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映画『トゥルーマン・ショー』のネタバレ感想・解説!人生や幸せについて考えさせられる作品

映画「トゥルーマン・ショー」のあらすじ・内容

1998年公開の作品でありながら、現在でも好評価な名作映画『トゥルーマン・ショー』。ジム・キャリーの名演技とシンプルなテーマでただ面白いだけでなく、人間についての怖さを感じながらも、『幸せ』や『人生』について考えさせられるような映画だと感じました。

今回はそんな『トゥルーマン・ショー』について、感想や解説・考察をご紹介していきます。

感想や解説にはネタバレを含みますので、視聴前の方、ネタバレを避けたい方はご注意ください。

目次

映画「トゥルーマン・ショー」を観て学んだ事・感じた事

・自分にとっての『幸せ』とはなんだろうか
・人間について、人生について考えさせられる
・ジム・キャリーが好きな方、映画『マスク』が好きな方におすすめ!

映画「トゥルーマン・ショー」の作品情報

公開日1998年
監督ピーター・ウィアー
脚本アンドリュー・ニコル
出演者ジム・キャリー(トゥルーマン・バーバンク)
エド・ハリス(クリストフ)
ローラ・リニー(メリル・バーバンク)
ノア・エメリッヒ(マーロン)
ナターシャ・マケルホーン(ローレン/シルヴィア)

映画「トゥルーマン・ショー」のあらすじ・内容

映画「トゥルーマン・ショー」のあらすじ・内容

保険会社に勤め、良き妻がいて友人や近隣住民との関係も良好、そんな普通の人生を歩む男・トゥルーマン。

しかし、自分の周りで起こる『普通ではありえない出来事』をきっかけに、彼はそんな普通の人生に疑問を抱き始めます。信頼できる人物に相談してみても納得できる答えを得られず、トゥルーマンは『真実』を確かめるために1人で行動を開始しました。

トゥルーマンは真実を知ることができるのか?真実を知ったトゥルーマンはどうするのか?

そんな普通だけど普通じゃない男の人生を見守る、コメディ・ヒューマンドラマ映画です。

映画「トゥルーマン・ショー」のネタバレ感想

映画「トゥルーマン・ショー」の感想

トゥルーマン・ショーは1998年公開と古い映画ではありますが、古臭さというものを全く感じず、ジム・キャリーの名演技や面白いテーマから、今観ても作品として純粋に楽しめるような映画です。また、観れば観るほど、人間の身勝手さや残酷さについて考えたり、『幸せってなんだろう』と考えさせられるような映画だとも感じました。

大人向けな内容になってはいますが、子供心に観た時の印象がしっかりと心に残りながら、大人になって再び視聴した時に、新しく気付くことや改めて考えが変わるような作品なので、年齢を問わずに、たくさんの人に観てもらいたいような映画になっています。

シンプルだけど怖い映画

シンプルだけど怖い映画

トゥルーマンショーは、『偽物の世界で生きる男の人生を見守る』というシンプルなテーマの中で、人間の身勝手さや残酷さが感じられるような怖い映画だと感じました。

例えばTV番組の製作者であるクリストフは、外の世界に興味を持つトゥルーマンを島に閉じこめるために、海で嵐を起こし、幼い彼の前で父役の死を見せつけました。あくまで番組のための演出なので実際に死亡した訳ではありませんが、それは幼いトゥルーマンに深い心の傷を与え、30歳を過ぎても彼の中でトラウマとして残ってしまいます。

さらに、トゥルーマンが真実を求めて海に出た時には、救命ボートや助けも用意できない状態で嵐を起こし、彼が死んでもおかしくない状態まで追い込んだのです。あまりにもトゥルーマンの気持ちや命を考えない行動ですよね。

 

また、トゥルーマン以外の出演者達の気持ちや命についても、考えられてはいないように感じました。トゥルーマンと友人になるように言動を指示されているマーロン、トゥルーマンの妻となるために身を捧げなければならないメリル、彼らの気持ちや人権は完全に無視されていますよね。トゥルーマンにすべてが偽物だという秘密がバレそうになったときには、メリルはトゥルーマンにナイフを向け、トゥルーマンからもナイフを向けられているので、誰かが刺されていてもおかしくはありませんでした。

その他の出演者達にしても、24時間トゥルーマンの行動に合わせて生活や行動を指示され続け、長年勤めていても用済みになれば捨てられるのは、あまりにもひど過ぎる行いですよね。

もとはと言えば、役者の演技にウンザリだから本物の感情や本物の人生を求めて台本のないTV番組を製作していたはずなのに、気付けば友人のセリフを指示したり、彼の妻となる女性を勝手に決めて誘導したり、本物なんてない演出にまみれた『偽物の人生』をたくさんの人に押し付けていました。

偽物の世界を守り続けるために、番組を面白くするために、トゥルーマンを見守り続けたいという歪んだ愛のために、クリストフは自分のためにたくさんの人の気持ちや命を考えない行動をしています。実に身勝手で残酷な行動ですよね…。

 

ただ、個人的にクリストフ以上の身勝手さや残酷さを感じたのは、トゥルーマンの人生を見ている視聴者達の反応でした。

トゥルーマン・ショーは世界中で大人気で、数多くの人が視聴している番組にも関わらず、誰もトゥルーマンや役者たちへの人権を無視した行いを非難することもなく、ただの面白い番組として視聴しています。トゥルーマンの行動に感動したり笑ったりしながらも、あくまでも他人事として楽しんでいるだけで、真にトゥルーマンのことを考えている人など誰もいないのです。彼を心配そうに見守っているローレン(シルヴィア)も、本心ではどう思っていたのかはわかりませんよね。

トゥルーマンが偽物の世界から脱出した時には視聴者達全員喜んではいますが、すぐに興味を失くして他の番組へと変えています。そのことから『他人への関心のなさ』という身勝手さや、他人事という残酷さが感じられました。

もしも…を考える楽しみがある

もしも…を考える楽しみがある

トゥルーマン・ショーは映画としては完結していますが、『もしも』を考える楽しみがある作品だと感じました。

例えば、『父役が海に落ちた時にトゥルーマンも海に飛び込んでいたら』、『トゥルーマンが途中で死亡していたら』、『メリルではなくローレンと結婚していたら』、『クリストフによる演出が一切なかったら』などを考えてみると、トゥルーマン・ショーは全く違った方向性に進んでいたのではないでしょうか。もしかするともっと早くに番組が終了していたかもしれないし、トゥルーマンが自分の人生に疑問を感じることなく、今も普通の人生を楽しんでいたかもしれません。

 

その他にも、『トゥルーマン・ショーが始まっていなかったら』、『トゥルーマン・ショー終了後は』、『トゥルーマン・ショーが続いていたらどうなっていたのか』なども考えてみると、人によって感じ方や考え方の違いが出てくるので面白いですよ。

特に視聴した時の時代、年齢、状況によって、感想やその後の結末への考え方は全く違ったものになるので、いつ観ても、何度観ても楽しめるような作品になっています。子供の頃に視聴した時には面白い・ハッピーエンドとしか感じていなくても、大人になった時に改めて視聴してみると恐怖や考えさせられることが多くなってくるので、自分の中での感想の違いを楽しむのもおすすめです。

ジム・キャリーの名演技が凄い!

ジム・キャリーの名演技が凄い!

トゥルーマン役のジム・キャリーの名演技がとにかく凄くて、それがあったからこそ、この映画の怖さや魅力を引き立てながら名作に導いているように感じました。

特に普通の男として笑顔で友人や近隣住民と話していたはずのトゥルーマンが、全てが演出された偽物だという疑惑を持ち始めてからの、暴走とも思えるような狂気染みた言動・表情は、本当はトゥルーマンがおかしくなってしまっているのではないか、すべてはトゥルーマンの妄想だったのではないかという考えさえ出てくる、迫真の演技になっていました。不思議な明るさと狂気を併せ持つ演技をするジム・キャリーが、トゥルーマン・ショーの作風にはピッタリでしたね。

ジム・キャリーといえば、映画「マスク」でのスタンリー・イプキス役がとても印象的で、普通の人生を歩んでいたはずが全ては演出された人生だと気付いてしまったトゥルーマンと、普通の男がある日不思議なマスクを拾ったことで人生が一変したイプキス。両者とも普通の男と変わった男の二役を演じているためか、個人的にイメージが被ることが多かったですね。

そのため、映画マスクが好きな方はきっと気に入る映画だと感じたので、マスクが好きだけどトゥルーマン・ショーは観たことがないという方は、ぜひこの機会にトゥルーマン・ショーをチェックしてみてください!

考えさせられる名言が多い

考えさせられる名言が多い

トゥルーマン・ショーでは、人生や幸せについて考えさせられる名言が多いように感じました。

「考えたことない? 自分の人生が操られてるって」

演出されている人生について疑問を持っている時、トゥルーマンが友人マーロンに言った言葉。このセリフには映画を観ながらドキリとするものがあり、「自分の人生はどうだろうか?」と考えてしまいました。

自分の実力で上手くいっていると思っていた学業・仕事・恋愛・結婚について、自分の力で乗り越えたと思っていた数々のアクシデントが、もし誰かの思惑があってのことだったら?自分の実力ではなかったとしたら?そう思うと、自分の人生について色々と振り返ってしまいますよね。

 

「君らが暮らす世界は…病んでいる。シーヘブンこそ普通の世界だ。」

トゥルーマン・ショーについてのインタビュー中に、製作者クリストフが電話越しのシルヴィアに言った言葉。これについては間違ってはいるけれども、正しいようにも思える言葉でした。

現実の世界では受験戦争・出世争い・戦争・犯罪など、争いや危険なものに満ち溢れていますが、シーヘブンでは争いはなく、犯罪もない安全と幸せが約束されている世界。一般的な幸せがトゥルーマンにとって良いことなのか、演出された幸せが良いことなのかは難しいところではありますが、少なくともトゥルーマンはシーヘブンで普通の人生を送っていました。

現実世界は誰も守ってくれない危険に溢れている世界に対し、シーヘブンは平和的で理想の世界、どちらが普通なんでしょうね…。

 

「トゥルーマンは、この囚人の生活に満足している。」

こちらは先ほどのセリフに続けてクリストフが言った言葉。巨大なセット内に閉じこめられている囚人の生活というと聞こえは悪いですが、トゥルーマンは確かに安全で守られた世界の中で、普通の人生を送っていたのです。

家・仕事・お金を失う心配もなく、家族が自動的に用意されて、新製品や最新機器は定期的にやってくる、言ってしまえば幸せな生活を送っていますよね。それを物があるから幸せなのか、閉じこめられているから不幸なのかは、人によって考え方が変わるものだと感じました。

 

「君はスターだ。」「だからみんなが見たがった。」
「外に真実などありはしない。私のつくった世界こそ真実なんだ。」
「嘘や偽善はあっても、私の世界では何も恐れるものはない。」

これは偽物の世界から脱出しようとするトゥルーマンに、クリストフが言った最後の言葉。安全・平和・幸せが約束された世界で、たくさんの人から望まれているという事は、歪んではいますが間違いない真実です。

外に出れば危険に見舞われるかもしれないが、この世界にいる限りは安定した幸せが訪れていたことでしょう。自分がもしトゥルーマンだったら、自由のために幸せな偽物の世界から脱出するのか、自分の幸せについて考えさせられました。

映画「トゥルーマン・ショー」の解説&考察

トゥルーマン・ショー視聴後に残る疑問、気になる点について解説していきます。

解説内には実際に視聴した上でのネタバレや個人的な考察も含まれているので、ネタバレを避けたい方、考察が苦手な方はご注意ください。

トゥルーマンは何故『偽物』だと気付かないのか?

トゥルーマンは何故『偽物』だと気付かないのか?

学生時代に真実を話すローレン、トゥルーマンの周りで起こる数々の不思議な出来事がありながら、なぜトゥルーマンはこの世界が偽物だと気付かないのかという疑問に対して、映画内でクリストフは「与えられた人生をそのまま受け入れることは容易だから。」と答えています。さらに、クリストフは「トゥルーマンは、この囚人の生活に満足している。」とも続けていました。

おそらくトゥルーマンは自分の周囲については違和感を感じながらも、生活に満足していたから深くは追求せず、疑問を放置していたのではないでしょうか。仕事・家族・友人と何不自由なく過ごしていたトゥルーマンは、真実よりも今の安定した生活を優先したのだと考えられます。

しかしそんな中で、死んでいたと思っていた父との再会、不自然な街の人々への不信感、想い人・ローレンのこと、冒険したいという欲求、妻が隠している嘘など、たくさんのことが重なって生活に不満を感じるようになったからこそ、今になって脱出を試みたのではないでしょうか。

もしこれらのことがなければ、トゥルーマンは今も疑問や違和感を抱きながらも、満足いく生活を送っていたのかもしれませんね。

妻・メリルはトゥルーマンを愛していたのか?

妻・メリルはトゥルーマンを愛していたのか?

番組のために夫婦生活を営んでいる妻・メリルは、本心からトゥルーマンのことを愛してはいません。

映画冒頭に始まった出演者のインタビュー映像でメリル役のハンナは、笑顔で「トゥルーマン・ショーは私にとってかけがえのない現実」と言いながらも、視線を揺らがせ笑みの消えた顔で考えた後に「幸せな毎日だわ」と言っていました。これは明らかに嘘をついている、スッと言葉が出てくる様な本心からではない発言だと考えられます。

 

さらに、トゥルーマンがメリルを疑う決め手となった結婚写真。メリルがトゥルーマンに見えないように人差し指と中指をクロスさせていることを発見し、「なんで神に懺悔してるんだ?」と言っているシーン。さらにその後の「幸運を祈って」というメリルに対して、「指をクロスさせてね」とトゥルーマンが言うシーンがありますが、これは『Fingers crossed(フィンガーズ クロス)』というジャスチャーのことを表しています。

このジェスチャーを人に見えるようにしたときには、「幸運を祈ってるよ」「神に祈ってる」などの意味があります。しかし、このジェスチャーを人に見えないようにしていた場合には、「私は嘘をついています」「嘘をつく私を赦してください」と神に懺悔している意味になります。

つまり、愛を誓う結婚の場でメリルがトゥルーマンに見えないように指をクロスさせていたということは、「愛を誓ってはいない。愛していない」という意味になるのです。

 

その後にトゥルーマンが言葉で『指をクロスさせてね』と言った理由には、2つの意味が考えられます。フィンガーズ クロスを言葉で表現した時には、「幸運を祈ってるよ」という意味と「嘘はついてない?神に誓って?」といった2つの意味があるのです。

だから、トゥルーマンが『指をクロスさせてね』と言った時にメリルが少し驚いた表情で振り返ったのは、その意味を確認するためだったと思われます。振り返って見てみるとトゥルーマンは笑顔で微笑んではいるものの真意は分からなかったため、メリルは無言で微笑みを返したのではないでしょうか。それを見てトゥルーマンはメリルの嘘を確信し、隠れて妻の職場まで確認しに行った後に脱出を試みたと考えられます。

ローレンは何故トゥルーマンに真実を告げたのか?

ローレンは何故トゥルーマンに真実を告げたのか?

脱出を試みる前、大学時代にトゥルーマンに偽物の世界について真実を告げたローレン。なぜトゥルーマンに真実を告げたのか映画中では語られてはいませんが、ただの愛情からなのか、彼女もまた自分のために動いていたのでしょうか。

トゥルーマンとお互い恋に落ち、彼を助けるために真実を告げたというのが普通の考え方ではありますが、クリストフがローレンのことを「世界へ流れている電波を使って、自分を売り込むような君」と言っていることから、テレビに映ろうとシーヘブンに侵入してきた輩と似たりよったりな人物だったのかもしれません。

トゥルーマンの妻役にはすでにメリルが決まっていたのにも関わらず、トゥルーマンに熱い視線をよせ、トゥルーマンの関心を自分に向けさせたことから、もしかしたら略奪によって自分をヒロイン・妻役にさせようとしていたとも考えられます。しかし、それがクリストフや製作側にバレてしまったため、八つ当たりにも近い感情で番組をぶち壊そうとトゥルーマンに真実を付けたのかもしれません。

 

もしくは、ローレンの部屋が映った時にトゥルーマンを解放しよう!みたいなポスターがいくつも貼ってあったことから、元々『トゥルーマンを解放しようとする団体』みたいなものに所属しており、最初からトゥルーマンに真実を伝えるためにシーヘブンに潜入していたのかもしれませんね。

ふっと気になったのは、クリストフがトゥルーマンの顔が映る画面を愛しそうに撫でていたのと同じように、ローレンもまたTVの画面を愛おしそうに撫でていたことです。クリストフはシーヘブンで普通の人生を歩むのが幸せだと考え、ローレンは現実の世界で本当の人生を歩むのが幸せだと、身勝手にトゥルーマンの人生の幸せを決めつけていたように感じました。

結局、真実を告げた理由が愛情によるものか、自己満足のためなのかは分かりませんが、彼女がトゥルーマンに真実を告げたことは、果たして正しいことだったのでしょうか…?

『トゥルーマン・ショー』終了後、その後は…?

『トゥルーマン・ショー』終了後は…?

トゥルーマン・ショーは、「それじゃ!」とにこやかに出口から出るトゥルーマンで終了していますが、その後はどうなったのでしょうか。ローレンが出口から出るトゥルーマンを見てパタパタと外に出るシーンがあることから、トゥルーマンを迎えに行ったようですが、迎えた後は結婚などに繋がるのでしょうか。

トゥルーマンは生まれた時から30年間、シーヘブンしか知りません。現実世界のことは何も知らず、今までに培ってきた仕事・住居・家族・友人まで全てを失い、今までの出来事から人間不信になっていてもおかしくはありません…。また、今までは番組を面白くするために偽物世界の人々がトゥルーマンのためを思い行動してくれていましたが、現実世界ではみんながみんな自分のことを考えて生きているため、今までのようにいかないことは増えてきます。

最初の内はトゥルーマン・ショーの人として好奇の目に晒され、どこにいても誰もが自分を知っているような状態に陥り、しばらくすると誰もがトゥルーマンに飽きて無関心になると思われるので、そんな状態でトゥルーマンは生きていけるのでしょうか。

 

また、トゥルーマン・ショーに出演していた人々はどうなるのでしょう。

トゥルーマンのために人生のすべてを捧げていたような人々が、彼らもある意味住む場所と仕事を同時に失ってしまいました。トゥルーマン・ショーに出演していたために顔は多くの人に知られているし、役者として役をもらおうにもその時の役柄の印象が邪魔して、仕事を手に入れにくくなることも考えられます。

特に友人役・マシューズにいたっては、7歳の頃からトゥルーマンの友人役として用意された人物で、言動を全てトゥルーマン・ショーのために操作されていたので、彼はトゥルーマンとほぼ同じ状態であると思われます。トゥルーマン・ショー終了後、彼は自分のために、現実世界で、自分らしい人生を送ることはできるのでしょうか?

自分の幸せや人生について考えさせられる映画

自分の幸せや人生について考えさせられる映画

トゥルーマン・ショーでは、トゥルーマンの幸せや人生について人によって様々な意見が出てきています。人々や物に恵まれているけど閉じこめられている偽物の世界が幸せなのか、全てを失うけど自由を手に入れる現実の世界が幸せなのか、トゥルーマンの人生や幸せについて他人がアレコレと考えたながらトゥルーマンに干渉しています。

最終的にはトゥルーマンは自由を求めて現実の世界を選んだけれども、それが本当に幸せへとつながる選択だったのか、もし自分がトゥルーマンのように演出された人生だったとしたら、自分はどちらを選ぶのか。自分の幸せや人生についても考えさせられる作品でした。

 

1998年公開映画というと古い映画と思われるかもしれませんが、トゥルーマン・ショーはいつ観ても古臭さなど全くない、いつまでも色褪せない魅力的な作品になっています。

ゆっくりと自分の幸せや人生について考えたくなった時、ジム・キャリー好きな方にもおすすめな映画になっているので、少しでも興味のある方はぜひこの機会に視聴してみてください!

映画「トゥルーマン・ショー」の動画が観れる動画配信サービス一覧

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