2018年度アカデミー賞主演女優賞最有力と言われた映画「天才作家の妻 40年目の真実」のグレン・クローズ。惜しくも「女王陛下のお気に入り」に主演したオリヴィア・コールマンに奪われてしまいましたが、名演を披露した事には間違いありません。
ノーベル文学賞を受賞したある天才作家とそれを支える妻が40年にも渡って隠し続けた秘密、そして、それを取り巻く夫婦の不思議な関係性にとても惹かれてしまう映画です。
今回は映画「天才作家の妻 40年目の真実」の個人的な感想やネタバレ解説を書いていきます。
目次
映画「天才作家の妻 40年目の真実」を観て学んだ事・感じた事
・不思議な夫婦関係に潜む互いの複雑な感情が魅力的
・女性の社会進出を拒む時代の批評的な描写
・複雑な人物像を表現したグレン・クローズの演技力が素晴らしい
映画「天才作家の妻 40年目の真実」の作品情報
公開日 | 2018年8月17日(アメリカ) 2019年1月26日(日本) |
監督 | ビョルン・ルンゲ |
脚本 | ジェーン・アンダーソン |
出演者 | ジョーン・キャッスルマン(グレン・クローズ) ジョセフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス) ナサニエル・ボーン(クリスチャン・スレーター) デヴィット・キャッスルマン(マックス・アイアンズ) |
映画「天才作家の妻 40年目の真実」のあらすじ・内容
物語は1992年のアメリカを舞台に始まります。大物作家としての地位を築き上げてきたジョセフ・キャッスルマン。彼の元にノーベル文学賞受賞の一報が舞い込んできます。受賞の電話を聞いたジョセフと妻・ジョーンは喜びを分かち合い、受賞会場となるストックホルムへと向かいます。
ストックホルムへと向かう飛行機の中で、夫婦は記者のナサニエルと出会います。彼はジョセフの伝記を執筆することを目論んでおり、本人に許可を取ろうとするのですが、軽くあしらわれてしまいます。
授賞式を控える二人だったのですが、その直前、ナサニエルはジョーンを誘い一緒にお酒を飲みます。その中で、実はジョセフの作品はジョーンが代筆していたのではないかという情報を聞き出そうとします。ジョーンは否定するのですが、実はこれは事実でした。
劇中では、二人の過去もシーンとして挿入されているのですが、元々ジョーンは作家志望でした。大学に通う中で、当時教鞭を取っていたジョセフと不倫の末に結婚をします。
当時は、女流作家は本を出しても売れないという時代背景の中、ジョーンは作家になることを諦めてしまいます。しかし、ジョセフのゴーストライターとして、作品を書き続けることを決めたのです。
元々才能に満ち溢れていたジョーンの執筆によって、ジョセフの評判はみるみるうちに上がっていき、天才作家としての地位を築き上げていきます。その事実は二人だけの秘密だったのですが、ナサニエルの登場によって、その事実が明るみに出そうになってしまいます。
授賞式本番、ジョセフは受賞スピーチで妻への感謝を長々と語り、それに腹を立てたジョーンは会場を去ります。ホテルで二人は口論を繰り広げ、ついにジョーンは離婚を切り出します。そのタイミングでジョセフは心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまいました。
アメリカに戻る飛行機の中で、ジョーンはナサニエルに、ゴーストライターの件を否定し、もし記事に書いたら訴えると告げます。一方で、息子には家に帰ったらすべてを打ち明けると話しました。
物語のラスト、ジョーンの手元には手帳が開かれており、そこには彼女が執筆している文章が映し出され、幕を閉じます。
映画「天才作家の妻 40年目の真実」のネタバレ感想
映画「天才作家の妻 40年目の真実」は、ノーベル文学賞を受賞した天才作家の妻が実はゴーストライターをやっていたという衝撃的な事実が物語の根幹となっているのですが、そのサスペンス要素だけではなく、当時の社会であったり、夫婦の互いの感情や関係性の描き方など、さまざまな方向性から魅力を感じられる作品となっています。
ここでは、映画「天才作家の妻 40年目の真実」の感想をさまざまな項目に分けて書いていきます。
【解説】時代背景を考えながら物語を観ていく
まずは、映画「天才作家の妻 40年目の真実」の舞台となっている時代背景から考えていきましょう。
この作品で描かれているのは、ジョセフとジョーンが歩んできた時代が背景となっています。具体的には1960年代から1990年代ぐらいまでです。ノーベル文学賞を受賞した1992年から遡って、ジョーンが学生だった1960年代では、まだまだ女性の社会進出は夢のまた夢のような状態でした。
それは作家であっても例外ではありませんでした。作家であっても「女性という理由だけで売れない」という時代でもあり、出版社も男性の作家を求める流れにありました。ジョーンは作家志望の学生だったのですが、その現実をなんども目の当たりにします。
シーンとしては、ある女性作家が大学の講義に訪れた際、ジョーンが作家志望であることを伝えると、やめたほうがいいと言われてしまいます。
その作家は本棚にあった自分の著書をジョーンに渡し、表紙を開かせます。そうすると、その本が初めて開かれる音が響きます。いかに才能があっても女性作家の本は読まれないという時代が表現されています。
しかし、ジョーンも引き下がりません。作家は売れなくても書き続けることに意味があると訴えるのですが、その女性作家は書いても読まれなければ意味がないと現実的な反論をします。
また、そういったシーンは他でも描かれています。出版社のお茶汲みをしていたジョーンでしたが、そこで繰り広げられていた会話は、女性作家に対する酷評でした。そして、求めているのが男性作家であることでした。
そこでちょうど男性のユダヤ人作家を求めているという話を聞きつけ、ジョセフを推薦します。
ジョセフは物語の着想には優れていたのですが、人物描写や表現の才能はありませんでした。ジョーンは逆に、表現力に優れた才能を持っており、夫婦となった二人は、ジョセフの作品をジョーンがリライトするという形で作品を仕上げていきます。
その作品が評価され、出版にこぎつけます。その後、ジョーンはジョセフのゴーストライターとして小説を書き続けていきます。
時代背景が二人をそうさせた不思議な関係でもあります。才能豊かなジョーンという女性作家が、男性作家のジョセフという器を使って、作品を世に送り出していきます。
評判は次第に高まっていき、ついにはノーベル文学賞にまで上り詰めていくという流れになっていきます。
映画「天才作家の妻 40年目の真実」のキーの1つは、この時代背景に対する批評性にあります。最近では、女性も当たり前のように働く時代になりましたが、当時は評価されることすらなかったという時代が描かれています。
そんな時代の中で、二人の男女が互いを埋め合うかのような選択をしていきます。そこには、強かさもありながら、同時に複雑な人間模様が描かれています。
【解説】複雑な夫婦間の関係性について
この作品を紐解く上で欠かすことができないのが、夫婦の関係性です。作家とゴーストライターという歪な関係性もさることながら、バランスが絶妙で、かつ夫婦としての絆さえ垣間見えます。
40年以上このような関係を継続していく中で、互いに複雑な感情があったことは間違いありません。
ジョーンとしてみれば、作品を作り上げているのは、自分であるにも関わらず、作者は夫のジョセフということになっています。そして、作品の評価も名声もジョセフに奪われてしまっている形になっています。
ジョセフ側から見ても才能豊かな妻に対して、作家としては優れていない自分、そんな中で自分の著作として出版された作品が絶大な賞賛を得ていきます。客観的にみれば、ピエロのような感じにも見えてしまいますが、妻の才能に対する劣等感を抱いていたことでしょう。
こういったある意味共依存関係ながらも、互いに逸物を抱いているかのような関係性の中で夫婦生活を送ってきたわけですが、歪な関係ながらも二人の関係には、とてつもなく深い愛情さえ感じられてしまいます。
それが現れているのが、ノーベル文学賞受賞の電話を受けた時です。夫婦でその知らせを聞いて、手を取り合ってベットを飛び跳ねるシーンは仲睦まじい夫婦の姿でした。
また、ノーベル賞授賞式前に喧嘩になったときでも、初孫が誕生した電話を聞いたときには、さっきまで喧嘩をしていたことなど忘れて、二人揃って喜びを分かち合っていました。
二人が駆け出しの時も、ある意味二人で作り上げた小説が出版されることが決まった時も二人でベットを飛び跳ねて喜ぶなど、この夫婦の間には、歪な関係性を飛び越えた絆があるようにも見えました。
どんなに相手が憎らしくても、喧嘩をしても、最終的な部分では繋がっている二人の不思議な関係性。二人を取り巻く複雑な状況と作家としての関係性を俯瞰しながら、二人の仲を考えてみると、深みのある人物であることがわかります。
【解説】作家としてのジョーンの心情
作家としてゴーストライターであり続けるのは、心苦しいものだといえます。しかしながら、ジョーンは40年間もその役目を全うしてきました。そして、ジョセフが亡くなった後でも、ゴーストライターをやっていたことを家族以外に打ち明けるようなそぶりは見せませんでした。
しかし、ノーベル賞の受賞スピーチでジョセフが長年の妻への感謝を述べた時には激昂し、離婚を切り出すほどでした。
このジョーンという女性の複雑な人間模様が、この作品の大きな魅力となっていること間違いありません。
ジョーンという女性を紐解いていくには、まずこの女性が作家として何を重要視していたかという点です。ジョーンは作中でも触れられていましたが、「作家として書き続けることに価値を置いていました」。大学にきた女性作家に読まれなければ、意味がないと一蹴されるのですが、ジョセフから受けたこの教えに影響を受けていたはずです。
その中で、当時の時代背景もありながら、自分が作家として書き続けるためには、ジョセフという器を利用する必要があったと考えることができます。
元々才能豊かだったジョーンです。作品が読まれさえすれば、評価されることは間違いありませんでした。ただ、ジョーンは作品に対する評価よりも、作家として書き続けることに価値を見出しており、その思いを持ち続けていたのかもしれません。
なのでゴーストライターという立ち位置に関しても、どこかで受け入れていたとも受け取れます。そして重要なのが、ジョーン自身がジョセフに対して優位な立場だったということです。
当然ながら、彼らの小説はジョーンの才能がなければ成立しません。小説家として優位な立場であったことや、それに対する優越感が彼女を支えてきたといえるでしょう。
そして、決定的な出来事がおきます。ジョセフのスピーチで、妻への感謝を長々と語るシーンです。このシーンには重要な意味があります。
これまで作家として優位な立場にあったジョーンは、作品に対する評価がジョセフに行ったとしても我慢できたことでした。授賞式前にもジョセフに対して、「わざとらいしい妻への感謝は話さないでほしい」と伝えています。
それを語ってしまうと、明確に作家のジョセフとそれを内助の功で支えた妻という図式が出来上がってしまい、これまでジョセフに対して抱いてきた優越感も崩れ去ってしまいます。
できれば、ジョセフにはピエロでいて欲しかったのかもしれません。そうすることで、作家としての自分のプライドを守ることもできましたし、ゴーストライターという立場にも納得が行ったのかもしれません。
あくまで作品を作り上げてきたのは、二人の共同作業であったはずにも関わらず、スピーチの内容によって、作り手とそれ以外という図式を表してしまったことに耐えられなくなったのでしょう。
そして、重要なのがジョセフが死んだ後の飛行機の中でのシーンです。ナサニエルに対して、ジョーンは彼らの秘密を記事にすれば、訴えると釘を指します。表面的にみれば夫が死んだのだから、事実を明らかにして自分のために生きてもいいのかもしれませんが、そういったことはしませんでした。
ここにも夫婦の不思議な関係性が見られます。時代によって互いに依存するしかなかった二人の関係性の中で、変わらずに二人を繋いでいた愛情のようなものが垣間見えます。
あくまでジョーンにとっては、二人で築き上げたキャリアであり、それを崩すようなことはしたくなかったのかもしれません。ジョーンの心のうちは、こちらに訴えかけるようでもあり、解釈をこちらに委ねているようでもあり、複雑な人間模様が垣間見得ます。
【解説】主演のグレン・グロースの演技は一見の価値あり!
以上のようなことを踏まえた上で、主演のジョーンを演じたグレン・グロースの演技に注目すると、その抜群の演技力が光って見えます。
男性としてジョセフを愛しながらも男性であるジョセフを器として利用し、作品を書き続けることへの葛藤、その名声を夫に独り占めされそうになるなど、複雑な感情が織り交ぜられた人物を見事に演じきっています。
アカデミー賞でも主演女優賞最有力と言われながらも、惜しくも受賞は逃してしましました。実はこのグレン・グロースですが、過去に7回もアカデミー賞にノミネートされたことがある女優でもあります。
しかし、その全てで受賞を逃すという経歴を持っており、今回も残念ながら受賞を逃すという形になってしまいました。
ただ、映画「天才作家の妻 40年目の真実」で見せた彼女の演技が、見事だったことには変わりありません。グレン・グロースの演技を見るだけでも、この映画を見る価値があるといえるでしょう。
映画「天才作家の妻 40年目の真実」は秘密を守り続けてきた夫婦を描く
抑圧的な時代背景の中で、40年にも渡って秘密を守り続けてきた夫婦の衝撃的なサスペンス映画「天才作家の妻 40年目の真実」。
この作品には、時代背景に対する社会への批評的な視点のみならず、歪な関係性を持っていた夫婦の複雑な感情とそれでもなお愛で結ばれている絆など、深みのある人間模様が魅力となっています。
アカデミー賞でも話題となった作品でもあるので、ぜひ一度見てみてください。