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映画『グラン・トリノ』ネタバレ感想・解説・考察!名監督の技術とアメリカへの願いを感じる一本

映画「グラン・トリノ」のあらすじ・内容

映画『グラン・トリノ』はクリント・イーストウッド監督によるドラマ映画です。未来のアメリカへ願いを託すかのような、珠玉の一本でした。

今回はそんな『グラン・トリノ』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!

映画「グラン・トリノ」を観て学んだ事・感じた事

・合衆国らしさが無駄なく詰まってる
・一見地味だけど愛の詰まったラストシーンは必見
・きっと歳を取るほど面白い一本

映画「グラン・トリノ」の作品情報

公開日2008年
監督クリント・イーストウッド
脚本ニック・シェンク
出演者クリント・イーストウッド(ウォルト・コワルスキー)
ビー・ヴァン(タオ・ロー)
アーニー・ハー(スー・ロー)
クリストファー・カーリー(ヤノビッチ神父)
ドゥア・モーア(スパイダー)

映画「グラン・トリノ」のあらすじ・内容

映画「グラン・トリノ」のあらすじ・内容

主人公ウォルトは頑固な白人高齢者です。妻を亡くして独り身となり、近所に移民ばかりが越してくるようになってもなお、荒れ果てた都市・デトロイトに住み続けています。

彼は差別主義者でしたが、ある日意地の悪い行動をしたことで、結果的にお隣のラオス系移民を助けてしまいます。

翌日からお隣とその親族に深く感謝されるようになり、彼らとの心の交流が始まっていきます。

映画「グラン・トリノ」のネタバレ感想

アメリカ人の生き様を描いたヒューマンドラマ

アメリカ人の生き様を描いたヒューマンドラマ(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

『グラン・トリノ』は視聴者が若ければ若いほど、地味だとしか思えない映画だと思います。キャストは監督兼主人公を務めるクリント・イーストウッドを除いて有名人はおらず(せいぜい監督の長男であるスコット・イーストウッドが数分出るくらい)、美男美女も出てきません。息を呑むようなアクションも、身がすくむようなホラーもありません。その上洋画ということもあって、十代のうちに観たところで退屈してしまうかもしれません。

しかし本作は「人種を超えた心の交流」としても、「年配物からのメッセージ」としても一級品です。どちらも決して派手ではありませんが、じんわりと染み渡る味わいがあり、無名の俳優陣も過剰に物語を彩ることなく、ごく自然なアメリカの姿を描き出しています。本作はそんな淡い色の名作として覚えておきたい映画です。大人になったとき、あるいは大人としての生き方に迷ったときに思い出したい作品という位置づけにある映画だと思います。

なお、少年ジャンプの人気作品『僕のヒーローアカデミア』の中で、No.1ヒーロー・オールマイトの師匠として登場する人物もグラントリノという名前ですが、本作との関連は不明です。個人的には、主人公の年齢以外に共通点はない気がします。

王道だけど飽きの来ないストーリー

王道だけど飽きの来ないストーリー(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

ハッキリ言って、本作に意外性というものはありません。設定やあらすじから予想できる通りに物語が進んでいくと言い切って問題ないと思います。男同士での会話しか知らない古い考えのおやじが、異民族との交流で優しさを再発見する……という大筋には、決して新しさがなく、凡庸な監督なら見向きもされない作品を作って終わりになることでしょう。

しかし、それでも作品として面白くするのが、イーストウッドのスゴいところです。妙な変化球に頼ることなく、直球勝負でストライクを奪っていくのは、やはりベテランだからこその技を感じさせます。身近に思えるキャラクター配置と、銃の使い方によるところが大きいでしょうか?暴力的すぎず、かといって緊張感に欠けるものでもない、合衆国でもトップクラスに治安の悪い街・デトロイトの描き方が効果的な印象です。

感覚的には、ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』にも近いものがあると思います。王道のヒューマンドラマで、おじいちゃんが主人公という点でも共通しています。本作かどちらかが好きな人であれば、もう片方も気に入るのではないでしょうか。

チンピラの振る舞いが妙にリアル

チンピラの振る舞いが妙にリアル(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

本作には明確な悪役として、お隣と同じラオス系移民のチンピラたちが配置されています。これがまた「日本にもこういうヤンキーいるよね」という現実的な小物感をもって、物語にアクセントを出しています。

チンピラたちは常に仲間とつるんでおり、ちょっかいを出す相手は常に自分たちよりも少人数です。しかも手を出したのは結局老人か若者だけであり、単なる弱い者いじめにしか見えません。イキがっていながら非常に卑劣という点で、本当にどこにでもいる小悪党そのものなのです。

マーベル作品に出るようなスーパー・ヴィランやシスの暗黒卿のような、悪としての孤高の威圧感などは一切ありません。ついでに他のラオス系移民と違い、中途半端にアメリカ的な服装を取り入れているあたりもまた、小物臭さを強くしています。

だからこそ、『グラン・トリノ』の展開に説得力が出ているのは間違いないでしょう。ダース・ベイダーのような恐ろしい敵は魅力的ですが、現実的にはあのような人物が部下に反乱されず、帝国の指揮をとれるはずはありません(一般人にフォースは使えませんからね!)。市民を脅かす存在としてリアリティがあるからこそ、周囲の人物の苦しみが身近なものに感じられます。これも地味ではありますが、よくできているポイントです。

以下からネタバレありです!

【ネタバレ】地味ながら計算高いラスト

【ネタバレ】地味ながら計算高いラスト(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

チンピラたちは中盤、主人公が仲良くしていたお隣の息子・タオに対してまたも集団でちょっかいをかけ、仕事道具を壊した上にタバコで根性焼きを入れます。その卑劣さに怒った主人公はチンピラの一人を殴って二度とやらないよう脅しつけますが、チンピラたちは逆上します。そして、タオの姉スーを凌辱した上、タオの家に銃を乱射します。

この後に迎える結末が、非常に高い評価を受けています。国籍や人種を超えた絆を題材にした物語は他にもありますが、『グラン・トリノ』を名作たらしめているのはこのラストシーンと、そこへの運び方にあると言っていいでしょう。

とはいえぼんやりと観ているだけでは、ただ「主人公がチンピラに撃たれて死んだだけじゃん」と思いかねないような、アクションに乏しい地味なものでもあります。主人公の最後の選択の尊さを理解するには、段階を踏んで彼の言動を解釈しておくべきでしょう。

 

まずは主人公の来歴を振り返ってみましょう。彼は若い頃、合衆国陸軍第一騎兵師団の一員として朝鮮戦争(1950-1953)へと出兵されました。史実上でも、宣戦布告もないままいきなり韓国へ奇襲をしかけた北朝鮮を侵略者とみなし、国連安保理が各国に軍事支援を求めています。その一環で、第一騎兵師団も1950年から派遣されたようです。

そのうち主人公にとって最も辛い記憶は、1952年のものでした。敵(北朝鮮側)の機銃陣地を潰しに行く作戦があり、結果として彼はすべての同胞を失いました。生還したのは彼一人だったのです。

かといって作戦が完全に失敗したわけではないようで、彼も人を殺したと発言しています。ただし相手は少年兵で、しかも降伏しかけていましたが銃で撃ち殺したといいます。この出来事が、彼の心の中にずっと残っていました。最悪の気分を催しながらも、毎日思い出していたようで、彼の友人であるタオに同じ体験をさせるまいと考えていたことは間違いありません。

とはいえ、それだけが理由であの結末が導かれたわけではないでしょう。ウォルトには、中盤で一度見せたように「敵に対して一人だけで立ち向かう」という選択肢もありました。その時のように殴って終わりにするのではなく、命を奪うまで徹底的にやってもよかったはずです。しかし最期には、それをしませんでした。あえて自分の命を投げ出す選択をした背景には、まだ他の事情があるはずです。

では、それはどんな事情でしょうか?一つには、本当は殺してしまいたいほどのチンピラたちへの復讐心があったのだと思います。推測の域を出ない説ではありますが、ウォルトにとって、朝鮮戦争で降参しかけていた相手を射殺した辛い記憶を抱えて半世紀悩み続けたことは、ただ死ぬより辛いことだったのではないでしょうか。そしてその記憶を自ら再現することで、チンピラたちに同じ苦しみを味あわせたようにも思えます。戦争中だったという大義名分もなく、丸腰の老人に数人がかりで銃を乱射したと捉えると、さらに重い罰になりえるかもしれません。

 

もう一つには、主人公を気にかけていた聖職者、ヤノビッチ神父のことが考えられます。初めからあまり友好的な態度をとってはいませんでしたが、後半の口ぶりからするとウォルトなりに気にかけていたように見えます。

前半の彼は神学校のマニュアル通りに赦し(forgiveness)を説くような青年でしたが、実際にチンピラの悪行を知ってからは「私がタオならば復讐します」などとまるで正反対のことを言っています。もちろんキリスト教の精神とは真逆の考えであり、神父が言っていいことではありません。これでもしウォルトが暴力に訴えてしまえば、ヤノビッチは聖職者として引き返せないほどに堕落してしまってもおかしくないでしょう。ウォルトが最後まで敬虔な様子を見せなかったことからしても、やはり個人として神父を気遣おうとしていたのではないでしょうか。

これらすべての事情を踏まえると、「丸腰の状態で自分をチンピラに撃ち殺させる」という決断はすべてが丸く収まるものなのだと理解できます。もちろん、収まると言っても主人公の命は犠牲となりますし、並大抵の人間ができることではありません。戦場で死んだわけでも、信仰を叫んで死んだわけでもないために、殉職・殉教といった栄誉の肩書きだってありません。それでも彼に関わった個人個人のために最良の選択をとった……これがカッコよくなくて何がカッコいいというのでしょうか!

【考察】車にこめられた意味を分析!

【考察】車にこめられた意味を分析!(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

映画のタイトルにもなった車、グラン・トリノ。プロモーションでは主人公とともに本作の「顔」となりましたが、実のところはこれといって活躍しませんでした。

それもそのはず、結局のところ主人公が乗車することは一度もなかったのです。動いていたのは、エンディングのわずか二回(チンピラの根城に向かうときと、エンドロール)のみでした。それ以外はずっとガレージに置きっぱなしになっているか、たまに洗車されるくらいです。

 

また、劇中では誰もが羨む名車ということになっていますが、実際のクラシックカーとしては微妙な値段だったりします。まったく同じモデルの車(1972年製 Ford Gran Torino)の値段を軽く調べてみたところ、状態によって安くて10,000ドル未満、高くても50,000ドルには届かない程度で落札されているのが確認できました。

決して安くはありませんが、どうにも「いくつかオプションをつけた新車のプリウス」程度の値段という印象です。100,000ドル出しても買えないような、もっとずっと高いクラシックカーはたくさんありますから、登場人物らの反応はなんとも過剰気味です。となれば、現実の価格を超えたなんらかの文学的な意味合いが、1972年製 Ford Gran Torinoに託されていると考えることができそうです。

まずは製造業者から考えましょう。 Ford Gran Torinoを作ったのは、名前通りフォード・モーター・カンパニーです。誰もが羨む高級車を生み出すメーカーといえばロールス・ロイスやフェラーリ、BMWなどがありますが、フォードは黎明期から基本的に大衆向けの製品を作っています。

規格化や流れ作業を取り入れ、1913年には世界初のベルトコンベア式組み立てラインを導入することで、商品価格を抑えながら大量生産を可能にしました。それにより大成功し、一時は全米の自動車の半分がフォード車(T型)になったこともありました。そのため歴史的に見ても、フォード車は羨ましがられるというより、むしろ当然のようにみんなが乗っている車ということになります。同時に、一台一台による利益は少なくても、大量に販売することで巨額の富を築き、アメリカの発展を支えたとも言えます。

なおフォードは、本作の舞台となったデトロイト市内で創業されてもいます。関連性が疑われますが、これは映画として考慮されているわけではないと考えています。自動車産業のビッグ3であるゼネラルモーターズやクライスラーもデトロイトには縁がありますし、それ以上に、合衆国内の高級ブランドであるキャデラックもデトロイトで生まれているからです。「誰もが羨む」という物語上の役割に整合性をもたせるならキャデラックの方が適しているということを加味すると、なおさら関連がないと思われます。

 

1972年製ということにも何か意味がありそうです。額面的に考えれば、もっと古い車の方が価値があるものですからね。自動車製造業にとっての70年代前半というと、ちょうど日本車が世界各国で売れ出したころと重なります。

これは相対的に、欧米製の車のシェアが減ったということを意味します。やられっぱなしだったわけではありませんが、やはりフォード等の欧米各社は打撃を受けました。映画の舞台となった都市デトロイトも、(2017年の映画『デトロイト』で描かれた)60年代後半の暴動の追い打ちを受ける形で、どんどん衰退していきます。衰退の末、本作にあったように白人はどんどん減り、黒人や移民が増えていきました。言い換えると、1972年というのは「米国の自動車産業が輝いていた時代の終わり」ということになると考えられます。

これらの事情をまとめると、本作のグラン・トリノは「輝いていたころの米国の魂の象徴」なのではないでしょうか。フェラーリやキャデラックほどの額面的価値はないものの、国の発展の原動力となったフォード社の製品であり、かつ日本車に苦戦を強いられる直前に造られた車だからです。実際の値段に反して米国人から羨ましがられていながら、主人公は一度も乗らず、ガレージに放置されているあたりもそれらしいです。今となっては影をひそめてしまった合衆国の輝きが、白人のおじいちゃんの中で隠れたままになっている、というのはイメージにそぐうものがあります。

そんな米国の魂が最後にどうなるかというと、安易に白人の親族へと相続されたりはせず、東洋系の隣人に譲渡されるのです。ラストシーンで、劇中一度も見せたことがないほど満足気にこの車を乗りこなしているタオを見ていると、アメリカの魂に対するイーストウッドの願いが感じ取れるような気がしてきます。これからのアメリカでは、白人に限らず移民たちにも幸せがあってほしい……なんて、考えすぎでしょうか?

【評価】名匠クリント・イーストウッドの精神を感じられる一本

【評価】名匠の精神を感じられる一本(C)2009 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

『グラン・トリノ』はイーストウッドでなければ完成できなかったであろう映画です。合衆国では日常的な設定、奇をてらわないストーリー、無名な俳優たちを用いていながらこれほどの作品を作り上げられたのは、やはり監督の技量ゆえでしょう。

有名監督がなぜ有名なのかを思い知らされる作品であると同時に、彼がアメリカに対してもつ願いを感じさせるものでもありました。すごい映画です。

(Written by 石田ライガ)

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