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映画『ペンギン・ハイウェイ』のネタバレ感想・解説・考察!小学生の頃は世界がこう見えてたかも?

新進気鋭の監督とヒットメーカーの原作が組み合わさった一作

映画『ペンギン・ハイウェイ』は、大人気SF小説家の森見登美彦が執筆した同名小説をアニメーション映画化した一作です。

小学生の少年が謎解きを通じて大人への階段を登っていく物語ですが、かなりファンタジー要素が強めの作品になっており、細かく見ていくと難しい部分も多いという印象です。

今回はそんな『ペンギン・ハイウェイ』の個人的な感想や考察を書いていきます!なお、原作小説・映画共にネタバレには注意してください。

映画『ペンギン・ハイウェイ』を観て学んだこと・感じたこと

・小学生の頃は世界がこう見えていたかもしれないと感じた
・ミステリアスなお姉さんの正体は考察しがいがありそう!
・「森見登美彦ワールド」はやはり素晴らしいと再確認

映画『ペンギン・ハイウェイ』の基本情報

公開日2018年8月17日
監督石田祐康
脚本上田誠
出演者アオヤマ君(北香那)
お姉さん(蒼井優)
ウチダ君(釘宮理恵)
ハマモトさん(潘めぐみ)
スズキ君(福井美樹)
アオヤマ君の妹・ペンギン(久野美咲)

映画『ペンギン・ハイウェイ』のあらすじ・内容

映画『ペンギン・ハイウェイ』のあらすじ・内容

小学4年生の頭脳明晰な少年アオヤマ君は、ある日突然ペンギンの群れが出現するという怪奇現象を目撃しました。

ペンギンの正体を掴むため「ペンギン・ハイウェイ研究」をはじめたアオヤマ君は、近所に住む知り合いのお姉さんがペンギンを出現させた瞬間を目撃します。

しかし、お姉さん自身もどうしてペンギンを出現させられたのかは自覚がないようでした。

どうしてペンギンが出現するのか、その謎を解くべくお姉さんと実験を繰り返す一方、アオヤマ君は森の奥にある「海」と呼ばれる謎の球体についても関心をもちます。

そして、「海」の正体をも解き明かそうとするうちに、アオヤマ君は自身が追っているいくつかの謎に関連性があることに気づきはじめます。

映画『ペンギン・ハイウェイ』のネタバレ感想

新進気鋭の監督とヒットメーカーの原作が組み合わさった一作

新進気鋭の監督とヒットメーカーの原作が組み合わさった一作(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

今作の製作陣は、今まで森見登美彦作品のメディアミックスに携わってきたスタッフとは少し異なる点があります。代表的なところでは、『四畳半神話体系』や『夜は短し歩けよ乙女』などのアニメ化に際して監督を務めた湯浅政明ではなく、今作が長編アニメーション作品初挑戦となる石田祐康を監督に抜擢している点でしょう。

石田監督はこれまで主に短編アニメーション作品で実績を残していますが、長編アニメーション作品に関しては本作が初挑戦というのは驚きを隠せません。その理由としては、森見登美彦を原作者とするアニメ作品は既に何作も公開されており、原作・アニメともに「出せば売れる」というレベルの名声を確立しているからです。

その状態の作品を定評のあるベテランではなく新進気鋭の監督に任せるというのは、実にチャレンジングな策に出たと考えられます。これは、石田監督の力量が業界内では定評を得ており、相当な期待感を抱かれているという事を象徴しているように感じられます。

 

そして、肝心の作品の出来に関しても十分に佳作と呼べる水準に到達しています。言われなければ長編初挑戦の監督が製作している作品とは思いませんし、いつもの森見登美彦らしい魅力が存分に発揮されていると思います。

しかし、後述するようにそもそも原作から非常に謎が多い作品であり、その点に関して「映画の謎がわかりづらい」という評価やレビューも散見されますが、これは原作も同様であるという点を考慮しなければなりません。ましてや今作はTVアニメとは異なり、尺的にもかなり限られた時間で作品を表現する必要があります。そのために原作からカットあるいは改変されたシーンはいくつも存在しますが、これもやむを得ない判断だったともいます。このあたりの詳細についても、後ほど触れていきたいと思います。

「森見登美彦ワールド」は健在!良くも悪くも彼らしい物語

「森見登美彦ワールド」は健在!良くも悪くも彼らしい物語(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

先ほども書きましたが、ファンに愛されてきた「森見登美彦ワールド」は今作でももちろん健在です。普段彼の作品は大学生を主人公にしていることも多いですが、今作では小学生を主人公としています。それでも、根本的な部分は変わりなくらしさが発揮されていると思います。

彼の特徴として挙げられるのは、「ファンタジー世界観」の構成が非常に上手い点です。今作でも「お姉さん」という謎多き女性、「海」「ペンギン」などの現実に存在しそうで存在しない不可思議なものや生物。こうした日常と完全に乖離するわけではない、日常になじむ非日常の表現は流石と言ったところです。

そうした世界観は不可思議で謎が多い一方、彼らしい「単純な女性への好意」のようなものも散見されます。以前の作品では、たいてい魅力的でおしとやかな美人を追いかけるという好意の描き方が多かったですが、今作では年上のお姉さんがその対象となっています。そのため、これまでのように同級生や近しい年ごろの女性が相手ではありませんが、好意の寄せ方が比較的単純なあたりはかなり共通する部分があります。

 

また、今作を視聴した方は分かると思いますが、お姉さんの「胸」がいたるところで強調して描かれています。後述するようにこれはアオヤマ君にとっての「女性らしさ」の象徴が「胸」なのであり、それを表現するために意図的に強調されています。

しかしながら、いわゆるステレオタイプな女性像が強調されて描かれていることもまた事実であり、女性の中にはこれを好ましく感じていない方も多いという印象がありました。男性的には多少ステレオタイプ的な女性らしさの強調は好意的に受け入れられることがほとんどですが、女性目線では気になる方も少なくないかもしれません。

ただし、何度も言及しているように女性を差別的に表現することが目的ではなく、「アオヤマ君」という小学生が世界をどのように捉えているのかを象徴するための表現であることは認識する必要があります。

【解説】映画化にあたって原作からカット・改変された部分

【解説】映画化にあたって原作からカット・改変された部分(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

これも先ほど言及しましたが、今作は映画化にあたって時間の都合上かなり多くのシーンがカットあるいは改変されています。もちろん、ストーリーの大枠は原作に忠実に作られているので基本的な流れは変わらないのですが、いくつか言及しておいたほうが物語を把握し愛するために必要だと思う部分について解説します。

映画では「海」をめぐる共同研究の様子がかなりカットされています。原作では「海」をめぐってハマモトさんがさまざまな考察を行ない、いくつかの現象に名称を付け研究を重ねている様子が描かれています。しかし、映画ではわずかにその事実に触れられるのみで、原作のようにさまざまな研究を行なっている様子については確認できませんでした。

 

また、アオヤマ君とハマモトさんの共同研究者でもあるスズキ君関連のシーンもかなりカットされています。例えば、スズキ君は原作で「海」から飛び出した水泡に直撃したことで一時的に時空移動を経験しています。そういった不可思議な現象を体験した彼は、その真相を確かめるべくアオヤマ君とハマモトさんにその光景を見せようと彼らを森へと案内します。

しかし、映画ではご存知のようにスズキ君がハマモトさんに「いじわる」をしようと画策したために森へと彼らを案内したことになっており、スズキ君の不可思議体験がカットされ、同時に二人が「海」に出会った理由も改変されるという形で描かれています。

 

さらに、お姉さんの素性や作品の謎を解くためのヒントもいくつかカットされてしまっています。例えば、アオヤマ君が「死」について言及している場面や、風で寝込んでいるアオヤマ君に対してお姉さんが自分は人間ではないことを示唆する場面、お姉さんが教会へ通っている場面などがそれぞれカットされています。

これらは『ペンギン・ハイウェイ』を考察するうえでは重要なヒントになる要素ですが、その一方でかなり観念的かつ哲学的な色彩をもった要素でもあり、端的に言ってしまえば「わかりづらさ」の原因ともなってしまうものです。そのため、大衆向けの映画として今作をマーケティングした際、そうした難解に思われがちな要素をカットしたのではないかと考えられます。

実際に今作は原作に比べるといくらか分かりやすい物語になっていますが、それでも「難解だ」という声が寄せられている以上、やむを得ない判断だったようにも感じられます。

【考察】我々が目撃している光景は「アオヤマ君の世界」である

【考察】我々が目撃している光景は「アオヤマ君の世界」である(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

ここまで今作は謎多き物語であり、さらにそれらを考察していくには原作も合わせて考えなければならないという点に言及してきました。そういった謎を考えていく前に、この物語を紐解いていくための前提を整理しておきたいと思います。

まず、今作でスクリーン上に映し出されている光景は、アオヤマ君にとっての「謎」であり、彼が観測している世界そのものなのです。そうした「わからないもの」を研究していくことになるのですが、その正体は最後までしっかりと明かされることはありません。これに関しては原作も映画も同様であり、「海」も「ペンギン」も「お姉さん」も、ついによくわからないままアオヤマ君の前から姿を消していきます。

しかし、そもそもアオヤマ君が出会ったものは「この世の不可思議」であり、言うなれば「説明可能な世界」と「説明不可能な世界」の境界に位置するものたちです。

先ほどからこの物語はアオヤマ君の成長物語であるという点には何度も触れてきましたが、こうした存在との出会いは彼が成長する過程なのです。アオヤマ君は頭脳明晰な小学生なので、なんでも物事を説明しようと躍起になります。しかし、ご存知のようにとうとう最後までアオヤマ君に納得できる形でそれらの正体は提示されません。そこで、彼は「この世にはどうにも説明できない現象がある」ということを学び、人間として大人へと成長していくのです。

 

さらに分かりやすくこういった成長を説明するために、一つ我々の身近なものに例えて説明を試みてみます。実際に我々が子供のころにも、何かしら「説明不可能なもの」に出会ってきたはずです。代表的なところでは「恋」という感情などがそれに該当するでしょう。

「恋」という感情は、早い人であればアオヤマ君と同じくらいの年ごろに自覚しはじめます。この気持ちや感情を論理的に説明しようと試みても、恐らく全くうまくいかないでしょう。こういった体験は、皆さんも成長のいずれかの過程で経験があるのではないでしょうか。そして、こういった「不思議な」感情が説明不可能なことに気づき、世の中には説明ができないものがあるということを知ります。

アオヤマ君と「謎」の関係性もこのようなものなのでしょう。実際、世の中の「理不尽さ」を学んだアオヤマ君は、お姉さんやその周囲の不可思議な現象と別れることになりました。こうした誰にでも起こり得る成長の過程を、森見登美彦らしいモチーフで表現しているということが、今作の謎への答えなのではないでしょうか。

【考察】ミステリアスで魅力的なお姉さんの正体とは?

【考察】ミステリアスで魅力的なお姉さんの正体とは?(C)2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

この物語の謎は、アオヤマ君の認識している世界を表現したものであるということについては言及しました。とはいえ、やはり作品のヒロイン的な存在であるお姉さんの正体について、気になる方も多いと思います。作中では明確に言及されていないのであくまでわかる範囲にはなりますが、ここではお姉さんの正体を検討してみたいと思います。

まず、表面的にわかっている範囲ではお姉さんは歯科助手であり、アオヤマ君とは顔なじみの仲で人間ではありません。これらの情報は我々に与えられた情報、つまりアオヤマ君が知り得た情報という事になります。

一方、それ以外の情報に関しては我々が知る由はありません。そもそも、主人公であるアオヤマ君の観測する世界を描いた物語であり、アオヤマ君に分からない情報は我々にもわからないようになっています。加えて、お姉さんすらも自分の正体には自覚的ではありません。普通の人間であれば自分の正体が自覚的でないというのはありえない話ですので、やはり普通の人間ではないということがわかります。

 

また、お姉さん特有の謎としては、ペンギンを生み出せる点や「海」と関連がありそうな点です。これらの現象は全てお姉さんの「体調」とリンクしていることが作中で示唆されていて、間違いなくお姉さんと直接の関係がありそうに思えます。

こうしたさまざまな現象や要因から、お姉さんの正体に関して一つの仮説を立ててみます。それは、お姉さんはアオヤマ君にとっての「謎」として誕生し、アオヤマ君が答えを出したことによって「謎」が消滅したという点から、彼にとって不可思議なものであった「女性性の謎」の象徴であったのではないかというものです。

少し難しい言い回しになってしまいましたが、小学生の男子にとって「女性性」あるいは「母性」というものは極めて不思議なものです。普通の小学生であれば分からないことを良しとしてそのまま放置してしまうでしょうが、アオヤマ君の場合は頭脳明晰な科学少年であり、この謎を放置できなかったのです。つまり、お姉さんはそうして思い悩む彼の「悩み」そのものが形をもったと表現できるのではないでしょうか。

そして、アオヤマ君が謎に答えを出した結果、お姉さんは消えることになったのです。お姉さんの周囲で起こっていた不思議な出来事も、アオヤマ君にとって謎であった女性特有の現象であったと考えれば納得できます。女性ならではの生理現象や体質の変化は、ペンギンや「海」が体調とリンクしているという点と関連させて考えることができます。アオヤマ君にとってそうした女性特有の現象は謎であり、それがために説明不可能な現象として現実に現れてしまったのではないでしょうか。

 

一見すると「年の差ボーイミーツガールもの」に見えなくもない今作は、前提から二人が深い仲になっていくことはあり得ないように設計されているのです。なぜなら、二人を関連付けているのは「謎」であり、謎に関心がなくなっても謎を解き明かしてもお姉さんは消えてしまうからです。

ただし、アオヤマ君はそうではありませんでしたが、大人になっても「お姉さん」のような「理不尽」といつまでも向き合っている人はいるのではないかと考えています。そうした人たちは、大抵「芸術家」として他人の想像をはるかに超えたものを生み出しているのでしょう。

こうした種の人たちは、いつまでも謎に関心を持ちつつ、答えを出さずに問いを投げかけ続けているように感じます。大人の階段を登るという事は、理不尽を受け入れ現実を見ることであり、同時にかつて持っていた「好奇心」を失うことでもあると考えられます。