映画『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』は武田綾乃の小説を原作とするTVアニメ『響け!ユーフォニアム』の1期部分を再構成および一部シーンを追加した総集編にあたる作品です。
本作に関しては、2019年4月16日に公開された『劇場版響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ』という完結編の映画を観る前に、アニメ1期の復習をするには最適な総集編となっています。
限られた尺の中でいろいろな工夫を施されて生まれた作品ですが、個人的には劇場の音響を特に楽しみにしていた記憶があります。
今回はそんな『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』の個人的な感想や解説を書いていきます!なお、ネタバレには注意してください。
目次
映画『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』を観て学んだこと・感じたこと
・音響の素晴らしさは圧巻
・数々の名シーンがスクリーンで楽しめた
・初見の方には展開が駆け足気味かも…
映画『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』の基本情報
公開日 | 2016年4月23日 |
監督 | 石原立也 |
脚本 | 花田十輝 |
出演者 | 黄前久美子(黒沢ともよ) 加藤葉月(朝井彩加) 川島緑輝(豊田萌絵) 田中あすか(寿美菜子) 小笠原晴香(早見沙織) 中世古香織(茅原実里) |
映画『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』のあらすじ・内容
中学校の頃から吹奏楽部で音楽に親しんでいた黄前久美子は、全国レベルとはいかないものの自分なりに音楽と付き合っていました。
しかし、中学最後のコンクールで見た高坂麗奈の涙が、不思議なほどに強く印象付けられます。
時は流れて高校生になると、久美子は北宇治高校に入学後吹奏楽部に入部しました。かつては強豪として名が通っていた北宇治ですが、演奏のレベルはお世辞にも強豪校とは言い難いものでした。
しかし、新顧問として滝昇が着任すると状況が一変し、柔らかい物腰ながら半ばスパルタともいえる練習を強いられます。
始めは反発する部員たちですが、確実に上昇していく自分たちのレベルを目の当たりにし本気で全国を目指すようになっていきます。果たして、北宇治高校吹奏楽部は激戦コンクールを勝ち抜き全国の舞台へ進むことができるのでしょうか。
映画『劇場版響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』のネタバレ感想
【解説】初見の方は展開の早さについていけなかったかも…
今作はアニメ1期の総集編ということもあり、初見の方も多く視聴されたことかと思います。特に、2019年には「誓いのフィナーレ」という完全新作の続編が公開されているので、そこに向けた予習として鑑賞した方もいるかもしれません。
しかし、今作について一つだけ注釈を入れておくと「初見の方向けというよりはファン向けの映画」ということは間違いありません。論評冒頭から否定的な内容になってしまうのは心苦しいのですが、恐らく初見の方が今作を視聴しても「ユーフォ」シリーズの魅力を理解できないと思ったのであえて先に触れておきます。
もちろん、初見の方に向けた工夫がなされていないわけではありません。実際、映画冒頭の数十分は世界観を理解できるよう設定紹介に多くの時間を割いていますし、その部分の作りも丁寧になされています。
それでも2時間弱の尺で導入を含めたアニメ1クールをまとめ、さらに映画単体として起承転結を用意するのは少し厳しかったかなという気がします。内容に大きな欠点があるわけではないのですが、「何とかしていろいろ詰め込もう」という脚本的な都合が見え隠れしてしまうシーンも少なくないため、特に序盤はやや説明的な内容に終始しており、逆に終盤はいやに駆け足になってしまうという構成上の限界は否めません。
初見の方が今作を見ると「よくできているシーンもあったが、世界観を理解できた頃には映画が終わっていた」ということになりかねません。そのため、今作からシリーズを見始めたという方は、出来る限りアニメシリーズに戻って既に放送された2クール分腰を据えて鑑賞されることをオススメします。映画1本を鑑賞するのに比べると時間を要するのは事実ですが、アニメ版の完成度は非常に高いので今作でキャラや世界観に魅力を感じた方は大部分が楽しめる作品に仕上がっています。
ところで、総集編ながら初心者向きではない今作に見どころがないのかというと、それは間違いであると断言できます。今作のターゲットは、むしろシリーズに親しんできたファンに向けられているといっても過言ではありません。筆者もファン目線で今作を鑑賞しましたが、アニメ版で親しんだキャラや名シーンが続々とスクリーンに映し出されることにテンションが上がりっぱなしであったことを記憶しています。
また、「1期は見たけどストーリーがうろ覚えだな…」というような、しばらく作品から離れていたライトなファンが作品の復習に使うのもいいと思います。アニメ版の大切なシーンは収録されていますし、一度鑑賞済みなら世界観も多少は覚えがあることでしょう。
名シーンの数々がスクリーンで再現されている
前の項でも述べましたが、今作の見どころは「アニメ版の名シーンが劇場で再現されている」という点でしょう。久美子が見かけた麗奈の涙やサンフェスの演奏シーン、府大会コンクールの麗奈ソロなど、アニメの時点で名シーンとして評価されていた場面の数々がスクリーンに映し出されます。公開当時、筆者はそれだけで劇場に足を運んだ価値があると思ったものです。
特に「ユーフォ」シリーズの特徴として「言葉以外の部分で感情を表現する」という技法が巧みに用いられているので、スクリーンで大写しにされるとそうした細かな工夫に気づきやすいという長所があります。例えば、今作に原則「モブキャラ」は存在しません。これは元々制作会社の京都アニメーションがしばしば行う戦略なのですが、男子Aや女子Bといったモブに頼らず、たったワンシーンやツーシーンの出番しかないキャラであってもしっかり設定を練りこんでいます。
そのため、設定などをよく理解していると、全くスポットライトが当たっていないキャラのうちに思わぬ「推しメン」が見つかることも。おそらく、ユーフォファンの多くは吹奏楽部員であまり注目されないキャラの中に好みをもっているのではないでしょうか。このあたりの丁寧な作りは、流石天下の京アニ作品といったところです。
ただ、今作を2019年現在以降に視聴する際の致命的な欠点としては「そもそも劇場公開期間が終了している」という点です。本項で取り上げた今作の長所は劇場で視聴することを前提としており、家でテレビ鑑賞すると魅力は半減してしまうというのが正直なところでしょう。
こればかりは今さらどうしようもないので対策を考えることは難しいですが、一つ言えるのは「ユーフォ」シリーズは劇場映えする作品なので、ぜひ公開期間中に鑑賞してほしいということです。正直アニメ映画は粗製乱造なところが否めないので、ファンも警戒心が強いジャンルといえます。それでも、今作のような「音楽系」のアニメは劇場で鑑賞するべきでしょう。
ちなみに、2019年5月現在は「誓いのフィナーレ」という新作が絶賛劇場公開中です。「まだ見ていない!」という方は、アニメシリーズでしっかり予習したうえで映画を劇場で楽しんでみてください。
【解説】音響や演奏者心理へのこだわりが素晴らしい
「ユーフォ」シリーズが高く評価されている理由の一つに、音楽アニメという題材を単なる「アイコン」として用いるのではなく、しっかりと音響や楽器演奏者の心理を再現している点が挙げられます。
昨今は「美少女×〇〇(何かしらのジャンル)」というアニメが流行しており、ジャンルの細分化が進んでいます。例えば、角川がリリースして大人気となった『艦隊これくしょん』や、サイゲームスの総力がつぎ込まれた『ウマ娘』などがその一例です。そのため、吹奏楽を舞台にアニメ作品を作ったという事自体はむしろ流行に乗っただけという側面もあります。
しかし、「ユーフォ」シリーズが特に優れている点は、高校の吹奏楽部を取り上げるにあたって避けられない諸問題から逃げない姿勢を取っていることです。例えば、各パートのエースを決めるオーディションなどがそれに該当します。普通のアニメであれば、いかにもアニメファンが好まなさそうな「年功序列」と「実力差」の問題にまで踏み込まれることはそうそうありません。それでも、今作はある意味「タブー視」されている現実的な問題に立ち向かっていきます。
実際、筆者は吹奏楽部ではなく軽音楽部の出身なのですが、楽器系の部活には必ず付きまとう問題であると感じます。運動系の部活と異なる点は「明確な結果として表れるか否か」であり、「良い演奏」という基準があいまいな分、概して文化系の部活のほうがドロドロの争いになりがちです。そのため、今作はそうした悩みをあえて採用し、タブーに踏み込むことで作品としての深みを増しています。
また、演奏者心理だけでなく演奏そのものへのこだわりも散見されます。筆者は吹奏楽にそれほど精通しているわけではありませんが、吹奏楽経験者からの評判は非常に高いです。実際、プロの音楽家も今作の出来を絶賛していたように記憶しています。
さらに、吹奏楽経験者のファンに言わせると「上手すぎず下手すぎない演奏のバランスが絶妙」らしいです。今作の演奏は洗足音楽大学が協力しているとクレジットされていますが、あえてプロの楽団を起用していないのは「リアルな高校生の演奏」を再現するための方策なのかもしれません。
【解説】美少女アニメの皮を被った「現代版スポ根アニメ」
スポ根アニメといえば、どうしても昭和に流行した作品を思い出してしまいます。古くは『巨人の星』や『タイガーマスク』などの作品から、近年でもそれに類する作品は少年たちの心を掴んで放しません。これらは文字通り「スポーツ」と「根性」が掛け合わされているのですが、その根本的な理念は「努力によって強くなり、敵を倒していく」というものです。
このスポ根にみられる根本理念は、個人的に「ユーフォ」シリーズにも該当する点があると思います。「スポーツじゃなくて吹奏楽アニメでは?」と突っ込まれそうな気もしますが、あくまで根本となる図式のことです。
今作の根本的な要素を整理すると、有能な顧問と天才少女が入部し、周りもそれに触発されて練習を重ね、最終的に府大会を突破し全国の舞台を経験します。こうして要素だけを抜き出していくと、弱小校を甲子園に導く野球もののアニメと根本的な要素に大きな違いがないことに気づくことになるでしょう。つまり、今作はキャラデザや世界観のみ美少女アニメで、作品の根幹を支えているのは「スポ根メソッド」であることがわかります。
さらに、今作は単なるテンプレのようなスポ根に終始するのではなく、そこに現代ならではのアレンジを加えています。その最たる例が、「持つ者」と「持たざる者」の描写です。実際、今作で中心的に描かれる高坂麗奈は、明らかに特別な存在として描かれています。一方、努力の跡こそ散見されるものの、麗奈のように特別な存在になり切れないキャラも少なくありません。
このように「単に努力をするだけではない」という「越えられない壁」をしっかりと描き切っています。これが「現代版」というフレーズを用いた理由です。現実でも、努力だけではどうにもならないことが少なくありません。
先ほど野球を例に出したので再び例えてみると、今年引退したイチロー選手は練習の虫として知られています。しかし、彼が大成したのは練習の虫だからではなく、「特別な才能を持った人物が努力した結果」なのではないかと思います。
実際、我々が知らないだけでイチロー選手より練習していた名もなき野球選手は過去にもいたのではないでしょうか。彼の身体能力はやはり天性のものがあり、加えて怪我や事故など大きな災害に見舞われなかったことも大きいでしょう。
つまり、今作は努力ではどうにもならないものの存在を例示しており、これも作品の出来を大きく向上させている原因の一つと考えられます。
【解説】あえて今1期総集編を見る意味
2019年5月現在、「ユーフォ」シリーズはアニメが「誓いのフィナーレ」まで作成され、原作は「決意の最終楽章 前編」までが発売されています。そのため、既存のファンとしては麗奈や久美子がすっかり成長している姿が思い浮かびます。
しかし、こうして北宇治高校吹奏楽部の行く末を知った後にアニメ1期に相当する部分を鑑賞すると、初見の頃とはまた違った感慨にふけることができます。実際、筆者も記事執筆にあたって今作を再度見直してみましたが、昔とは異なる感想を抱きました。
例えば、1期の頃は達観した様子を見せつつもリーダーとして周囲を支えていたあすか。彼女については、アニメ2期に相当する部分で家庭問題により一時吹奏楽部を離れますが、久美子の説得もあって本当の姿を始めて晒します。そして、最終的には部活に戻って有終の美を飾り、我々を感動させてくれました。
そんなあすかも、1期時点では裏があることを匂わせつつも優秀な先輩として振舞っていました。筆者はもともと好きなタイプのキャラだったこともあって、1期の頃は「こういう先輩キャラ素晴らしい」ということを考えながら鑑賞していました。実際、あすかへの好感度は今でも変わっていませんが。
ところが、2期部分を見て飄々としているあすかの裏には彼女にそういう振舞いをさせるにふさわしい背景があったことを知ると、以前に鑑賞した時とは異なる印象をもちます。一見何事もそつなくこなし頼れる先輩として慕われていたあすかが、様々な困難に悩んでいることを知っている筆者としては、飄々としている彼女を見ると思わず涙がこぼれそうになります。「大変な思いをしていることは知っているぞ」というように、親心を感じるような目線で物語を再度味わうことができます。
このように、作品が先の展開をみせている今だからこそ、初見で楽しむのとは全く異なる見方をすることができます。これは今作に親しんでいれば親しんでいるほど感動の度合いが深いと思うので、「誓いのフィナーレ」を鑑賞した後に今作に戻って見てみても面白いかもしれません。
「誓いのフィナーレ」では2年生が全国に進めず引退していくことになりますが、今作を改めて鑑賞してみると当時の3年生と何が違うのかが見えてくるかもしれませんね。
(Written by とーじん)