映画『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』は、ロボット×歌姫という異色の組み合わせで人気を博したマクロスシリーズの最新作『マクロスΔ』のTVアニメ版を劇場版に再構成した作品です。
この作品は、俗にいうところの「総集編」作品に該当します。そのため、完全新作の劇場版という訳ではないのですが、ストーリーや台詞、場面などがテンポよく再構成されており、TVアニメ版の弱点を補強するような優れた改編がいくつか見られるという特徴があります。
今回はそんな『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』の個人的な感想や解説、考察を書いていきます!なお、ネタバレには注意してください。
目次
映画『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』を観て学んだこと・感じたこと
・既出の作品だが、いくつかの改変を施すことで作品の質が向上した
・歌手グループ「ワルキューレ」のすばらしさを再確認
・完全新作劇場版への期待感が増した
映画『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』の基本情報
公開日 | 2018年2月9日 |
監督 | 河森正治 |
脚本 | 根元歳三 河森正治 |
出演者 | ハヤテ(内田雄馬) フレイア(鈴木みのり) ミラージュ(瀬戸麻沙美) 美雲(小清水亜美) カナメ(安野希世乃) |
映画『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』のあらすじ・内容
21世紀、人類は凶暴化してしまう正体不明の病「ヴァ—ルシンドローム」に悩まされていました。
そんな銀河辺境の地で、奇病への対抗要素として組織されたのが戦術音楽ユニット「ヴァルキューレ」です。ワルキューレは「ヴァ—ルシンドローム」の症状を歌で癒すことを目的に、銀河各地でライブ活動に勤しんでいました。
そのワルキューレを護衛すべく組織されたのが、バルキリーによって構成された部隊「Δ小隊」。Δ小隊に所属していた新人パイロットのハヤテは、戦いの最中にワルキューレのメンバー以外からの生体反応を感知します。
同僚のミラージュの静止も聞かず飛び出していったハヤテは、そこでワルキューレに加入することを夢見る少女フレイアと出会います。
この出来事をきっかけに、戦闘×歌×三角関係と、マクロスを象徴する三要素が揃い踏みの銀河物語が幕を開けます…。
映画『劇場版マクロスΔ|激情のワルキューレ』のネタバレ感想
スタッフやキャストともにTVアニメ版からそのまま継続
今作はTVアニメ版の再構築という位置づけでもあり、基本的にキャスト・スタッフはTVアニメ版からそのまま継続となっています。舞台や世界観にも大きな変更はなく、作品の都合上ストーリーの大枠もTVアニメ版とほぼ同一になっています。そのため、スタッフやキャストに変更がないのも当然といえるでしょう。
ただ、後ほども触れていきますがすべてが同一で単なる総集編という作りではなく、一部台詞やシーンは再度製作しなおされており、TVアニメ版をわずか2時間に再構成したためにカットも多用されています。そのため、全体的な描写にもいくつかの変更点があり、特にマクロスシリーズの根幹でもある三角関係の要素は大きく変更があります。
そして、本作の改変はこれだけにとどまらず、タイトルにもあるように戦略音楽ユニット「ワルキューレ」を物語の基軸に添える形で展開が再構成されています。これも後ほど触れますが、ワルキューレはマクロスΔといういちアニメのために生み出された単なる作中音楽ユニットという枠を飛び越えて、独立したいち音楽ユニットとしても非常に高く評価されています。筆者もワルキューレのファーストライブには参戦しましたが、クオリティの高さはとても企画もののユニットとは思えませんでした。もちろん、ワルキューレのリリースされた音源は全て手元に揃えています。
もちろん、こうしてワルキューレに魅了されているのは私だけではないようです。何よりその証拠が、本作をワルキューレ中心に再構成したという点でしょう。やはりワルキューレの人気に手ごたえがあるからこそ、彼女たちを中心とした物語に再構成したのではないかと思います。
また、一部報道でも既出ですが、『マクロスΔ』の完全新作劇場版の公開も決まっているようで、そこに向けてつながりの良い形になするべく再構成されている点も多いと考えます。そのため、既にTVアニメ版を全て見てしまったという方も、おさらいの意味を込めて再度劇場版を視聴してみるのもよいかもしれません。
ワルキューレの奏でる音楽は流石の一言!新曲もありました
TVアニメ版から既に高い評価を獲得しており、ライブにおいても抜群のパフォーマンスを見せていたワルキューレの音楽は、本作でも抜群のクオリティを維持していました。これまでに使用されたトラックのほかに新曲も3曲採用されており、単なる総集編ではなく新たな楽曲のお披露目もなされています。
また、TVアニメ版と同様のシーンでも流されるトラックが変更されているという演出の変更もありました。「Absolute 5」が意図的に何度も流されていたほか、特に新曲の「ワルキューレは裏切らない」は新規追加曲ながら作品の雰囲気に合っていました。
さらに、これはTVアニメ版と共通ですが、劇中歌として挿入される場合にはCDに収録されるバージョンとは異なった歌い分けやアレンジがなされていることがほとんどです。それゆえ、実際にワルキューレがその場で歌い上げているような臨場感が得られ、CD音源を聞くのとはまた違った印象を抱きます。
昨今は劇中で音楽ユニットを組むというアニメも珍しくなくなりましたが、ワルキューレの場合は、ユニット単体でも積極的に活動できるレベルの音楽クオリティを誇っているという点で特異な存在となっています。それでいてアニメ発のユニットという属性を最大限に生かし、作品の雰囲気にピッタリと合った楽曲を歌い上げているという点が素晴らしいです。
後述するようにマクロススタッフの「歌」へのこだわりは並々ならないものがあるため、いくつもの工夫がなされています。エースボーカルである美雲にはJUNNAを歌唱担当にさせ、田舎からやってきた歌手を夢見る少女という設定のフレイアには同じくマクロスΔがデビュー作となる鈴木みのりを起用するなど、キャラクターとキャストがシンクロできるように配役も考慮されています。
【解説】TVアニメ版にあった冗長さがかなり改善されている
TVアニメ版の『マクロスΔ』は、ワルキューレのブレイクも相まってかなり注目のアニメとなっていました。実際に、第一話で彼女たちの代表曲「いけないボーダーライン」が流れるシーンなどはかなり完成度が高く、序盤から中盤にかけては「神アニメ」の到来を予感させてくれるクオリティを誇っていました。
しかしながら、物語の中盤以降は展開がやや冗長になってしまい、序盤にあった勢いがやや失われているようにも感じました。特に2クール目に相当する13話以降はその傾向が顕著で、キャラクターの行動や言動に納得ができない場面も少なくなかったです。また、物語の肝ともいえる最終決戦もやや駆け足気味に消化されてしまい、物語全体としても消化不良感が否めませんでした。
このように、優れた点も数多くあった一方でストーリー構成上の問題がいくつか散見されたTVアニメ版でしたが、これらの点は劇場版でかなり改善されています。まず、約2時間という短い尺の中で、ストーリーの重点を2クール目に該当する後半部分に置いていることで消化不良感の改善がなされています。その代わりに1クール目に該当する部分はかなり高速で消化されていましたが、演出不足感を感じるどころかかえってテンポがよく感じられました。
また、先ほども述べたようにストーリーはワルキューレを中心とした形に再構成されており、フレイアとハヤテ、ミラージュの三角関係描写がかなり控えめになっていたことも特徴の一つです。マクロスシリーズの醍醐味ともいえる三角関係を削ってきたというのは、かなり思い切った決断だったと感じました。
ただし、TVアニメ版を見ていて感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、本作の三角関係描写はこれまでのマクロスシリーズに比べると、やや弱いところがあるのも否めませんでした。最終的にハヤテと結ばれるのはフレイアなのですが、もう一人のヒロインであるミラージュの魅力はやや視聴者に伝わりづらく、その上展開的に「かませ犬」のような扱いになってしまっていることも否めません。正直、フレイアが最後に選ばれるというのがあまりにも見え透いてしまっていたので、特に驚きもありませんでした。
そのため、いっそのこと三角関係を魅力的に描きなおすのではなく、要素そのものをカットしてしまうというのは良い判断だったのではないかと思います。もちろんその部分を魅力的になるよう構成しなおすというのもナシではなかったとは思いますが、限られた尺とストーリー上の制約を考えれば妥当な判断だったと感じました。
本作の魅力は「戦闘×歌」というように割り切って製作を進めていったのは、視聴者の求めているものをよく理解しているのではないかと思います。
【考察】なぜワルキューレはここまで人気を得たのか
TVアニメ放送時点から既に人気を確立していたワルキューレですが、その人気はとどまるところを知りません2018年には横浜アリーナでの公演を成功させ、今作もワルキューレ中心の物語に再構成されるなど、今後もますますの活躍が期待されています。
ただ、こうした劇中音楽ユニットは近年のトレンドでもあり、マクロスシリーズだけではなくさまざまなアニメ作品で取り入れられている形態でもあります。では、このように流行している劇中ユニットが多くいる中で、どうしてワルキューレがここまで商業的成功を収めることができたのか。その理由について考えてみます。
まず第一に言えるのが、マクロスシリーズは楽曲プロデュース経験が非常に豊富でかつ定評があるということです。初代の「超時空要塞マクロス」でリン・ミンメイの「愛・おぼえていますか」や「私の彼はパイロット」が流行したことから恒例となっていった歌姫の存在をはじめ、主題歌や劇中歌はどのシリーズでも高評価を得ていました。近年では、マクロスFシリーズの楽曲が非常に流行し、関連楽曲は現在でもアニソンランキングの上位に顔を出しています。
このようにマクロスシリーズは関連する楽曲を常にヒットさせてきました。さらに、毎回作曲を担当するスタッフが異なっているように、単純なヒットメーカーによるワンマン作業ではありません。作曲家の選出から作中における楽曲の聴かせ方、さらには楽曲のプロデュース方法に至るまで、こうした経験に裏打ちされたノウハウが蓄積されているからこそ今作でも魅力的な楽曲を生み出せているのです。
また、マクロスシリーズは「歌い手」へのこだわりが非常に強いことでも知られています。今作でも、ワルキューレのエースボーカル美雲・ギンヌメールのCVは小清水亜美が務めますが、歌唱部分は歌手のJUNNAが担当しています。このように歌唱部分のみ別の歌手が担当するという事は珍しくはありませんが、今回の場合は少し事情が異なります。
CVを担当する小清水亜美はソロ歌手としても楽曲をリリースしており、キャラソンなども数多く担当していて歌唱力には定評があります。そのため、通常であれば彼女をそのまま歌唱担当にしても大きな問題は出ないはずです。
しかしながら、それでもなお歌唱担当に代役を立てているというところに、歌への並々ならないこだわりを感じます。こうして代役に立てられたJUNNAはマクロスΔ公開当時まだ高校生でした。キャリア豊富な声優ではなくあえて新人歌手を起用したというのは、かなり勇気のいる決断でしょう。この決断は大当たりとなり、JUNNAのパフォーマンスはファンの間でも語り草となっています。
【考察】完全新作劇場版を製作する前に今作を製作した理由
ここまでの内容からもお分かりいただけると思いますが、新規カットや展開の再編集があったとはいえ今作がいわゆる「総集編もの」であるという事実は変わりません。その証拠に、一部報道では「完全新作劇場版」の製作が決定したという発表がありました。
そこでマクロスΔファンが疑問に感じるのは、「完全新作を作るなら今作は果たして必要なのか」という点ではないでしょうか。今作はTVアニメ版を再構成したという点ではいくつか改善された点はあるものの、あくまでマイナーチェンジに過ぎないからです。この点を考えるうえでは、アニメ映画特有の「総集編もの」の必要性と、マクロスΔ特有の理由の二つが重要になってきます。
まず、アニメ映画でTV放送がなされていたもののうち、完全新作ではなく総集編が映画化される確率はそれなりに高いです。特に深夜アニメの映画化ではこの傾向が強く、視聴者側も総集編なのか完全新作なのかを逐一確認する必要があるほどです。また、こうして総集編が多く映画化されるのには、極めて商業的な理由があります。
たいていの場合、TVアニメとして最低1クール程度の放送がなされ、そこでそれなりに人気を博した作品が映画化されます。そのため、素材として既に30分×1クール分のアニメが丸々残っており、さらにアニメとしての質もTV放送時に視聴者に受け入れられている高クオリティなものがほとんどです。
これらの素材を生かしてほんの少し新規要素を取り入れれば、それなりに観客動員が見込めるため、製作陣にとっては非常にコスパの良い製作形態という事になります。したがって、今作もそうした事情の上で製作されたのは間違いないでしょう。
さらに、もう一つマクロスΔならではの理由もあると考えています。それは、完全新作に向けてストーリーの方向性を整え、TVアニメを視聴していなかった層も取り入れたいという思惑があるように感じました。今作は通常の総集編と異なり、単なるダイジェスト形式ではなくいくつかの続編に向けた工夫がなされているというのはここまでに述べた通りです。
そして、それらの土台をしっかりと整えることで、従来のマクロスΔファン以外の層も獲得する狙いがあるように感じました。特に、ワルキューレの音楽に興味はあるがマクロスΔを視聴したことがないという層には効果てきめんでしょう。
先ほどから音楽ユニットとして独立した魅力を放っているという事は度々説明してきましたが、それゆえにアニメを知らないままワルキューレだけを知っているというファンが少なからず存在します。そうした層がとりあえずマクロスΔのおさらいをするにはこの映画は最適ですし、ワルキューレの新曲も聞くことができます。
今作は従来のファン層よりもかなりライトな、あるいは今作に触れたことがないようなファン層に最適な作品に仕上がっていると言えそうです。