映画「300〈スリーハンドレッド〉」は2006年に公開されたアメリカの歴史アクション映画です。
全米では初登場第一位を記録した大ヒット映画であり、華麗な肉体美と美しい映像でペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いています。
この記事では映画「300〈スリーハンドレッド〉」のネタバレを含んだ解説、考察、また楽しみ方までを書いていきます。
目次
映画「300〈スリーハンドレッド〉」を観て学んだこと・感じたこと
・血なまぐさいはずのシーンも芸術的に美しい
・矛盾点に着目したら最後楽しめない
・コミック感覚で楽しむのが正解
映画「300〈スリーハンドレッド〉」の作品情報
公開日 | 2006年 |
監督 | ザック・スナイダー |
脚本 | ザックスナイダー マイケル・E・ゴードン カート・ジョン・スタッド |
出演者 | レオニダス(ジェラルド・バトラー) 王妃ゴルゴ(レナ・ヘディ) セロン(ドミニク・ウェスト) ディリオス(デヴィッド・ウェナム) |
映画「300〈スリーハンドレッド〉」のあらすじ・内容
紀元前480年、ギリシャの都市国家スパルタにペルシア帝国から使者が訪れました。ギリシア各地に進軍して勢力を伸ばしていたペルシャ帝国はスパルタに服従を要求します。
しかし、要求をはねのけたスパルタ王レオニダスは使者を殺害し、ペルシア帝国へ事実上の宣戦布告を行ったのです。
折しも神事の最中であったスパルタは「戦うべからず」という神託を受けてしまったため表立った戦ができず、レオニダスはたった300人の兵で100万のペルシア軍を迎え撃つべく出発するのでした。
映画「300〈スリーハンドレッド〉」ネタバレ感想
「300」はフランク・ミラーのグラフィックノベルをもとに描かれた映画です。
ワクワクドキドキなにが起こるか楽しみなストーリーというよりは、迫力ある美しい映像と男のロマンを堪能したい作品で、良くも悪くも映像に並々ならぬこだわりを持つザック・スナイダー監督の特徴が如実に表れた作品でした。
本記事ではネタバレも含みますが、ストーリーはあまり意外性のあるものではないので、未見の方にお読みいただいても映画を十分に楽しむことができそうです。むしろ解説を読んでから映画を観た方がストレスフリーで楽しめるかもしれません。
ここでは「300」の解説や考察、感想などを書いていきます。
【解説】都市国家スパルタと歴史背景をまずはおさらいしよう
ギリシャでは紀元前8世紀ごろから都市国家(ポリス)と呼ばれる独立した小国家が乱立しました。中でもスパルタとアテネは強大な力を持った有力国家で、アテネは貿易が盛んで小工業が発展し、スパルタは厳しい軍事訓練で周囲の侵略に備えたことでも有名でした。
紀元前499年から紀元前449年まで、ペルシア帝国がギリシャに遠征し、各都市国家の制圧を始めました。これをペルシア戦争とよび、「300」はこの戦争の1つ「テルモピュライの戦い」を描いた作品になります。
スパルタは古代ギリシャにおいて最強の重装歩兵軍を持っており、軍事力はギリシア1と言われていました。映画では自由の国のような表現もあり、市民たちは幸せそうに暮らしていますが、実際は国民の1/3が奴隷で肉体労働はすべて奴隷階級である「ヘイロタイ」が担っており、一般の成年男子はすべて職業軍人という地位でした。
また、スパルタ市民の女性は軍事的な行為にはそれほどかかわらないものの、健康増進のためのプログラムや教育などを受け、その時代の女性としては高い地位を与えられていたそうです。健康な子供を産むための健康増進プログラムが組まれ、発言権も男性同様か、またはそれに近いくらいにはあったといわれています。このあたりが映画でペルシアの使者にはっきりとモノ申す王妃ゴルゴの態度に表れているのでしょう。
とにかく、自由な市民は正式なスパルタ市民だけで、しかも最盛期のスパルタ市民はおよそ5万人、奴隷は15~25万人もいたそうですから、映画から受ける「自由な」イメージと実際では少し勝手が違うようですね。
そして、映画の題材にもなっている「テルモピュライの戦い」ですが、ペルシア軍が歩兵、騎兵合わせて210万人の戦力だったのに対して、ギリシャの各都市国家を合わせた連合軍は5200~7000人程度(スパルタ人300人を含む)であったそうです。
今作ではペルシア戦争の一つの戦いを描いた作品ですが、紀元前73年に勃発したスパルタクスの乱を描いた映画「スパルタカス」もあわせてどうぞ。
【解説】パン一男たちの熱い肉弾戦が一幅の絵画のよう。映像の技術を楽しんで!
「300」を語る時に外せないのが、なんといっても熱い男たちの肉体美と見るものを引き付ける映像でしょう。レオニダス王ジェラルド・バトラーも惜しげもなくムキムキの肉体美をさらしています。
この映画は全編を通してロケは一切なしでCGを駆使して製作されていますが、1つ1つのシーンにこだわりの「美」を意識していると感じさせてくれます。どのカットを切り取っても一幅の絵になるような美しさが見どころの一つですね。特に戦いのシーンなどは、独特のセピア色がかった映像で、スパルタ軍の真っ赤なマントや戦いでほとばしる血をより印象的にみせています。
これは原作のグラフィック・ノベルの世界観を忠実に再現した結果だとか。背景はもちろん、血しぶきや天候まですべてCGで再現されています。
背景などをCGで表現することは現代の映画においてはすでに常識ともいえますが、ほとんどの場合、実際の風景に似せることを目的としているものですが、この映画はリアリティの追求ではなく、幻想的で芸術的な背景を追求した結果といえます。人物やストーリーを際立たせるために、まるで舞台演劇の一幕を観ているような抽象的な背景を作り出しているのですね。
そもそも原作がグラフィック・コミックなので、血しぶきの上がり方や人物の戦闘姿勢、抽象的で誇張された風景など、忠実に再現しようとすればCGでなくては不可能だったんですね。映画全編にわたってセピアがかった独特の色合いなのも、コミックのモノトーンタッチを忠実に再現した結果です。1シーンの血しぶきの形をスキャンし、忠実にCGに落とし込む徹底ぶりというから驚きです。
また、独特なカメラワークにも注目してみてください。戦闘シーンなどでスローモーションからスピーディな動きへ、そしてまたスローモーションへと速度が切り替わる技法が使われていることに気づきます。これは、グラフィックノベルの読者の視点とリンクするような工夫で、コマからコマへ目を移す速度や、臨場感のあるコマに目線が置かれる時間、そのリズムなどを忠実に再現しているのだそうです。
それだけではありません。その個性的なカメラワークに加え、対象者までの距離が異なる複数台のカメラで同時に同じ角度から撮影し、編集でなめらかにつなぐ「クレイジー・ホース」と呼ばれる独特な手法も使っています。一番顕著なのは、スパルタ軍が陣形を組んでペルシア軍を迎え撃つシーン、レオニダス王が敵陣に切り込んでいくところ(開始48分ごろ)にその手法を見ることができます。
このような独特のカメラ技法やこだわりで、他の映画とは一線を画すような美しくロマンあふれる映像に仕上がっているのですね。
矛盾点に焦点を当てたら全く楽しめません!
映画を映画たらしめているものはストーリーであり、芸術性なら絵画の役目。こう考えている人にとって「300」は恐らく楽しめない映画でしょう。なぜなら矛盾点がありすぎて、その部分に注目すると映画の途中で観るのをやめたくなるレベルだからです。
例えば、ペルシアから使者が来るシーンでは、ペルシアの使者がスパルタの土と水をよこしてペルシアに服従しろと要求します。ペルシアの使者は、同席した王妃ゴルゴを侮辱したり、居丈高な態度だったりと、色々やっちゃってくれるのですが、レオニダス王は努めて穏やかに会話をしながら宮殿の庭(街?)を歩きます。そして突然立ち止まったかと思うと、いきなり使者に剣を突きつけるのですが、その使者の後ろには直径5~6mはあろうかという大きな穴が・・・!
レオニダスは「This is スパルタ!」と絶叫した挙句、使者を穴に蹴り落とします。この穴はいったいどこから湧いて出たのか?蹴り落とされるシーンでは、使者の数十センチ背後は真っ暗な穴だったわけですが、あんな大きな穴に気づかずに歩いていたんでしょうか、ペルシャの使者は。
しかも、使者を殺してしまうなんてかなりのルール違反ですから、これにはペルシアもカンカンでしょう。当然です。レオニダス王は使者を蹴り落とす前に王妃の方を向いて目線でお伺いを立てている様子でしたが、王妃はそれに対して「やれ。」と言わんばかりにうなずいちゃってます。王と王妃二人で感情的過ぎる宣戦布告をしちゃってますよね。これはまずいです。
王も「市民の自由のために戦う」的な名目で戦うことを決意したわけなんですが、スパルタでは評議会の腐敗政治で法律が決まり、その法律以上に訳の分からない宗教の神事が優先される、市民の中からは美しい娘が毎年神官たちに神の依り代としてささげられる(ちなみに体をもてあそばれる)など、自由とは程遠い状況ですよね。
しかも、その自由とやらも人口の1/5~1/3しかいない「スパルタ市民」だけのもので、その何倍もの奴隷たちは自由とはかけ離れた生活をしているわけです。市民にしたって男子は総じて兵士であり、幼少のころから生きるか死ぬかの訓練をさせられるわけですし。
多少女性の地位や自由度が他の都市国家より高いとはいえ、男の子が生まれて7歳になれば否応なしに引き離されてしまうわけですしね。子を持つ母にとってこんなむごい仕打ちは他にはないんじゃないかと思います。自由なのは王と王妃だけでは?ということで何か白けてきちゃうのも事実です。
戦士たちがお互いに信頼してリスペクトする、そんな表現もそこかしこに出てきますが、むしろ戦士の生い立ちを見るとお互いを蹴落とすような育ち方をしているので、なんで急に友情風味が出てきたの?と混乱してしまいます。
とまあ、こんな具合にストーリーには納得いかない点が色々あるんです。それを踏まえて、映像の独特さや男たちの肉体美、そしてプライドのためだけに戦うというアホなロマンを堪能することが「300」を楽しむ方法だと思います。
魅力的なキャスト陣が惜しげもなく披露する肉体美にほれぼれ
「300」ではスパルタ軍、ペルシア軍、どちらも戦士がほぼパンツ一丁にマントといういで立ちです。もちろん主人公であるレオニダス王(ジェラルド・バトラー)も例外ではなく、宮殿で布をまとっているシーンもありますが、ほとんど戦闘シーンではパンツ一丁。無防備ですね~。しかしあの体は、映画のために専属のトレーナーやボディビルダーとともに「殺人的なトレーニングをこなした」賜物で、正真正銘彼の肉体なのだとか。
他にも、たった一人生き残るスパルタ戦士ディリオス役は「ロードオブザリング 王の帰還」でファラミア役を演じたデヴィッド・ウェナム。2つの作品は同じく戦士の役どころでしたが、「ロードオブ…」ではどこか線の細い優男タイプだったのに対し、「300」では見事に鍛え上げられたマッチョな肉体を見せてくれました。優し気な顔とのミスマッチがたまらないですね。
血気盛んな戦士の一人ステリオスには、この映画がデビュー作となったマイケル・ファスベンダー。「それでも夜は明ける」では奴隷王、「SHAME」ではセックス依存症の男性などバリエーションに富んだ役柄もこなす俳優です。
敵役のペルシア軍「神の王 クセルクセス」には、ブラジルのスーパースター、ロドリゴ・サントロを起用しています。このクセルクセスはまるで人間離れした風貌で、役にぴったりはまっていると感じましたが、全く本人の面影を感じない完ぺきなメイクでした。ちなみに、この「神の王 クセルクセス」さえも基本的にパンツ一丁ですから、ロドリゴもさぞ肉体改造にいそしんだことでしょう。こちらは神ですから筋肉隆々になることよりも、全体的に完ぺきなバランスの肉体美を追求したそうです。
また、スパルタの王妃ゴルゴはレナ・ヘディが演じています。彼女の印象としてはとにかく大人気超大作ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の悪名高きサーセイ・ラニスターでしょうか。どちらも強かな女性ですが、「300」では王への愛、息子への愛など愛情深い一面も併せ持つ役柄で、最後まで気丈にふるまう姿が印象的なハマり役だったと思います。
「300」をグラフィックノベルのように楽しめたらぜひ続編も見たい!
「300」には続編があります。これは「300 帝国の進撃」という題名で、「300」のスピンオフ的な内容になります。同時期に行われたギリシア連合軍の戦闘を描いたもので、やはり「300」同様、グラフィックノベル風の撮影技術を駆使した作品になっています。
もちろん細かなストーリーや矛盾点が気になる人は避けた方がいいのは「300」と同じくですが、エンターテイメントとしては非常に楽しめる作品です。
「300」を見たあとに「300 帝国の進撃」を見たら、アメコミ作品を読んだような中毒性があります。シリーズ化を待ち望むファンも多いそうですから、従来の映画という概念は捨ててコミックを読むように楽しみたいですね。
【考察】「300」が日本で酷評されたワケ
「300」は公開時に全米初登場第一位になるなど大ヒットした映画ですが、日本でのレビューを見ると「ストーリーがつまらない」「矛盾だらけ」などの酷評も数多くあります。
これは「300」という映画に何を求めるのかということで評価は大きく違うのではないでしょうか。
グラフィックノベル、いわゆる「アメコミ」と、日本でいうところの「アニメ作品」には大きなイメージの違いがありますよね。アメリカではアメコミが浸透していて、当然そのアメコミ作品を知って劇場に足を運んでいるでしょうから、評価は主にグラフィックノベル作品との類似性や世界感の再現力を視点に入れていると思われます。
しかし日本ではあくまでも映画として「300」を見るので、CG背景の作り込みの粗さ、矛盾点、ありえない戦闘服(パンツ)などが眼について酷評につながるのだと思います。グラフィックノベルが原作であるという情報があっても、日本でいうアニメ作品は大抵がリアリティに重きを置いた作品であり「300」のようにいかにシーンを劇的に見せるか、という演出には違和感を覚えてしまうのかもしれません。
「300」は間違いなくアメリカンコミックのように楽しむことが正解であり、劇的な戦闘シーンや肉体美、強大な敵に立ち向かっていく男のロマンなど「だけ」に焦点を当ててみることができれば楽しめる作品です。
そのうえで、ストーリーにちりばめられた王と王妃の夫婦愛やせつなさ、レオニダス王の子供への愛情など、ちょっとしたエッセンスを感じ取れれば儲けものといったところでしょうか。しかも憎たらしい悪役評議員があっさり王妃ゴルゴにやっつけられるシーンでは「スカッ」っと気分も味わえます。
その意味では映画を観る前にこの記事を読んで「どの視点で見たらいいか」を頭に入れておけば、余計なイライラなしで映画を楽しめるのかもしれません。
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※2019年9月現在の情報です。