映画『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』は、大人気推理漫画『名探偵コナン』シリーズの第20作目にあたる劇場版作品です。
今作の特徴はシリーズの20作目を飾る記念碑的な位置づけを意識したためか、原作で人気を博している数々の「名脇役」ともいえる組織が登場します。そのため、全体としてシリアスでストーリーの本筋にも関わる展開が多く用意されています。
そして、こうした試みはコナンファンの心をつかみ、今作の興行収入は2019年現在で歴代3位にランクインしています。もちろん売り上げだけでなく作品の内容も非常に完成度の高いもので、ここ数年のコナン作品が生み出した大ヒットの出発点ともいえる作品でしょう。
今回はそんな『名探偵コナン 純黒の悪夢』の個人的な感想や解説、考察を書いていきます!なお、ネタバレには注意してください。
目次
映画『名探偵コナン 純黒の悪夢』を観て学んだこと・感じたこと
・コナンの「シリアスな一面」を再認識
・アクションに重点を置いた作品は迫力満点!
・今後の展開がますます楽しみに!
映画『名探偵コナン 純黒の悪夢』の基本情報
公開日 | 2016年4月16日 |
監督 | 静野孔文 |
脚本 | 櫻井武晴 |
出演者 | 江戸川コナン(高山みなみ) 赤井秀一(池田秀一) 安室透(古谷徹) 灰原哀(林原めぐみ) キュラソー(天海祐希) 風見裕也(飛田展男) |
映画『名探偵コナン 純黒の悪夢』のあらすじ・内容
公安警察やFBIの目を掻い潜り暗躍する謎の一団「黒の組織」。ある夜、日本に潜入しているスパイと公安がカーチェイスを繰り広げていました。
両者ともに死力を尽くした逃亡劇は苛烈を極めましたが、FBIの赤井秀一が介入したことで事なきを得ます。
一方、新装された水族館へと訪れていたコナン一味は、怪我をして孤立無援の女性を助けました。彼女は記憶を失っており、自分の名前すらも話せない状態にありました。
しかし、灰原は彼女の外見が「黒の組織」の正体不明になっている幹部の特徴に似ていることを警戒します。
そして、この一部始終は「黒の組織」に所属しているベルモットに目撃されていました。謎の女、黒の組織、そしてコナン。彼らの物語は、やがて町中を巻き込んだ大騒動へと発展していくことになります。
映画『名探偵コナン 純黒の悪夢』のネタバレ感想
空前の大ヒットの秘訣は赤井や安室など人気キャラの登場が原因か
今作は公開から既に約3年の歳月が経過していますが、特筆すべきはまさしく記録的ともいえる興行収入でしょう。前作の『業火の向日葵』が累計約44億円の収入を稼いでいたのに対し、今作は約63億円という約20億円の増加を見せています。加えて、今作の後に公開された作品はさらに今作を上回る興行収入を記録しており、名実ともにコナンが国民的アニメ作品として定着したことを示しています。
この大ヒットに貢献したと考えられる点は、20周年にふさわしい作品に仕上げるべく今作に惜しみない資金や手間が投じられていることも大きいでしょう。例えば、これまではあくまで「スピンオフ」という側面が強かったコナンの劇場作品ですが、今作では黒の組織やFBI、CIAや公安警察といったシリーズの「暗部」を象徴する組織やキャラクターが勢ぞろいしています。
そのため、コナンや少年探偵団の活躍はやや抑えめに製作されており、その代わりに「純黒の悪夢(ナイトメア)」のサブタイトルにふさわしい、シリアスでスタイリッシュな作風が採用されています。これは、昨今の赤井秀一や安室透などにみられる「サブキャラ人気の加速」を反映したつくりになっていると考えられます。
コナンシリーズは当初少年向けに製作されていたことは間違いないですが、黒の組織やFBIといった組織のメンバーらのミステリアスな魅力が女性を中心に注目されはじめ、今では若い女性ファンもコナンシリーズを支える主要な客層に変化しています。
そのため、今作ではそうした層のリクエストに答える形でシリアスの成分が増やされたものと推測できます。ただ、この路線変更は、女性だけでなく結果的に今作を「子供と一緒に見に来た大人も楽しめる作品」へと変化させました。これは昨今の子供向け作品に顕著な傾向であり、「子供連れの大人をファン層として取り込む」ことを重視した作風が増えつつあります。そのため、「コナンはあくまで子供向け」と考えている方にこそ見ていただきたい作品となっています。
また、当然ながら純粋な一アニメ作品としても非常に高クオリティを誇っています。それは出演するキャストの実力や制作に投じられた資金、音楽やプロモーションなどの細部にわたる徹底した意識によく表れていると考えられます。筆者はよくアニメを視聴するほうですが、同じように慣れている方であれば、映画を観る前の情報からでも今作には「絶対にヒットさせよう」という気合が感じられるでしょう。
推理よりもアクション重視の内容に劇場版らしさが現れている
今作が20周年という事で異なるスタンスで制作されているというのは既に触れましたが、もう一つ決定的に異なる点が「アクション重視の作風」となっている点でしょう。元々コナンシリーズは「江戸川コナン」という名前が「江戸川乱歩」と「コナン・ドイル」から採用されていることからも分かるように、推理面を全面に押し出した作品でした。しかし、しだいに「推理」を果たしたのちの問題解決の過程で、アクションに巻き込まれる機会が増加し、そうした面を描くことも増えていきました。
今作はこれまで劇場版で中心的に描かれていた「推理要素」がかなり控えめになっている代わりに、「アクション要素」が質・量ともに充実しています。実際、作品冒頭で描かれるカーチェイスシーン、キュラソーを中心とした終盤の観覧車シーンなど、これまでの作品と比較してもその充実ぶりが理解できるでしょう。
そして、このアクション重視の内容はコナンファンの筆者としても大満足のものでした。確かに、小学生ながら優れた頭脳で問題を解決していくのがコナンの見どころではありますが、そうしたシーンは原作漫画やアニメで十二分に堪能することができるため、どうせ1年に1度の劇場版であれば何か「特別なもの」を見たいという気持ちにさせられます。
そうした我々の「特別」を求める気持ちに対して与えられた答えが「アクションシーン」なのではないでしょうか。特に今作のような大規模・大迫力のアクションシーンは、通常のアニメなどで再現するのは難しいという側面があります。やはり、作画や演出に必要な手間も予算も段違いですし、その予算に見合っただけの収益も考えなければなりません。そうすると、必然的に劇場版がアクション性を発揮する最適な場面になるのです。
そして、筆者が高評価を下した今作の路線変更は、他の一般ファン層にも概ね好意的に受け入れられているようです。それは興行収入や各種レビューサイトにおける高評価によく表れています。
また、今作より後に公開された劇場版は今作同様に「アクション」重視の内容に仕上げられており、製作陣としてもその出来と評判に自信を得たと考えることができるでしょう。そして、今作で一気に爆増した売り上げも2019年現在まで右肩上がりの推移を示しており、今作の出来は「コナン新時代」の幕開けを感じさせるものとなっています。
【解説】今後の展開を大きく左右する内容が満載
通常、大人気かつ原作が存在するアニメの劇場版は「スピンオフ」としての面が強調されることが多く、良くも悪くも原作の内容に影響を与えないように製作されることが多いです。分かりやすく言えば、「劇場版が存在してもしなくてもストーリーが成立する」という展開のことを指します。それは、劇場オリジナルキャラクターと敵役を出現させ、両者を同時に作中で「退場」させることでその映画内だけの独立した話を作成する、という描かれ方によって表現されることがほとんどです。
実際、これまでのコナンシリーズにもそうした側面がなかったとは言い切れません。この手法は「原作が完結していない作品をオリジナルストーリーで劇場化する」ということを求められた際には極めて「安パイ」な手法であり、コナンシリーズだけが採用していたわけではありません。
しかし、そうした手法は往々にして「無味乾燥」な作品を生み出すことにもつながってしまいました。製作陣からしても、2時間少々という尺でオリジナルキャラクターの出現から退場までを完結させるのは難易度の高い行為です。それも無難に遂行するために、キャラクターを記号的な説明でアッサリと描いてしまうことが少なくありません。
では、今作におけるそうした欠点はどのように克服されていたのでしょうか。今作では、上記のような「安パイ」に頼るのではなく、映画の内容が視聴者の原作理解に大きく関与するように仕上げられています。例えば、原作ファンの間でかねてから話題に上っていた「黒の組織」のナンバー2「ラム」の存在に関する新たな事実が判明したことや、原作でも謎が多い組織を数多く登場させたことから読み取れます。
つまり、今作は劇場版と原作を「切り離す」のではなく、「連続した物語」として描き出しているところに大きな特徴があります。そのため、原作やアニメだけでは描き切れていない既存キャラの魅力に焦点が当てられている作品であり、コナンファンであればファンであるほど楽しめる作品といえるでしょう。
充実したアクションシーンで家族連れや少年たちといったライトファンの心をつかみ、大人向けのシリアスシーンや新たな設定の公開で社会人やファンをも飽きさせない出来に仕上がっている今作は、真の意味で「万人向け」の作品といえます。大ヒットの裏には、こうした要素も確実に関与しているでしょう。
【解説】天海祐希が演じる「キュラソー」と謎の女「ラム」の関係
そもそも、コナンシリーズにはまだ未解決の謎が数多く存在することを皆さんはご存知でしょうか。そのうち、代表的な謎としてしばしば語られるのが「黒の組織」に関するものです。名前の通り組織に関する詳細は多くが謎に包まれており、その中でもボスとして知られる「あの方」と、組織のNo.2である「ラム」という人物については、作中で度々言及こそされるもののその正体が一切不明という状態でした。
しかし、今作ではこの「ラム」という人物に関する具体的な言及がなされています。まず、それまで明かされていた素性については、「組織に大きな影響力をもつ人物である」「ボスの側近として暗躍している」「眼になんらかの外的特徴がある」ということくらいでした。そのため、年齢や性別など、ほとんどのことが明かされていません。
そして、今作では灰原が「ラムと思しき人物」を発見します。彼女はコナン同様に子供にされている黒の組織の裏切り者「シェリー」であるため、こうした噂にも鋭どかったのでしょう。しかし、灰原が警戒した女性は「ラム」本人ではなく、「ラム」の側近として仕えていた「キュラソー」という人物であったことが発覚します。彼女は記憶能力に優れた工作員でしたが、最終的には作中で組織を裏切り死亡することになりました。
今作では残念ながらラムの正体が露見することはありませんでしたが、彼(または彼女?)に関するいくつかの側面が描き出されていることには注目すべきです。例えば、組織によって処分されかけたキュラソーをスカウトし右腕として従えていた点。これはラムの組織における強大な権力を象徴しています。たとえ組織にとって好ましい影響を与えない人物であっても、ラムの一存で命を保証されることからもその力が理解できるでしょう。
また、今作が本格的な劇場版初登場となったキールやバーボンといった潜入スパイに対する対応から、ラムが慎重な性格をしていることもわかります。実際、作中でスパイ活動が露見した彼らは処刑の対象とされましたが、コナンや赤井の活動によって一命をとりとめるというシーンがありました。この疑いは作中で晴らされるのですが、ラムはジンに命じて彼らの調査を続けさせることを示唆しています。
これらの点から、ラムが強大な権力を有しながらも慎重な性格をしており、それが表向きに正体の露見しない大きな理由であると考えられるでしょう。
【考察】20年目の方針転換に踏み切った理由とは?
ここまで書いてきたように、2019年現在から考えると今作を皮切りにコナンシリーズは新たな局面を迎えることになったといえます。それは内容の面から見ても売り上げの面から見てもそう指摘ができると考えますが、このような変化が生じた原因とは何だったのでしょうか。
まず、先ほども触れたように「少年から家族連れへ」という需要の拡大に成功したのが好影響を与えたのでしょう。もちろんコナンや少年探偵団の活躍も残すことで少年の心は以前と同様につかみつつ、黒の組織をはじめとする「ミステリアス」な要素や大迫力のアクションシーンが、ある局面は母親に、そしてある局面は父親にも波及したのでしょう。そうでもなければ、かねてからの人気シリーズが一挙に20億円もの売り上げ増加に成功した理由が説明できません。
また、アクションを重視したことにより「マンネリ化」の打破にもつながることになりました。確かに、コナンの推理シーンは本格派ミステリ小説に引けを取らないほど完成度の高いものもあります。
しかし、流石に20年以上連載を続けている関係上、どうしてもマンネリと戦うことを強いられている印象があります。特に、比較的話を広げやすい原作とは異なり、劇場版作品にはかなりの制約が付きまとうことは先にも説明したとおりです。
そこで思い切ってアクション重視の作風へと舵を切ったことにより、既存のファンにも新たな一面を見せることに成功しています。実際、2019年に公開中の最新作『紺青の拳』においてもこの路線は踏襲され、さらに来年度公開予定の映画においても赤井秀一の出演がほぼ確定していることなどから、製作陣やファンのどちらも一定の満足度を示しているのでしょう。
このように、まさしく2019年現在の絶頂期を作り上げる大きなきっかけとなった今作ですが、今後のコナンシリーズは非常に難しい舵取りを迫られることになるのではないかと筆者は感じています。
その理由は「コナンが売れすぎている」ためです。『紺青の拳』はGWの間終始日本映画のトップに君臨し続け、既に75億円を超える爆発的な売り上げを記録しています。もちろん売り上げが上がるに越したことはないのですが、最新作までクオリティも高く売り上げ的にも右肩上がりを続けている現状は、製作陣にとって相当なプレッシャーになっているでしょう。
また、ファンの期待値も高止まりしている印象があります。果たして、上がり続けるハードルをどこまでクリアしていくことができるのか。今後の展開に注目です。
(Written by とーじん)