「ある公爵夫人の生涯」は、伝記をもとにキーラ・ナイトレイの主演で製作された2008年のイギリス映画です。
18世紀の絢爛豪華な生活と衣装が忠実に再現され、第81回のアカデミー衣装デザイン賞を受賞しました。
波乱と忍耐に満ちたデヴォンシャー公爵夫人の生涯を描いたこの作品の感想を、ネタバレを含みつつ解説します。
目次
映画「ある公爵夫人の生涯」を観て学んだこと・感じたこと
・賛否両論のキャストだが物語が進むにつれ納得!
・観る人の立場で全く異なる感想かもしれない
・当時の時代が許す限り自分を表現し生きたデヴォンシャー公爵夫人に共感
映画「ある侯爵夫人の生涯」の作品情報
公開日 | 2008年 |
監督 | ソウル・ディブ |
脚本 | ソウル・ディブ ジェフリー・ハッチャー アナス・トーマス・イェンセン |
出演者 | ジョージアナ(デヴォンシャー公爵夫人)/キーラ・ナイトレイ デヴォンシャー公爵/レイフ・ファインズ レディ・スペンサー/シャーロット・ランプリング チャールズ・グレイ/ドミニク・クーパー レディ・エリザベス・フォスター/ヘンリー・アトウェル |
映画「ある公爵夫人の生涯」のあらすじ・内容
17歳で最も有力な貴族の一人デヴォンシャー公爵に嫁いだジョージアナは、愛や情熱がなく冷淡な夫に男の子が生めないことを責められながら暮らしています。
そんな中、政治やギャンブルなどにのめりこみ次第に社交界の中心人物になっていくジョージアナ。心の隙間を不遇の女性ベスとの交流を温めることによって満たしますが、あろうことか夫は親友ベスと不倫関係になってしまいます。
絶望の中でジョージアナは、かつての友人チャールズ・グレイとの恋にすがって生きようとするのですが・・・。
映画「ある侯爵夫人の生涯」のネタバレ感想
ここからこの作品の感想・考察を書きますが、全てのあらすじがわかるネタバレ要素が詰まっております。
作品は伝記がもとになっており、どんでん返しなどのエンターテイメント性はありませんので、作品をご覧になっていない方が読んでもさほど支障はないと思われますが、気になる方は是非作品をご覧になってから一読ください。
まずはおさらい!18世紀ヨーロッパの爵位とは?
18世紀のヨーロッパの貴族は爵位によって位が分けられていました。その爵位を一般的に5爵ということが多いですが、厳密には7段階に分かれています。位の高い順に、
公爵(王族公爵位や臣民公爵位)
侯爵
伯爵
子爵
男爵
準男爵(ここから以下は平民)
ナイト爵(世襲ではなく一代限りの位)
例えば現代では、チャールズ皇太子は公爵の上の位、大公(プリンス・オブ・ウェールズ)でありながら、コーンウォール公爵でもあります。複数の爵位を同時に持つこともあるのですね。公爵は普通、王族の家族親戚など非常に位の高い人たちの持つ称号です。
【解説】実在したデヴォンシャー公爵夫人とはどんな人物?
デヴォンシャー公爵夫人はジョン・スペンサー伯爵の長女で、17歳でキャヴェンデッシュ家の第5代デヴォンシャー公爵ウイリアム・キャヴェンディッシュに嫁ぎました。伯爵家から二段階も爵位の高い公爵家への輿入れですから、非常に玉の輿婚であるといえます。実際にはジョージアナの17歳の誕生日前日が結婚式であり、16歳の若さで公爵に嫁いだことになります。
結婚は1774年で、史実によると新郎のデヴォンシャー公爵ことウィリアムは26歳。映画ではイングリッシュペイジェントや、ハリーポッターシリーズでヴォルデモートを演じたクリフ・ファインズが公爵を演じています。作中ではもう少しオジサマに嫁いだように見えますが、26歳の青年だったのですね。まあ、若作りにも限界はあります。
ジョージアナとウィリアムの相性は悪く結婚生活はうまくいっていませんでした。ジョージアナは美貌で知られ社交的で知性もあり、たくさんの政財界の名士や貴族達のの中心人物となり一大サロンを形成しました。当時の流行を発信するファッションリーダーとしても有名でした。
一方で、ウィリアムがメイドとの間に産ませたシャーロットを長女として養育し、心の隙間をギャンブルにのめり込むことで埋めるなど、華やかな印象とは違った一面もあったようです。また、親友のエリザベス・フォスター(ベス)とウィリアムの不倫を容認し25年にわたってベスと同居をしたり、自身もスキャンダラスな恋愛に身を投じたりと話題には事欠かない人物でした。
ジョージアナは1806年3月30日に48歳の短い生涯を終えるまでベスと共に暮らし、自身の死後は夫ウィリアムと結婚するようにと書き残したそうです。
【解説】最初はちょっと違和感、でも最後には納得のキャスト
映画を観始めた数分間はキャストに違和感を感じました。ジョージアナ(キーラ・ナイトレイ)は貴族の女性にしては良くも悪くも「濃く」存在感があります。美女ではありますが、貴族女性の美の条件である「青白い花のような」弱々しい感じが一切ありません。2度しか会ったことがない公爵との結婚をすんなり受け入れるようなタマには見えなかったですね。
ウィリアム(レイフ・ファインズ)は、良くも悪くも影がなくのっぺりした浅い人物にしか見えません。おじさんなんだか青年なんだかもはっきりせず年齢不詳。ジョージアナよりはかなり年上に見えますが、映画内では特に年齢には言及していません。
さらに、この映画唯一のイケメン枠であるはずのチャールズ・グレイ(ドミニク・クーパー)のかつらが全く似合ってないです。映画「マンマ・ミーア」の彼はチャーミングでしたが、中世ヨーロッパの映画では何とも違和感が…!
申し訳ないのですが、貴族特有の気品もあまり感じられません。顔も貴族男性にしては主張しすぎるというか。貴族男性の顔なんて知りませんがイメージとは違うと感じるんです。一般的な評価でもこのキャスティングは同じようなブーイングが多い印象です。
ですが、映画中盤以降にはキャスティングが間違っていないことを確信します。ジョージアナは個性的で意志の強い女性だからこそ社交界の花形であり続けたし、カリスマ性もあったのでしょう。没個性的な貴族女性の中で明らかに輝いて見えました。
ウィリアムにしても影がないのっぺりした人物だからこそ、情熱的なジョージアナとの結婚がうまくいかなかったのです。
そして、先ほどこき下ろしたチャールズ・グレイですが、彼が貴族の男性特有の中性的な雰囲気じゃないのは当たり前なんですよね。ホイッグ党員として政治に情熱を傾け、ついには首相にまでなった野心のある男性ですから、なよなよしたイケメンでは役不足です。彼はドミニク・クーパーが演じたからこそ、ただの不倫相手ではなく政治家としての深みが演出できたのでしょう。もっとひねくれた考え方をすれば、ジョージアナの空虚な心はイケメンでなくても入り込む隙間があるほどスカスカだったというところかもしれません。
さらに言及すると、ベスことレディ・エリザベス・フォスター(ヘイリー・アトウェル)の抑制のきいた色っぽさ、非難にも負けず我を通すしたたかさ、夫の愛人であり、それでもジョージアナを愛し、子どもを愛す複雑な女性像にヘイリーがぴったりはまっています。
また、基本的には娘想いで善良であろうジョージアナの母親レディ・スペンサー(シャーロット・ランプリング)の演技も素晴らしいです。娘に男子を生ませるまでは幸せなんて悠長なことを言ってられるか!という気迫が伝わってきます。
賛否両論のキャストですが、観終わって初めてこのキャスティングでよかったと思える映画でしたね。
【ネタバレあり・考察】観る人によって違う?この映画に悪役なしと思った理由!
この映画は、貴族女性であるジョージアナがつらい境遇の中いかに生きたか、ということに焦点が当てられています。当時の女性の生きづらさもテーマの一つでしょう。
多くの感想はウイリアムの非人道的なふるまいや、公爵の愛人となってジョージアナを裏切ったベスに非難が集まっていますが、実は私はどの人物も間違っていないと思えました。
まず非難のやり玉にあがるウィリアムですが、彼は生まれながらにして公爵位を約束され、嫡男に爵位を受け継ぐのが最大の義務と教育されてきたはずです。彼は5代目の公爵ですから、彼の親もそのまた親も同じような教育を受け、夫婦の情愛というものに触れたことがなかったのではないでしょうか。夫婦とは嫡男を誕生させるための制度であり、夫婦生活は最大の義務。もともと感情的ではない性格に加え、こんな価値観で育てば誰でも彼のようになる可能性があります。
それでも彼なりにジョージアナに向き合ったり、試行錯誤をしてジョージアナが快適に暮らせるように配慮をしていたように思います。当時のイギリスはフランス革命、アメリカの独立戦争などさまざまな歴史的な出来事のさなかで、貴族制度の存続自体が危ぶまれていた時代でもありました。そんな中、公爵として嫡男を作るという最大の義務をなかなか果たせなかった公爵はどれほどの焦りといら立ちを抱えていたでしょう。
ですから、ジョージアナの親友ベスと愛人関係となってしまう彼にはあまり悪気はなく、それも男子が生まれるまで妻との義務(夫婦生活)を果たすことのみ役割だと考えるなら、ごく自然な流れです。ジョージアナやベスの気持ちに頓着しないのも情緒面より爵位の存続にのみスポットを当てた教育によるもので、高位の貴族特有のものではないでしょうか。ただ、ジョージアナはその辺の想像力が欠けていたために無駄に傷ついてしまったのですね。
ウィリアムも愛情深い男ではないにしろ、長い間ベスと愛人関係で生涯一緒にいたということですから、ジョージアナよりはベスとの相性が良くそれなりに円満な関係だったのかもしれません。
ベスにしても、離婚した元夫が我が子に会うことを禁じていたため、公爵の好意にすがることでしか子供に会うすべがありませんでした。親友のジョージアナを裏切ることになるとしても、子を思う母親であれば当然の選択でしょう。それでも友を傷つけることは本意ではなかったはず。だから公爵に禁じられても、チャールズの子を出産するために田舎にこもったジョージアナに付き添っていったのです。
親友の夫の愛人になるなんて!と非難されがちな彼女ですが、映画の中では、心ならずも友情を犠牲にせざるを得なかった悲しいほどの母性に大いに共感できました。この辺りは独身の方、結婚して子供がいる方で見方が大きく違うので面白いところではないでしょうか。
時代背景や個人の事情にスポットを当てることで、それぞれの立場や感情が深く理解できるんじゃないかと思います。
【解説】18世紀、貴族の不倫は当たり前だったのか!?
1700年~1800年代ごろまでのヨーロッパでは、貴族の男性が愛人を持つのは非常によくあることでした。当時イギリスは植民地政策のさなかにあり、世界中の植民地に男性を赴任させていたことも遠因の一つになったという説もありますが、上流階級の男女比率も女性の方が多く、男性がたくさんの女性との間に子供をもうけることも容認されていました。
それに加え女性にはまだまだ参政権すらなく、嫁ぐ際の持参金や女性独自の収入も夫に管理権があり、離婚申し立ても妻からはできなかった時代。作中でも、ベスがいうように棒で妻をたたくのも違法ですらなかったのです。ですから、愛人を何人作っても妻が異議を唱えることはあまりなかったようです。
一方、女性に対しては表向き厳しい貞操観念が求められていたようです。貞淑を美徳とし夫に付き従うものという概念が一般的でした。そんな時代に政治活動やギャンブルに精を出したジョージアナはやはり異端児に移ったでしょうし、ウィリアムは苦々しい思いをしていたことでしょう。気持ちがさらに遠ざかっても当然といえば当然ですよね。
ただし、どんなものにも建前はあるもので、当時の貴族女性の間には「嫡男さえ出産すれば自由に過ごしていい」という暗黙のルールがあったといわれています。つまり、長男を出産するまでは夫意外の男性と関係は持てないけれど、長男出産後は公にならない形の秘め事ならOKということです。
なぜ長男出産後かというと、その家に生まれた嫡男が必ず当主の子である必要があったため。母親のレディ・スペンサーがジョージアナのスキャンダルに慌ててすっ飛んできたり、とにかく長男誕生までの辛抱と繰り返し説いていたのはそんな事情からだったのではないでしょうか。
ただ、ウィリアムは長男誕生後もジョージアナとチャールズの関係を容認していません。おそらくこれは愛情の問題よりも、貴族女性のたしなみである秘め事の枠を超えて、本気の泥臭い恋愛に身を投じたジョージアナの外聞の悪さが許せなかったのではないでしょうか。
【解説】映画の登場人物のその後や豆知識いろいろ
「ある公爵夫人の生涯」と題名がついていますが、映画ではジョージアナが亡くなるところまでは描かれていません。ジョージアナは1806年3月30日に48歳の生涯を閉じました。ジョージアナが亡くなった時は、公爵の財力でも賄いきれないほどの借金があったんだとか。ギャンブルや衣装代に消えたのでしょうか。ちなみに有名な話ですが、ジョージアナの旧姓はジョージアナ・スペンサー。彼女は故ダイアナ元皇太子妃の6代さかのぼった大叔母に当たるそうです。
そして、作中でジョージアナがホイッグ党の演説応援に立った時に大きな羽根の帽子をかぶっていますが、これはオーストリッチ(=ダチョウ)で、その後貴族女性の間で大流行しフランスでは社会現象にまでなりました。貴族女性がこぞってダチョウの羽根を求めたので、教会が「ダチョウの羽根禁止令」を出す騒ぎに発展したという話もあります。
映画でも熱心な若手ホイッグ党員として描かれたチャールズですが、その後、実際に第26代イギリス首相を務めています。児童の雇用を制限したりイギリス全土で奴隷制度を廃止したりしたみたいですね。ちなみに、紅茶の「アール・グレイ」は彼が好きだったことにちなんで名づけられた名前だそうです。
ベスは、ジョージアナの遺言通りウィリアムと結婚しましたが、公爵夫人としての生活は長く続かず、結婚から2年後に公爵の死亡により幕を閉じたそうです。その後財産分与で邸宅を勝ち取ったベスは1824年3月30日、奇しくもジョージアナと同じ日に64歳で息を引き取りました。枕元にはジョージアナの毛髪で作ったブレスレット置き、首にはジョージアナの巻き毛が入ったロケットを下げていたといいます。
与えられた運命の中で最大限自由に生きようとしたジョージアナに共感
女性が生きづらい世の中でジョージアナの生き方は本当に輝いています。私がこの映画で一番感動したのは、信念をを貫き人生を切り開いてく硬質な強さではなく、与えられた運命の中で最大限自分を開花させて生きるジョージアナのしなやかな強さにあったように思います。
求めては傷付き、傷付いてはまた求めて、最愛の人とは結ばれなかったけれど、子どもたちに囲まれた穏やかな日常に、また幸せを見出すジョージアナ。最後に寂しそうな表情を見せた後、そっとベスと手をつなぎ笑顔になるシーンがありますが、ジョージアナの生き方をあのワンシーンがすべて再現してくれたように思えました。
衣装の豪華さが話題になる作品で、ストーリーについては言及されないことが多いのですが、ぜひジョージアナの生き方、強さに注目して観てほしい作品です!
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