『アメリカン・スナイパー』はクリント・イーストウッド監督による戦争・伝記映画です。いくつもの真実を混ぜ合わせた、心にズシンとくる傑作でした。
今回はそんな『アメリカン・スナイパー』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!
目次
映画「アメリカン・スナイパー」を観て学んだ事・感じた事
・「英雄はカッコいい」なんて、思い違いかもしれない
・戦争の何がいけないのかを痛感させられる
・頭を柔らかくしないと、本当の魅力を見落とす映画
映画「アメリカン・スナイパー」の作品情報
公開日 | 2015年 |
監督 | クリント・イーストウッド |
脚本 | ジェイソン・ホール |
出演者 | クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー) タヤ・カイル(シエナ・ミラー) マーク・リー(ルーク・グライムス) ライアン・“ビグルス”・ジョブ(ジェイク・マクドーマン) |
映画「アメリカン・スナイパー」のあらすじ・内容

主人公クリス・カイルはテキサス生まれの粗暴な青年でした。1998年、アルカイダによる大使館爆破事件をきっかけに愛国心に目覚め、30歳を目前にしながらアメリカ海軍の特殊部隊・Navy SEALsへと志願します。
選抜訓練をこなす間にタヤという女性と出会い結婚するものの、イラク戦争のためにすぐ彼女を置いて従軍します。
クリスは新兵ながら、スナイパーとして目覚ましい成果を挙げていきますが……。
映画「アメリカン・スナイパー」のネタバレ感想
戦争の濃淡を描いた作品

いきなりですが、『アメリカン・スナイパー』がどのような評価を受けているかご存知でしょうか?数ある映画の中でも、本作の場合は評価の傾向がそのまま作風を表しています。そのため、最初に軽くまとめさせていただきます。既に複数の感想・レビューサイトを閲覧された方には冗長かと思いますので、軽く流し読んでください。
まず興行収入を見ると、全世界で五億ドルを超える額を叩きだしています。これはR指定作品としては異例の成績でもあり、戦争映画としても『プライベート・ライアン』等を追い抜いてトップでもあります。それだけ多くの人に好まれたということです。同時に複数の批評家からも称賛を受けていることから、ハッキリ人気作品と言えますね。
一方、鑑賞した人たちのレビューを見ると、驚くほど内容がバラついています。軽くさらっただけでも「痛々しい」「うんざり」「娯楽性もある」「自業自得」などなど。さらには、「泣ける」「泣く映画ではない」「アメリカ賛美の好戦映画」「最高の反戦映画」など、真っ向対立する意見も少なくありません。
面白いのは、それらの中に「意味がわからなかった」「難解だった」といった意見は見られないことでしょう。一人一人がそれぞれの理解を得た上で、異なる感想を持っているんです。これらの意見のカオスさは、未見の方からすれば意味不明ではないでしょうか?「この数千数万のレビュアーたちは、本当に同じ映画を観たの?」と思ってもおかしくないでしょう。
また、アカデミー賞等の各映画賞での実績は、正直パっとしません。トップ10やノミネートには選ばれていながら、一番にはなれないというところに留まっています。上記レビューのバラつきから察するに、本作の受賞に猛反対した人が一定数存在したのではないか?と思われます。
筆者個人の意見としては、これらの状況こそがまさに『アメリカン・スナイパー』で描かれたものを象徴していると思えてなりません。戦争を取り巻く主義・主張は、本来このように賛否両論あり、かつそれぞれが賛成・反対する理由もバラバラで、戦争そのものに対する解釈にもムラができる。だからいつの時代も完全に戦争を止めることはできず、誰かが始め、誰かが傷つく……。
公開から四年余りが経った今、改めて本作を取り巻く状況を見てみると、そんなことを考えます。脚本や映像自体もさることながら、観客の反応すらも戦争のリアルを感じさせる、それが『アメリカン・スナイパー』です。
【解説】完全に実話。丹精こもったノンフィクション

本作の感想には上記のような賛否両論がありますが、「戦場の臨場感・リアリティ」については異論がありません。さまざまな点で、実際にあったクリス・カイルの闘いを忠実に再現しています。
戦場の描写については、さすがクリント・イーストウッドといったところです。自身も従軍経験があり、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』などを手掛けた人物ですから、非の打ちどころがありません。兵士たちを包む空気も兵器やその音も、それらと対峙する人々もビリビリと伝えてきます。
主演俳優・主演女優の役作りは、それに勝るとも劣りません。クリス役のブラッドリー・クーパー、妻タヤ役のシエナ・ミラーが実際の夫妻と瓜二つなんです!顔のメイクはもちろんのこと、クーパーは屈強な軍人を演じるため、自前で筋肉を増強しています。その上、喋り方まで似るように矯正したとか。その努力の甲斐あって、第87回アカデミー賞では主演男優賞のノミネートを受けています。
結果的には『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のマイケル・キートンらと争いながらも『博士と彼女のセオリー』のエディ・レッドメインに敗れてしまいますが、十分称賛に値しています。
脚本もクリスの自伝が出版されていたこともあって、ほぼ真実で出来ています。クライマックスには脚色が強く出ていますが、それでも彼の腕前・実績にはほぼ偽りがないというから驚きです。1,920メートルの超長距離狙撃も、実際に成功させているということですから……。少年マンガのような超人技を追体験できます。
【ネタバレ】戦争の真実は、兵士も知らない

テロリズムに怯える羊=国民を守る番犬として、強い意志でSEALsへ入隊し、イラクへと派遣されたクリス。早いうちからスナイパーとして断トツの戦果を上げ、アメリカ兵たちの間で「伝説」として瞬く間に噂となります。同時多発テロに対する怒りと、クリスという後ろ盾があるゆえか、序盤の兵士らはかなり高い士気をもって参戦しています。
本作の見どころの一つは、そうした兵士たちが、戦争が進むにつれてどのように変化していくかにあります。どれだけ身体が鍛えられていても、どれだけ射撃の才能を持っていたとしても、どれだけ熱意を持っていたとしても、戦場は精神を蝕んでいく……。『アメリカン・スナイパー』は、その過程をじっくりと描いています。キャラクター重視のストーリーのように、人物設定が常に一貫していると思うと、誤解してしまうでしょう。
クリスは2009年に除隊するまでに、四回イラクへと派遣されました。映画でも同様に、四回に分けて描写されています。一回目は比較的表面的な命のやりとりがメインとなっているのですが、一度帰国してから徐々に兆候が表れてきます。
この変化を見せる上で、クリスの妻タヤをうまく立ち回らせているのが巧みですね。伴侶として夫を必要とするとともに、たびたびイラクに行く前のクリスを引き合いに出すことで、クリスの変化を非常にわかりやすくしています。誇りと慢心ゆえか急激な精神障害は起こさないものの、段階を踏んでおかしくなっていってしまうのが瞭然です。この映画を撮影したときのイーストウッド監督は、すでに80歳を超えていたのですが!とんでもない表現力です。もはや人間業とは思えません。
【考察】愛国心の裏側には……

本作にはさらに、二つの意味で「愛国心の裏面性」を盛り込んでもいます。アメリカのためを思って行動するクリスにまつわる皮肉が、二つこめられているのです。
その一つは、自国民からの反応です。イラク戦争は開戦時から反対の声があったのですが、時間が経つとこれがさらに大きくなっていきました。それに伴い、合衆国内での兵士に対する風辺りも強くなっていったのでしょう。カイルの娘が、ナースからあからさまに無視されるシーンは、その暗示だと思われます。カイル自身は、合衆国のためにイラクで頑張っているというのに……。
もう一つは、敵国との共通性です。四回の派遣を終えて除隊したクリスは、ある出来事が発端で心理カウンセリングを受けます。その際、「(戦争なんて)経験しなければよかったと思ったことは?」という質問に対し、「俺は蛮人どもから仲間を守っただけ。なぜ奴らを殺したか神に説明できる」と答えています。一見すると単に自分の正当性を主張しているだけのようですが、筆者はこのセリフにはもう一つ意味がこめられていると考えます。
これは、そのまま中東のテロリストたちが言っていてもまったく違和感のないセリフではないでしょうか?ムスリムらに不当な差別をしてきた欧米人のことを蛮人だと言い放ったり、蛮人の駆逐を神の名の元に正当化したりしていても、おかしくないと思います。そう考えると、もはやクリスは自分自身が憎んでいた存在と同等ということになってしまいます。この上ない皮肉です。
これらのことから、『アメリカン・スナイパー』は固定的な正義も否定しているのではないかと考えます。これがイーストウッド監督の本心なのかはわかりません。しかし、戦争の真実としてはそれが相応しいように思えてなりません。
【考察】国と国民を混合しちゃダメ!

侵攻から十年も経った頃には、合衆国によるイラク戦争は間違いだったという世論が確立していました。開戦時に指摘していた大量破壊兵器が見つからなかったりしたためです。逆に言えば、開戦前後には必ずしも反対する声ばかりだったわけではありません。2001年の同時多発テロがあった分、合衆国がなんらかの行動を起こすことに理解を示す声もあったんです。例えそれが、武力による報復(あるいは、八つ当たり)であったとしても……。
人間はどうしても、結果にばかり目がいきがちです。なので後になってから、「イラク戦争は間違いだった」と非難することに終始したくもなります。しかし問題のただ中にいる人は、間違いに気づけるとも限りません。まして、問題に対する回答を出したのが政府や大統領であったならなおさら、いち国民が間違いを予見するのは困難です。
それらの事情を無視して、クリスをただの人殺し呼ばわりするようなことは、少なくとも筆者にはできません。いくらクリスの愛国心が燃えていたとしても、もし国がイラクへの侵攻を決めなければ、彼は誰も殺さないまま、ずっと国防などに徹していたかもしれませんからね。クリス以外の軍人に対しても、同じように思います。
もちろん、合衆国がただ自国内を守るだけでなく、中東へ攻め入ってしまったことは間違いに他なりません。そこを正当化することは到底不可能です。しかしカイルはその責任を負うほど偉い立場にはいませんでした。戦果が断トツというだけの下っ端だったはずです。そこに醍醐味こそあれ、非難することはできません。
【考察】日本は未来永劫、平和主義でいられるか?

もう一つ、「イラク戦争は間違いだった」だけで終わらせてはいけない理由があります。それは、「当時の合衆国と同じようなことが、今後日本で起きない保証はない」ことです。あんなことは二度と起きて欲しくないとは思いますが、絶対に起きないとは言い切れません。当時のアメリカ人だって、突然貿易センタービルを破壊されるなんてまったく予想していなかったわけですからね。
たしかに日本には、歴史的にも宗教的にも、中東との因縁はそうありません。ですから、いきなりアルカイダやISISのような組織に狙われるとは考えにくいとも思います。しかし、外国から突然攻撃されること自体は、本当はないとは言い切れないはずです。
それこそ、2017年の夏から秋にかけて、北朝鮮のミサイル(火星12、火星14、火星15型)がそれぞれ日本の近海に発射されたことを、まだ覚えていらっしゃる方も多いと思います。この時は結果的に人的被害はありませんでしたが、北朝鮮側がやろうと思えば日本人を殺すこともできたはずです。あるいは東京の六本木ヒルズや、サンシャイン60のような建物を爆破して、疑似的な同時多発テロのようなことだって出来てしまうでしょう。そんなことはあって欲しくないですが、現に彼らは突然ミサイルを撃った過去があるわけですから……。
なにも北朝鮮に限った話ではないのですが、もしそんな風に海外組織からの大量殺人が起きた場合、日本は継続して平和主義を貫くことができるのでしょうか?合衆国がイラク戦争で犯した過ちを、繰り返さずにいられるのでしょうか。『アメリカン・スナイパー』の中で正義心からイラクに侵攻していった人々や、この映画は日本人には関係がないという趣旨のレビューを見ていると、個人的には少し不安を覚えます。
なお、非常に細かいことではあるのですが、2003年に当時のブッシュ大統領がイラク戦争の開戦を宣言した際、小泉純一郎元総理大臣は、記者会見の中で「アメリカの武力行使を理解し、支持いたします」と表明しています(探せば、今も首相官邸のホームページに記録が残っています)。日本の政治のトップが、戦争行為に賛成していました。日本人は戦争反対じゃないでしょうか?自分たちが関わらない戦争なら構わないんでしょうか。これも不安です。
本作は現代史における間違いの一つを表しているからこそ、価値があります。そこから学ぶため、日本人だって観ておいて損はないはずです。「この問題には先生からバツをつけられた」だけではテストの点数が伸びないように、大きな間違いについてはよく考えておかなければいけません。イラク戦争で合衆国はなぜ間違ったのか?どうすれば正解にたどり着けたのか?考えておかなければ、いつか日本も同じ間違いを繰り返すかもしれません。『アメリカン・スナイパー』は、そのための一つの教材でもあります。
また、2001年に同時多発テロ事件が発生し、イラク戦争へと進むことになったアメリカの副大統領を描いた映画「バイス」を見ることで当時のアメリカ社会の様子もわかります。
【評価】戦争の真実に向き合った超名作

真実は時に人を傷つけます。特に戦争という事実は、現代史において最も真実から遠ざけられがちな物事の一つです。たくさんの人が死ぬのもさることながら、戦争の影に隠れてさまざまな悪が起きたりもするからでしょう。しかし、だからこそ戦争についてよく知っておかなければなりません。
それは単に、戦場で何が起きるかを知ればいいということではありません。かつての戦争によって、日本の一般人がどんな苦労をしたかだけでは不十分なはずです(もちろん、知っておいて損はありませんが)。なぜ戦争が起きてしまったのか?戦争は、終わればそれですべて解決するのか?といった、周辺・背景の事情まで広く把握しておかなければ、いつかまた戦争を引き起こすかもわかりません。
『アメリカン・スナイパー』は、これらの周辺事情を恐ろしいほどリアルに描いた作品であり、その点で言えば現状右に出るものはないほどの名作です。リアルだからこそ嫌悪感を覚えてしまうかもしれませんが、それも戦争を知るために必要な痛みでしょう。実体験した人々の痛みに比べれば、大したことはないはずです。日本から遥か遠い国の話ではありますが、もしかしたら他人事でなくなるかもしれません。そうならないよう、絶対に観ておきたい映画です。
(Written by 石田ライガ)
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