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映画『存在のない子供たち』ネタバレ感想・解説・考察!「自分を産んだ罪」で両親を訴える。過酷な中で生きる少年の姿に心打たれる衝撃作!

【解説】映画に起用されたのは役者ではない?さまざまな背景を持つ人々

映画「存在のない子供たち」は、レバノン出身の映画監督ナディーン・ラバキーによる作品で第71回カンヌ国際映画祭では審査員賞を獲得。2019年のアカデミー賞では、外国語映画賞にノミネートするなど、世界中で高く評価された作品です。

レバノンの首都ベイルートに住む少年ゼノンが「自分を産んだ罪」で両親を訴えるために裁判を起こすという衝撃的なシーンから映画が始まり、過酷な現実の中で生きるゼノンの姿を力強く描いています。

主人公のゼノンを始め、その他のキャストをプロの俳優ではなく、劇中の登場人物と似たような境遇を持つ素人を起用することによってリアリティを強めた演出にも注目です。

今回は映画「存在のない子供たち」のネタバレ感想・解説・考察を書いていきます。

映画「存在のない子供たち」を観て学んだ事・感じた事

・主人公ゼノンの悲しみを抱えながらも、強く生きる表情が切ない
・プロの役者を起用しないことで描く人々のリアルな姿
・過酷な現実に直面する人々の声なき声をすくい上げた作品

映画「存在のない子供たち」の作品情報

公開日2019年7月20日
監督ナディーン・ラバキー
脚本ナディーン・ラバキー
出演者ゼイン(ゼイン・アル・ラフィーア)
ラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)
ヨナス(ボルワティフ・トレジャー・バンコレ)

映画「存在のない子供たち」のあらすじ・内容

映画「存在のない子供たち」のあらすじ・内容

12歳の少年ゼインが両親を被告に裁判を起こし、裁判長から罪状を聞かれたゼインは「僕を産んだ罪で」と答えます。中東のスラム街で生まれたゼインは、両親が出生届を提出しなかったために、戸籍上社会に存在しない子供として生きていました。

貧しい生活を送る中で、大切な妹が強制結婚されたことをきっかけに家を飛び出したゼインはエチオピア難民の女性と暮らすことになります。

過酷な運命に抗おうとするゼインでしたが生活は一向に上向くことはありません。逃れることができない絶望の中で、力強く生きようとするゼインの姿を描きます。

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映画「存在のない子供たち」のネタバレ感想

映画「存在のない子供たち」のネタバレ感想(C)2018MoozFilms

映画「存在のない子供たち」は、「僕を産んだ罪で両親を訴える」という衝撃的なセリフから幕を開けます。

主人公の少年がなぜ両親を訴えるのか、裁判を起こすまでの過程を回想していく内容となっており、そこではゼインが直面する過酷な現実が描かれます。

希望もなにもない厳しい貧困の中、それでも逞しく生きようとするゼインですが、彼を待つのは一向に上向くこととないつらい生活でした。

この映画の中で描かれているストーリーはフィクションであるものの、実際に起きている社会問題をリアルに描き出しており、普段ニュースでしか見ることがないような貧困に苦しむ人々の現実をまざまざと突きつけてきます。

厳しい生活を抜け出すための選択肢がないが故に、より悪い選択をせざるを得ない人々、ゼインをはじめ、この映画で描かれているのは貧困で苦しむ人々の生の声です。ここでは映画「存在のない子供たち」の感想を1つ1つの項目に分けて書いていきます。

【解説】胸を締め付けられるような耐え難い現実に直面する人々を描く

【解説】胸を締め付けられるような耐え難い現実に直面する人々を描く(C)2018MoozFilms

「僕を産んだ罪で訴える」というインパクトのある言葉でスタートするこの映画ですが、主人公のゼインの生活を中心に、耐え難い現実の中で生きている人々のリアルな姿を描いています。

舞台は中東のスラム街。貧困に直面する人々は私たちが想像するのが難しいほど過酷な生活を強いられています。

食べるものがない、学校に行けないというのはもちろんですが、娘を強制結婚させてお金を得る親、不法就労していることがバレると子供と離れ離れになってしまう難民、処方される錠剤を粉々に砕いて違法薬物として売りさばく子供たち。

これらの劇中で描かれるシーンの数々は、フィクションの中で起きている出来事ではなく、実際の貧困地域で起きているリアルな状況から作られたものばかりでした。

 

監督のナディーン・ラバキーは、この映画のリサーチに3年もの期間を要し、現実の貧困地域で実際に起きている状況を細かく描いています。

だからこそその場所に住む人々、声にならない声をすくい上げ、映画として作られたものであり、ストーリー自体はフィクションなのですが、ドキュメンタリー作品と見紛うほどのリアリティと私たちの胸を締め付ける彼らの境遇が映し出されていました。

親からの愛情を受けることができず、しかも生まれた時に出生届が出されなかったため、戸籍上社会に存在しない人として生きている少年ゼノン。自らが直面する現実を抜け出したいと強く感じる彼にとって、それは絶望以外のなにものでもありません。

 

そして、ゼノンは心の支えでもあった妹が強制的に結婚させられたことをきっかけに家を飛び出します。自分の置かれる現状に耐えられなくなったゼノンですが、だからといって状況が上向くことはありません。

不法就労を続けるエチオピア人難民の女性と知り合い、彼女の赤ちゃんを世話しながら暮らすことになってゼノンではありましたが、それでも現実の過酷さは増すばかりです。

このような現実を私たちはただ眺めることしかできません。スクリーンの中で起きている出来事の数々は、映画上のフィクションというだけであっても胸が張り裂けそうなほど悲しく、それは現実の社会で起きている問題でもあることを考えると、耐えられないほどの悲しみが目の前を覆います。

【解説】映画に起用されたのは役者ではない?さまざまな背景を持つ人々

【解説】映画に起用されたのは役者ではない?さまざまな背景を持つ人々(C)2018MoozFilms

映画「存在のない子供たち」で象徴的なのは、やはり主人公ゼノンを演じた少年の表情でしょう。耐え難い現実に対してどうしようもない諦めを感じさせる虚ろな目を持ちながらも、現実に争い力強く生きようとする彼の姿は印象的でした。

実は、映画「存在のない子供たち」で出演する登場人物のほとんどはプロの俳優ではなく、役柄と似たような境遇を経験してきた素人です。

主人公のゼノン自身も、シリア内戦による影響で教育を受けることができなかった難民の少年であり、家族でレバノンに逃れ、貧しい生活を送っていました。この映画の制作後、2018年に国連難民機関の助けによってノルウェーへの第三国定住が承認され移住することになっています。

 

このように、劇中に登場する少年ゼノンと同じような境遇を経験してきた少年が役に起用されています。だからこそ、彼の表情や発せられる言葉の数々は「リアル」であり、演技云々ではなく、現実を伝えるということに焦点を当てたナディーン・ラバキー監督の演出でもありました。

さらに、主演のゼノンだけではなく、映画「存在のない子供たち」に登場する人物を演じる人々はそれぞれ同じような境遇を経験してきた人々でした。

ラヒル・シファラ役(ヨルダノス・シフェラウ)

家を飛び出したゼノンが出会うエチオピア難民の女性ラヒル。赤ちゃんと共に生活を送る中、自身が不法就労であることがバレてしまうと、子供と離れ離れになってしまうことを恐れながら生活をしています。

そんな女性を演じたヨルダノス・シフェラウは、エリトリア生まれの女性。幼少期はエチオピアの難民キャンプで過ごし、若くして両親を失ってしまいます。さらに4人いた姉妹とは引き裂かれ、教育も受けることなく大人にならざるを得ませんでした。

 

その後、レバノンの首都ベイルートで違法に働き続けていました。本作作英中には不法移民として逮捕され、拘束される事態にも陥りましたが、のちにナディーン・ラバキー監督が保証人となることによって釈放されています。

そのような経験を持つ人物がこの役を演じており、まさに彼女でしか語ることができない役柄でもありました。

スアード(カウサル・アル=ハッダード)

ゼノンの母親でもあるスアード。劇中では、自分の子供を強制結婚に差し出すことによってお金を得ていた人物でもあり、ゼノンに感情移入して映画を見ていると印象悪く見えるのですが、それでもそうしなければ生活することができない状態であることも理解できます。

子供に愛情を注いでいないのではなく、愛情を与える余裕がないことがわかります。彼女の子供の視点から見れば、この母親は加害者ですが、彼女自身も貧困の被害者でもあるのです。

そんな人物を演じたカウサル・アル=ハッダードは1972年にレバノンで生まれ、のちにクウェートに移住します。クウェート侵攻によってベイルートに戻ったのですが、「第二級市民」としての扱いを受け、学校を中退してしまいます。

家政婦として低賃金の労働で家計を支えていた中、本作のキャスティング・ディレクターと出会い出演を果たします。

 

このように映画「存在のない子供たち」では、難民や紛争、貧困など、それぞれ劇中に描かれているような過酷な現実を経験してきた人々がキャスティングされています。役柄と本人の経験を並べてみても、どちらが映画でどちらが現実なのか見分けがつかないほどです。

これほどにまでプロの俳優ではなく、同じような境遇を経験してきた人々を役に選んだのは、映画の中に登場する人物たちの物語をそのまま表現するために必要な演出だったと考えられます。

演技経験豊かなプロの俳優によって、より魅力的にセンセーショナルな映画に仕上げることもできたとは思いますが、そこは監督の演出意図ではなかったのでしょう。

このキャスティングによって、今作はかつてないリアリティを持った映画として評価されており、声なき者の声に光を当てることに成功しています。

【考察】弁護士役で登場したラバキー監督を通し、私たちに言葉を強く訴える

【考察】弁護士役で登場したラバキー監督を通し、私たちに言葉を強く訴える(C)2018MoozFilms

映画「存在のない子供たち」に登場する人物はさまざま境遇の人によって作られていますが、例外としてはゼインが起こした裁判で弁護士を務めていた女性を、ナディーン・ラバキー監督自身が演じていたということぐらいです。

ただ、この演出が非常に効果的であり、ゼノンの主張を代弁するナディーンに対して、ゼノンの両親が言い放った言葉の印象を強めています。

ゼノンが生まれた際に出生届を出さず、娘を強制結婚に出すなど、子供たちに対して酷い仕打ちをしてきた両親たち。そんな両親を訴えるゼノンとそれを代弁する弁護士のなディーン。

わかりやすくこの両親は悪者で、ゼノンは被害者であることと解釈することができます。しかし、ゼノンの両親は弁護士のナディーンに対して、「私たちの境遇を理解できるはずがないし、考えもしないでしょう!」と叱責します。

劇中に登場する弁護士は言ってみればまともな仕事でエリートでもあります。生活するに充分な収入を得ているでしょうし、ゼノンたちの生活とはかけ離れたところにいるでしょう。

そのような格差が存在する中で、ゼノンの両親が言った一言は弁護士のナディーンだけではなく、スクリーンの前に座る私たちにも投げかけられているようにも感じました。

 

この映画の登場人物の中で、ナディーンのみが演技経験のあるプロの俳優です。他の役を演じる人々とは人生の中で経験してきたことがまるで異なるはずです。

そして、それは映画を見ている私たちにも当てはまります。私たちは映画「存在のない子供たち」を観る中で、ゼノンたちが置かれている状況を悲しみ、共感しているような感じ方をするでしょう。

しかし、それは彼らの絶望を理解しているとは言い難いはずです。結局のところ普段何不自由ない生活を送っている私たちの視点では、劇中の過酷な現実を理解するのはとても困難です。

そんな中、映画を見ていると感情が大きく揺さぶられ、彼らのことを理解した気になってしまいます。ただ、その理解というのは劇中でゼノンの母親が弁護士のナディーンに投げかけたように「理解できるはずがない」「考えもしない」という指摘によって、勘違いであることに気がつかされます。

よくこのような社会問題を題材にした映画を見たときに、その問題で苦しむ人々に対して共感し、同情することは多いと思いますが、それによって現実の問題に対して理解することはほとんどないかもしれません。

このような現実を理解するのは簡単にできるようなことではありません。この映画では、ナディーンという弁護士をフィルターにして、安易に彼らを理解した気になっている「私たちの無知」を指摘しているのだと感じました。

【解説】救いのない世界で生きる子供たち

【解説】救いのない世界で生きる子供たち(C)2018MoozFilms

映画「存在のない子供たち」では、世界中で起きている貧困問題を描きながらも、その中心に救いのない絶望的な世界で生きる子供たちがいます。

自分をこの場所に産んだ両親を恨むほど過酷な状況で生きる子供たち。親の勝手な都合で強制結婚をしなければならなかったり、学校に行くこともできなければ、私たちが当たり前のように享受していることも得られません。

子供たちがこのような悲惨な状況に直面している現実をそのまま描き出した映画でもあり、そこには抜け出すことができず、社会に知られることもなく生きている人々の姿を想像させます。

ゼノンが裁判中に言った「神さまは僕らをボロ雑巾のように生かすのが願いだ」という言葉が頭から離れません。そして、子供自身が「面倒見れないなら産むな」と言わなければならない状況に心打たれてしまいます。

 

そして、これはレバノンのベイルートを舞台に作られた映画ではありますが、こういった現実は世界中で起きていることでしょう。日本でも是枝裕和監督の「万引き家族」のように、状況は違えど過酷な現実に直面している人々、救いのない現実の中で生きなければならない人々は世の中に存在することを強く訴えてきます。

鋭利な刃で私たちの心を深く抉ってくるリアリティの数々は、観る人の記憶に深く残る作品といえるでしょう。

映画「存在のない子供たち」は耐え難い状況に置かれる子供たちのありのままを描いた作品

映画「存在のない子供たち」は耐え難い状況に置かれる子供たちのありのままを描いた作品(C)2018MoozFilms

映画「存在のない子供たち」は、今まさに起きている社会問題の姿をそのまま描いたような作品です。そして、それは観る人の心を深く揺さぶり、大きな悲しみに包まれることでしょう。

ただ、その中でも映画のラストシーンでゼノンが一人の女性に引き取られていくシーンは唯一の救いです。

 

そして、貧困の中で救いのない現実を生きる人々をリアルに表現した映画でもあり、ナディーン・ラバキー監督の演出にも注目です。

絶望的な状況の中で、それでも力強く生きようとするゼノンの姿に胸が打たれてしまいますし、ゼノンの発する言葉の数々は同じような境遇を生きる人々の言葉を代弁するかのような雄弁さがあります。

2019年に公開された映画の中でも、最も観る人の記憶に残り、感情を揺さぶる映画でもあったので、ぜひご覧になってください。

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