的生命体の発見に生涯を捧げていたのでそれを反対。両者は対立し、挙げ句の果てにはクリストファーがその他の乗組員を全て殺してしまったという真実を告げられてしまいます。
ロイ自身は父親に対する葛藤を抱えていたものの、一応は地球外知的生命体の探索という国家的なプロジェクトを担っていた英雄でもありました。父親としての感情に迷う部分はありましたが、それでも宇宙飛行士として尊敬できる人物として思っていました。
しかし、その真実を聞いた時、ロイの中で葛藤が生まれます。いくら任務の遂行のためとはいえ、乗組員を殺してしまったのはどうなのか。そもそもこの話は本当なのか。
これを知るためには父親に直接会うしかありません。火星から冥王星へ向かう任務から外されてしまったロイでしたが、無理矢理宇宙船に乗り込みます。
その際、宇宙船の乗組員を残念ながら殺してしまうという結果になってしまい、皮肉にも任務のために罪のない人を殺すという父親の二の舞になってしまいます。
それでもロイとしては何としても父親に合わなくてはという感情が芽生え始めているのですが、一連の出来事から父と子のイメージが重なるという部分も重要なポイントです。
そもそもの話、地球外知的生命体を発見するという目的のために家庭を顧みなかった父親。そして、その父親から生まれ他人を思いやったり、分かり合うことができない息子。どこか似ている性格を抱えている両者ですが、似たような出来事が重なって生じることによって、この2人の共通性が表現されます。
【解説】再会を果たした父と子、そこで明かされる真実は…
冥王星に到着し、ロイは父親との再会を果たします。再開後、父親から真実を告げられた際には、動揺してしまうのですが、それでも父親が本当に生きていたという喜びも大きく、共に地球へ帰ろうとします。
しかし、ロイが乗っていた宇宙船へと映る際、父親が離脱し宇宙の彼方へと消えていきます。一度はロイに説得され地球に帰還することを決めた父親だったのですが、息子と離れる決断をするに至ります。
父親の心情としては、仕事に没頭しながらも家族の存在が全くなかったわけではなく、久しぶりに息子と再会して、感情も揺れ動いていたことでしょう。
ただ、息子の話を聞く限り、自分と似てきたと感じたのかもしれません。他人を思いやることなく自分勝手に生きてきた父親が、息子だけにはそうなってほしくはないという思いから別れを決断します。
息子としては父親と一緒に地球へ戻り、共に静かな生活を送りたいと考えていました。しかし、ロイは父親と同じ宇宙飛行士になるほどの人物です。国家的英雄でもある父親に対して、憧れを抱いたいたことを父親は感じ取っていたのかもしれません。
他者と分かり合うのが苦手なロイ、そして、一連の出来事から父親とイメージが重なることが多く、このまま一緒に地球へと帰還すれば、ロイ自身も変わることができず、自分と同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと考えたのかもしれません。
息子のことを考えた上で、決別を選択し命を絶った父親、これが息子に対して父親としてしてあげらえる最初で最後の出来事だったのかもしれません。
しかし、現実としてはせっかく再会を果たした父と子が別れてしまうという展開になります。そうするしかなかったという状況、そしてロイの抱えていた感情を考えると、このシーンが非常に悲哀に満ちたものであることがわかるでしょう。
そして、地球へと帰還したロイは変わります。妻との関係を修復し、他人とのコミュニケーションを積極的に取ろうと図ります。父親の姿を見て、自ら決別をはかった父の思いを汲み取り、自分自身は父とは違う道を歩むべきだということを決意したシーンでもあります。
これは映画最後のロイのセリフにもよく現れています。
「先の事はわからない。でも心配はしない。身近な人に心を委ね、苦労を分かち合う。そして、いたわり合う。私は生き、愛する。」
物語冒頭のロイの姿とは真逆の変化を遂げているのです。この変化こそが父親が与えてくれた唯一のものだったのかもしれませんし、ロイ自身の変化がクライマックスに描かれることによって、物語として綺麗に着地することができています。
このクリフォードとロイの親子は宇宙に対して憧れを抱き続けてきた人物で、身近な他人を思いやり、愛し合うことができなかった人たちです。
クリフォードは自らの決断によって息子に「変わりなさい」と伝え、息子はそれに答える形で変わり違う人生を選びます。
「身近な人物を大切にする」という普遍的なメッセージで締めくくられる物語ではありますが、それまでの過程や壮大な宇宙、ロイの心境の変化を見た後に感じられるこのメッセージは印象的に残ります。
宇宙のイメージが先行する映画「アド・アストラ」ですが、実は主題となっているのはこの人間ドラマであり、その奥深さが感動的な作品となっています。
【解説】スケールの大きな物語にはスケールの大きな俳優ブラッド・ピットが似合う!
映画「アド・アストラ」で外せないのはやはり主演のブラッド・ピットです。数々の名作映画に出演し、ハリウッドを代表する大スターの1人。最近では「プランB」という会社を経営しており、プロデューサー業も積極的に行なっています。
ちなみに映画「アド・アストラ」もプランBが製作会社に名を連ねており、ブラッド・ピット自身も主演兼製作という力の入れぶりが伺えます。
宇宙という壮大な物語には、大スターの顔がよく映えます。映画でよくあるのが、ラストシーンで俳優の顔がアップになって、ニコッとはにかんでから幕を閉じるという終わりでしたが、あれが成立するのはそれだけのスター性を持っていなければできません。
ブラッド・ピットはそんなソロカットで幕を閉じるにふさわしい人物でもあり、宇宙の旅というスケールの大きな話に負けないほど、俳優としてのスケール感を持っています。
そして、何よりも映画「アド・アストラ」ではブラッド・ピットの表情が素晴らしかったです。
全体を通じて感情が大きく起伏するわけではないのですが、複雑な感情を内包した抑えた演技によって、ロイの心持ちを繊細に表現しています。
このような「静の演技」を巧みにこなすのは並大抵のことではないのですが、それを簡単にやってしまうかのように見せているのがブラッド・ピットのすごさなのかもしれません。
表情1つ、眉1つでも内面を伝えることができる渋くてかっこいい表情。そして、どこまでも引き込まれていきそうな瞳。「ブラッド・ピット史上最高の演技」と評価される理由がよくわかります。
宇宙が舞台になっている映画なので派手さが全くと言っていいほどなく、宇宙の静かな暗闇がロイの内面を映し出すかのような研ぎ澄まされた世界観。吸い込まれていきそうな静寂の中で引き込まれる表情。
それを成立されられるのがブラッド・ピットの演技力だと思いましたし、全てのバランスを見事に融合させた美的センスも素晴らしいと思います。
どこかブラッド・ピットに大衆向けのスターというイメージを勝手にもっていたのですが、映画「アド・アストラ」をみて見事に覆されました。
魅力的なスターが抜群の演技をこなし、普遍的なメッセージを送るハリウッド映画らしい全方位に整ったクオリティの高さが光ります。
映画「アド・アストラ」!宇宙を舞台に送る人間ドラマ!
映画「アド・アストラ」は評価も高く、今年のアカデミー賞で注目を集める作品になる可能性を秘めています。荘厳な静寂が包み込む宇宙空間の中で父親の消息を追い、再会を果たしたロイが見たものは衝撃的な真実でした。
壮大な宇宙の物語ではなく、実のところ内容は父と子の関係性を描く人間ドラマの要素が強く、ブラッド・ピットの巧みな演技によって、物語に奥深さを与えています。
壮大な宇宙のスケール感に対比させて、身近な存在を愛することの大切さを教えてくれる感動の作品。まだご覧になっていないかたは、ぜひ劇場に足を運んでみてください!