映画「Us(アス)」は、アメリカ社会の格差問題や貧困問題を鋭い切り口で描きながらも、ホラーとサスペンスを融合させ、奇抜なセンスと衝撃的なラストによって多大なインパクトを残した作品です。
監督は前作の「ゲット・アウト」でアカデミー賞脚本賞を受賞したジョーダン・ピール。映画「Us」も前作同様エッジの効いた世界観に、隠れた批評性が絶妙なバランスで描かれており、高い評価を得ています。
突如として現れた自分たちそっくりのドッペルゲンガー「私たち」の正体はなんなのか。そして、「私たち」から一家は逃げ延びることができるのか。最後まで手に汗握る展開に目が離せません。
今回は映画「Us」のネタバレ感想・解説・考察を書いていきます。
目次
映画「Us(アス)」を観て学んだ事・感じた事
・アメリカの貧困問題や格差社会を奇抜な世界観で暗示する
・批評性だけではなく、高い娯楽性で観客の心を掴む監督の手腕はさすが
・要所要所に散りばめられたコメディシーンがなんとも面白い
映画「Us(アス)」の作品情報
公開日 | 2019年9月6日 |
監督 | ジョーダン・ピール |
脚本 | ジョーダン・ピール |
出演者 | アデレード・ウィルソン(ルピタ・ニョンゴ) カブリエル・ウェルソン(ウィンストン・デューク) ジェイソン・ウィルソン(エヴァン・アレックス) ゾーラ・ウィルソン(シャハディ・ライト=ジョセフ) |
映画「Us(アス)」のあらすじ・内容
1986年、アデレードは両親と共にサンタクルーズの行楽地を訪れます。ビーチに建てられたミラーハウスで迷子になってしまったアデレードは自分そっくりの少女に出会い、その後彼女はトラウマによる失語症になってしまいました。
大人に成長したアデレードは失語症を克服、2人の子を持つ母親になりました。一家はまたあのサンタクルーズを訪れます。早くその場から帰りたいアデレードでしたが、父親が説得し、別荘に止まります。
そんな中、玄関先に自分たち家族にそっくりな4人の不審者が立っています。父親のウィルソンが追い払おうとするのですが、4人はそのまま家に侵入、家族たちを殺そうとします。
いきなり現れたドッペルゲンガー、そして家族たちに訪れるピンチ、彼らの目的はなんなのか。衝撃的なクライマックスと共に幕を閉じるサプライズホラー映画です。
映画「Us(アス)」のネタバレ感想
2017年に公開された映画「ゲット・アウト」では、黒人差別問題を独自の切り口から描き、思いもよらない展開によって全世界に衝撃を与えたジョーダン・ピール監督。同作はアカデミー賞脚本を受賞、その他3部門にノミネートされるなど高く評価されています。
そんなジョーダン・ピール監督の新作映画「Us」でテーマに選んだのは「アメリカ社会」でした。斬新な切り口、挑戦的な世界観、コメディアン出身監督らしい軽快なジョークは見事で、本作も非常に高い評価を獲得しています。
ある家族のもとに自分たちそっくりなドッペルゲンガーが現れるという奇抜な設定ながらも、そこから描き出される批評性は前作「ゲット・アウト」さながらに際立っています。
そういった批評性を兼ね備えながらも、ジョーダン・ピールが持つ作家性によるエッジの効いた世界観を築き上げ、娯楽性の高い映画に仕上がっています。
今のアメリカ社会を鋭い切り口で描きながらも、観客へのサービスを忘れないハリウッドでも非常に注目を集める映画監督の新作は見逃せません。ここでは、映画「Us」の感想を1つ1つの項目に分けて解説していきます。
【解説】ジョーダン・ピールらしいユニークな発想!
ジョーダン・ピール監督の前作「ゲット・アウト」では、白人の恋人の実家を訪れた黒人の青年が催眠術によって監禁されてしまうというストーリーで、白人の脳みそを黒人の肉体に移植することによって知能と体力を兼ね備えた完璧超人を作り上げるという奇抜なセンスが光りました。
発想の鋭さとリアリティのバランスが重要にもなるのですが、ジョーダン・ピール監督の手腕によって、観客がのめり込めるようなストーリーが魅力となっていました。
本作「Us」でもその際立ったセンスは健在でした。映画「Us」のキーになっているのは、アメリカ政府の実験によって製造されたクローン人間が広大な地下空間に生息しており、それが地上に現れてオリジナルを一掃するという設定にあります。
かなり強引な設定ではあるのですが、それでも映画として魅せてしまうのが、この監督のいいところです。作家性の高い脚本を映像化すると、どうしてもバランスが重要となるのですが、前作で見せた舵取りのうまさが光っています。
さらには、ストーリーだけではなく、映画全体として緊張感をコントロールする演出も見事です。冒頭の15分までは怖くて震えてしまうほどのホラーテイスト強めの内容でしたし、それ以降、ストーリーが展開されていくたびに明かされていく真実。そして、手に汗握る展開、衝撃的なラストシーンとエンドロールが流れるまで油断することができません。
「ゲット・アウト」の斬新さからワンオフ感が漂っていたジョーダン・ピールでしたが、この作品で才能が本物であることを示したと思います。
この監督の魅力には映画に隠されているメッセージ性以上に、物語の発想力が強いところにあります。批評性が強すぎると、説教じみて敷居の高い作品になってしまいますが、敷居を下げ、娯楽性を高めることによって訴えたいメッセージを伝えるという手法によって彼の作品は大きな輝きを放っています。
【解説】”私たち”は”私たち”
映画「Us」は前作の「ゲット・アウト」と比べ、作品に込められているメッセージが明確に示されているとはいえません。前作では黒人差別をわかりやすくテーマにしたことが伺えましたが、本作では明確に「これだ!」というものがありませんでした。
しかし、それも映画全体の解釈を見る側に委ねている監督の演出でもあり、そこで描かれているのは現代のアメリカ社会そのものであることがわかります。
映画「Us」で描かれている地上に暮らす家族たちと対比的に描かれる地下暮らしのクローン人間。両者が対面した時にクローンは「私たちもアメリカ人だ」と主張します。地上で裕福に暮らす家族たち、そして地下で不本意な生活を送るクローン人間。それらは同じ人間なのですが、180度真逆の境遇といえるでしょう。
これは映画の中だけの話ではありません。映画では色々と設定を盛り込むことでこのような対比関係を生み出していましたが、現実の社会では格差という要素によって同じことが起きています。
同じアメリカに生まれた人間であるにも関わらず、貧困によって不本意な境遇に陥っている人々は社会問題になるほどいます。アメリカという裕福な国にも関わらず、そうした闇の部分も持っています。
ジョーダン・ピール監督は裕福な黒人の家庭で育ったということもあり、こういった格差に対する感覚の鋭さがあったのだと思います。
そして、映画では地下の巨大な空間にクローン人間たちが生活しているという設定でした。地下に住む人々は地上の人々から見えない存在です、実際の貧困問題でも苦しむ人々は日々の生活から不可視化されていることでしょう。
こういった構造をエンターテイメント性の高い設定に置き換えたストーリーと解釈することができます。同じ人間にも関わらず、住んでいる環境が全く異なる。同じ人間=「私たち」という設定が効果的にメッセージを伝えてくれます。
そして、この映画ではこのような格差社会をただ描くだけではなく、こういった社会に生じる分断と衝突にも触れられています。
クローン人間のウィルソン一家がオリジナルの家族を襲うシーンは、まさに格差問題による分断と衝突を表しています。クローン人間が自分たちを襲うという考えにくい設定ではありますが、そこに隠されているのは格差社会によって生み出された途方もない憎悪、埋まることのない溝、悲惨な暴力による衝突です。
世界中に悲惨な境遇にいる人々はたくさんいますが、そういった人たちを認識しながらも、変わらない日常を送り、まるで無かったことのようにしてしまったために生じた悲劇ともいえるでしょう。
残されるのは衝突による被害と無くならない憎悪です。終わることのない根深い問題でもあり、映画「Us」でもラストシーンは全ての問題が解決してハッピーエンドという訳ではありませんでした。
あくまで表面的な問題を解決してホット一息といった感じでしたが、問題は山積みです。映画「Us」には、現代アメリカ社会の問題を浮き彫りにするような鋭い切り口があります。そして、それこそがジョーダン・ピール監督の作風でもあり、思いもしない角度から現実を突きつけられるあの感覚が唯一無二の存在感を放っています。
【解説】映画「Us」に登場する設定や言葉、時代背景を解説
映画「Us」の中でキーになるような設定や言葉などが度々登場します。時代背景などからこの映画をもっと楽しむためにここでは映画「Us」のキーワードを解説していきます。
これらの言葉を知っていけば、映画のシーン1つ1つをより深く理解することができるでしょう。
慈善活動「ハンズ・クロス・アメリカ」
劇中では1986年に行われていた慈善活動で、人々が手をつなぎ合い飢餓の救済を求めるキャンペーンとして登場しました。実はこの「ハンズ・クロス・アメリカ」は実際に行われていたことでもあります。
1986年5月25日アメリカの西海岸のカルフォルニアから東海岸のニューヨークまでの約6600kmを、600万人以上の人々が手をつなぎ飢餓に対する募金を訴えたという慈善活動が行われています。
この活動では国内のホームレスや貧困層の救済を掲げており、アメリカの連帯と寄付が求められていましたが、目標とする募金額に達することはなく失敗に終わりました。
映画「Us」では、地下で暮らすクローン人間たちが貧困層のメタファーになってしましたが、これだけの時間を経過しても問題がまるで解決しない現状を批判しているとも解釈できます。
映画「チャド」
映画冒頭の「ハンズ・クロス・アメリカ」のCMが流れているテレビの横に「チャド」という映画のビデオがあったのに気づいたでしょうか。
この映画は都市の地下に住んでいるホームレスが放射性廃棄物によって怪物と化すというホラー映画ですが、この作品とも共通するテーマが感じられます。
「テザード」
アメリカ政府の極秘実験によって生み出されたクローン人間。地上に住む人々とまるっきり同じ形をしているのですが、魂までは複製することができず、クローン人間たちは地上でオリジナルが取っている行動と不本意ながら同調します。
アデレードのクローンは地上に住む人々への復讐を目指し一斉決起を計画します。真っ赤なツナギを着て、ハサミを武器に人々を襲います。
ハサミは縛りを断ち切るという意味や分断を象徴するアイテムとも解釈ができます。また、テザードたちの衣装はまるで囚人服のようです。
アメリカでは1980年から現在まで刑務所の週間数が4倍に膨れ上がっているという背景もあり、原因には貧困があるといわれています。こういった社会問題を表現するためにデティールにまでこだわられています。
「エレミヤ書 第11章11節」
本作に度々登場する言葉「エレミヤ書 第11章11節」。この言葉だけではなく、「11:11」という看板を持った人が登場したり、時計の針が「11時11分」を指すなど、印象的な使われ方をしています。
そもそも「エレミヤ書」というのは、旧約聖書の1つで三大預言書の1つとされているものです。「エレミヤ書 第11章11節」には、以下のような言葉が書かれています。
「見よ、わたしは災を彼らの上に下す。彼らはそれを免れることはできない。彼らがわたしを呼んでも、わたしは聞かない」
いかにも不穏そうな言葉でもあります。劇中ではこの言葉通りに災いが家族を襲うことになります。そして、「11:11」という左右対称な数字にも、映画「Us」に登場する自分たちと姿形が同じクローン人間を暗示していると解釈もできます。
この映画のテーマでもある貧困問題や格差問題、そして、それらの問題に目をつぶり続けることによって生じる災い。こういった要素が隠されています。
【解説】ホラー展開の中で際立つコメディセンスも抜群
映画「Us」は全体的にホラーとサスペンスが入り混じった作品で、全体的にブルブルと震えてしまうほどの恐怖感が漂います。しかしながら、要所要所にそういった緊張感を緩和してくれるギャグシーンが盛り込まれており、それが緩和材料となって非常に際立っています。
さすがコメディアン出身のジョーダン・ピール監督です。ただ怖がらせて考えさせる映画ではなく、その中でもユーモアを忘れずに盛り込んできます。
例えば、父ガブリエルの友達のタイラー家にテザードが襲いかかった際、家にあるスマートスピーカーに「警察を呼んでくれ」と声をかけるのですが、スマートスピーカーはN・W・Aの「ファック・ザ・ポリス」という曲をかけてしまい、悲惨な現場に軽快なヒップホップが流れてきます。
さらには、ウィルソン家が必死で逃げるなかでも、家族の中で最も多くのテザードを倒したのは誰かという話題で口論になります。
あとは別荘の玄関先に置き鍵をしてしまっていたためにテザードの侵入を許してしまった母に対して、父が「お前は白人か!」と突っ込むシーンなど。
ホラーでバキバキに緊張しているからこそ、こういったちょっとしたギャグシーンに吹き出してしまいます。ストーリー的に笑っている場合ではないのですが、緊張感とくだらなさのギャップがたまりません。
このようにホラーと闇の展開の中にも、ちょっとずつ笑えるような要素を盛り込み、映画としての娯楽性を高めています。純粋なホラーというには恐怖感が足りませんし、サスペンスとの中間的なジャンルで、緊張と緩和をうまく利用したコメディシーンが監督のセンスを表しています。
映画「Us」は私たちとは誰なのか?分断と衝突を生むアメリカ社会に鋭く問う作品
映画「Us」は自分そっくりのクローン人間が自分たちを襲いにくるというホラー的な要素を持ちながらも、その背景にアメリカ社会の貧困問題や格差社会を浮き彫りにし、衝撃的なクライマックスによって幕を閉じるという娯楽性と批評性を兼ね備えた作品です。
前作の「ゲット・アウト」が評価されていた視点を今回も描き出したジョーダン・ピール監督の才能が際立つ映画でもあり、奇抜な設定からは想像もできないような現実とリンクした世界観、そしてコメディアン出身監督らしいちょっとしたユーモアも光ります。
鬼才ジョーダン・ピール監督の最新作、まだ見ていない方はぜひ劇場でご覧になってみてください。