手塚治虫文化賞で新人賞を受賞した人気マンガ『町田くんの世界』が、ついに映画になりました!不器用で勉強も運動も苦手。メガネで地味な高校生という、今までになかった新しいタイプの主人公の不思議な物語です。
すべてが目まぐるしく移り変わっていく今の時代、誰もが疲れてイライラして、他人に対して優しくすることができません。「この世界は悪意に満ちている…」。そんな風に思ってしまうときがありませんか?
しかし、町田くんのいる世界は違います。クラスに町田くんがいたら、身近なところに町田くんがいたら、どこかで町田くんと出会えたら、世界が違って見えるかもしれません。
今回は、そんな素敵な世界を描いた映画『町田くんの世界』の感想と解説をご紹介したいと思います。一部ネタバレを含みますのでご注意ください。
目次
映画「町田くんの世界」を観て学んだ事・感じた事
・人を想う優しい気持ちが連鎖していく優しい世界
・主演二人の新鮮な演技とみずみずしさに感激!
・この映画を見て良かった!って思える素敵な作品
映画「町田くんの世界」の作品情報
公開日 | 2019年 |
監督 | 石井裕也 |
脚本 | 片岡翔 石井裕也 |
原作 | 安藤ゆき |
出演者 | 町田一(細田佳央太) 猪原奈々(関水渚) 栄りら(前田敦子) 氷室雄(岩田剛典) 高嶋さくら(高畑充希) 吉高洋平(池松壮亮) 吉高葵(戸田恵梨香) |
映画「町田くんの世界」のあらすじ・内容
町田一(はじめ)は地味でメガネの高校生。不器用で勉強も運動も苦手ですが、みんなから愛される人気者です。町田くんが愛される理由は、全人類を家族だと思っているからです。
一方、町田くんのクラスメイトの猪原さんはクラスの誰とも話さず、授業をさぼって保健室で寝ています。両親の関係は破綻しかけていて、家に帰ってもいつも一人で過ごし、学校では有名人の母親のことでコソコソと噂され、人が嫌いになってしまったのです。
そんな猪原さんと町田くんが出会ったのは、保健室でした。手をケガして困っていたときに手当をしてくれた猪原さんのことを、町田くんは気にかけるようになります。町田くんのことをうっとうしく思っていた猪原さんですが、町田くんの優しさにふれ、次第に心を開いていきます。そして、いつしか町田くんのことが好きになっていました。
二人の距離はどんどん近づいていきますが、猪原さんの気持ちに町田くんはなかなか気づきません。恋に対しても不器用なのです。
やがて、町田くんは自分が猪原さんを大切に想う気持ちが、家族を愛する気持ちとは別のものであることに気づきます。初めての恋に混乱する町田くんと、町田くんを好きになり、クラスメイトとも関われるようになる猪原さん。
しかし、自分のことを後回しにしても人のことを気にかけずにいられない町田くんの優しさが、猪原さんを深く傷つけてしまうのでした。
映画「町田くんの世界」のネタバレ感想
原作の漫画は別冊マーガレットに連載され2018年に完結しました。手塚治虫文化賞新人賞ほか数々の賞を受賞した、多くの人に愛される本当に素敵な作品です。
映画『町田くんの世界』では、全7巻の中から選りすぐった珠玉のエピソードをもとにした物語が描かれています。
町田くんと猪原さんの恋物語にドキドキ!
映画の中心となるのは、町田くんとクラスメイトの猪原さんとの恋愛物語。町田家のエピソードはほとんど語られることはないので、マンガのファンからするとちょっと残念ではありますが、二人の恋愛模様がとても素敵です。
保健室で出会ったときから、猪原さんは町田くんのことが気になり始めますが、町田くんはそんな猪原さんの気持ちにまるで無反応。誰にでも優しい町田くんは、誰か一人を特別に好きになるという感覚がわからないのです。というより、今までそういう気持ちを持ったことがなかったということなのでしょうか。
「好き」と「恋」がどう違うのかは、恋愛(片思いのみ)経験豊富な西野君が教えてくれます。好きな気持ちと恋は根っこは一緒。それがある日突然、爆発的に恋に変わるのだそうです。すごく素敵な説明だと思いませんか?
恋がわからない!と混乱していた町田くんですが、猪原さんのことが気になる気持ちは、保健室で出会ったときにすでに始まっていたようです。そしてそれは、じわじわと恋に変わっていきます。ドキドキそわそわする二人がものすごく可愛いです。
【解説】町田くんってどんな人?キリスト?変態レベル?
さて、物語の主役でタイトルにもなっている町田くんって、一体どういう人なのでしょう?
町田家の長男である町田一(はじめ)君は、メガネで真面目そうな優等生ぽい雰囲気ですが、勉強はできません。運動もダメで足は遅く、泳ぐのも下手でとても不器用なアナログ人間です。
しかし、とにかく親切で困っている人を見れば、手を差し伸べずにはいられない優しい青年なのです。しかもその親切ぶりは突き抜けています。バスの床に転がる空き缶(みんなが見て見ぬふりをしている)をスッと拾い、お年寄りに席をゆずり、校庭でボールを拾い集めているのを見てすぐに駆け付けたり(足は遅い)、子どもが飛ばしてしまった風船を取るために木に登る。フラれて泣いている女の子をそっとなぐさめる…。
あまりの良い人ぶりに、クラスメイトの栄さんに言わせると、もはや変態の域?口の悪いクラスメイトからは「またやってるよ」という目で見られていたり、変なヤツ、うっとうしいヤツと思われることもしばしばあります。
でもそんなことはどうでもいいのです。困っている人を手助けすることは、町田くんにとって、自分の小さい弟の面倒を見てあげるのと同じくらい自然なことだから。世界中の全ての人を家族のように思っているのです。
町田くんがこんな風に考えるようになったのには、あるきっかけがありました。小さい頃、井戸に落ちて死にかけた町田くんは大勢の人に助けられたのだそうです。そのときの嬉しかった気持ちが、今の町田くんの行動につながっているのかもしれません。
【解説】町田くんを中心に動き出すいくつものストーリー
映画の中では、町田くんを中心としたいくつもの人間関係が描かれていきます。
猪原さんを始め、クラスメイトや周りの人たちが町田くんと関わることで少しずつ変わっていくのですが、何か大きな事件や働きかけ、アドバイスなどがあったわけではないのです。
町田くんはごく当たり前の親切をしただけであり、そのほんのちょっとしたきっかけが、心の中に元々抱いていた何かを動かし、みるみる変わっていくのです。
雑誌記者、吉高の物語
人を嫌な気持ちにするだけの、芸能人のゴシップ記事を書く仕事にうんざりしていた吉高。
「世界は悪意に満ちている…」と考えながら生きていたある日、バスの中で見かけた町田くんに興味を持ち、町田くんの行動を見ているうちに、自分の生き方を見つめ直します。
氷室君の物語
モデルで学校でもモテモテ、自分勝手で傲慢、人付き合いも仕事も適当。そんな氷室は、元カノからのプレゼントをゴミ箱に放り込んだところを、町田くんにとがめられます。
いつも真っすぐに氷室の目を見つめ返し、氷室のいい加減な行動にも心をこめて対応する町田くんの言葉や態度にふれているうちに、氷室の心の中で何かが変わり始めるのです。
西野君の物語
いじられキャラ、同級生には小馬鹿にされ、自分はダメ人間だと自覚している西野は、女の子にもフラれてばかりで、猪原さんに出すつもりのラブレターを町田くんの下駄箱に入れてしまう始末!
でも、一生懸命な気持ちを町田くんに大切に受け止めてもらったことで、自分のことが少し好きになり始めます。町田くんのピンチには、自分から氷室に声をかけ(今までだったらあり得ない!)一緒に走り出します。
栄さんと猪原さんの物語
二人は小学校からの知り合い。でも家族の問題が原因で、猪原さんはずっと誰に対しても心を閉ざしていたので、二人の間には10年以上も会話がありませんでした。
町田くんのことをきっかけに言葉を交わした二人は、まるで今までずっと友達だったみたいに、自然に笑顔を向け合うのでした。
心のわだかまりが消えて、少しずつ明るさを取り戻していく猪原さん。ぎこちなく言葉を交わす猪原さんを、何も言わずにあたりまえのように受け止める栄さんの優しさに、胸が熱くなりました。
町田くんの周りには、残念ながら優しい人ばかりがいるわけではありませんが、町田くんの優しさは間違いなく誰かの心を動かし、優しさの連鎖が広がっています!
【考察】映画の最後に起きた奇跡の意味とは?
この章は、かなりネタバレな内容になりますのでご注意ください。
空港へ向かう猪原さんを追いかけて、必死で自転車を漕いでいた町田くんは、困っている小学生を見つけて立ち止まります。ロンドンに行ってしまう猪原さんを引き留めるために一分一秒も猶予はないはずなのに、手助けせずにはいられないのが、やっぱり町田くんですね。
木に絡まったたくさんの風船を取りにいった町田くんは、なんと、風船につかまったまま空へ舞い上がってしまうのです。もう、ファンタジーの世界です!
どうしていきなり、そんなことが起きてしまったのでしょうか?それは、恋って奇跡だから!
星の数ほどいる人の中で誰かを好きになり、その人も自分のことを好きだなんて、奇跡みたいだと思いませんか?そんな奇跡みたいなことが起きたのだから、風船で空だって飛んでしまうということなのだと思います。
風船につかまって空を飛ぶ町田くんと猪原さんは、一体どこにたどり着くのでしょうか。
「これからどうなるの?」
「わからない!」
でも、二人はとっても幸せそうです。自分たちがこれからどこへ行くのか、どこにたどり着くのか、果たして無事でいられるのか。まるで先の見えない状況で不安を感じながらもがいている姿は、人生そのもののように思えました。
親の庇護のもとでただ楽しく過ごしていた子ども時代が終わり、自分の人生を歩み始めたとき、多くの人が先の見えない不安を感じるでしょう。でもそんなときに、好きな人と一緒にいられたら、どんなに心強く幸せでいられることか。
恋愛って素晴らしい!人を好きになるって、本当に素敵なことですね。ちなみに、二人は学校のプールの水の中に落ちます。
オーディションで選ばれた主演の細田佳央太、関水渚が爽やかすぎる!
ネットニュースでもずいぶん前から評判になっていましたが、映画『町田くんの世界』で主役を演じる二人はまったくの新人です!
映画初出演で町田くんを演じる細田佳央太(かなた)は現役高校生とのこと。本当にフレッシュな俳優さんなのですね。関水渚(猪原さん役)は演技経験ゼロだそうです。1000人の中から選ばれたという二人がどんな町田くんと猪原さんを見せてくれるのか、とっても楽しみにしていたのですが…、
町田くんは、想像以上に町田くんでした!あんなにつかみどころのない、謎の魅力を醸し出す町田くんを、リアルの世界で体現してみせるなんて天才です。もしかしたら、細田佳央太には実は、町田くん的な素養があったのかもしれません(マンガの中ではこれを、町田イズムと呼んでいます)。むしろ、それを見抜いた監督が天才ですね。
そして、関水渚はとっても魅力的でした。いつも苦々しい顔で怒っていたり、ぎこちなくて、イライラして変な動きをしていたり…。でも、10代のリアルな女の子って実際こんな風ですよね。おしゃれでキラキラしていて、スムーズに上手に生きている子のほうが少数派のはず。
人との関わり方が下手で、でも本当は人を嫌いなんかじゃない、葛藤する猪原さんが可愛かった!町田くんと関わることで、素敵な笑顔が自然に出てくるようになった猪原さんは、本当にキラキラ輝いていました。
高校の同級生を演じる俳優陣が年上すぎるけどナイス!
さて、もうひとつ話題となったのが、主演の二人以外の出演者の顔ぶれです。岩田剛典、高畑充希、前田敦子、戸田恵梨香、佐藤浩市に松嶋菜々子など、主役級の人気俳優、ベテラン俳優を揃え、その他の出演者もすべて有名な方ばかりです。
ほぼ素人である主役の二人を、実力派俳優陣ががっちりサポートするというこのキャスティングに、映画を見る前からほっこりしてしまったのは私だけではないはずです。なんて、優しい世界…。
さて、イケメンモデルでモテモテの氷室くんを演じるのは、EXILEの岩田剛典。実年齢は30歳。町田くんのよき理解者である栄さん役の前田敦子は27歳、氷室君のことが大好きなさくらちゃん役の高畑充希も27歳です。
高校の同級生役が年上すぎる!というネット上の意見もごもっともです。実際、高校生役のオファーを受けた前田敦子はさすがに驚いたそうですが、同級生役に高畑充希がいると聞いてホッとしたとか…。
実際に見た感想はといえば、クラスメイトにフレッシュさが欠けているのは事実です。しかし、今どきの旬な若者を周りに並べてしまうと、主役の二人が浮きすぎるのではないかという不安があります。
貫禄ある俳優陣に囲まれることで二人がとても初々しく、キラキラ輝いて見えました。独得の存在感を放つ関水渚と、町田くんが乗り移ったかのような細田佳央太にとって、このキャスティングは結果オーライ(というよりは、計算通り?)なのかもしれません。むしろ、ナイスだったと思いました。
前田敦子の女子高校生だけは、実際に高校にいそうな雰囲気でした。さすがです!
若き天才映画監督が描き出す新しい時代の人間賛歌!
この素敵な映画を作り上げたのは、石井裕也監督。大学の卒業制作で作った映画が国際映画祭にノミネートされ、国内でも数々の賞を受賞しています。
2013年に公開された映画『船を編む』では、史上最年少でアカデミー賞の外国語部門に選出、日本アカデミー賞の最優秀作品賞ほか多数受賞するという、とても輝かしい経歴の持ち主です。カリスマ、鬼才などとも呼ばれる若き天才映画監督です。
石井監督の作品では、家族関係や人間関係がクローズアップされることが多く、今回の映画でも、町田くんとクラスメイトとの関係や猪原さんの家族関係、雑誌記者である吉高の上司との関係や家族との関わりが丁寧に描かれていました。
映画『町田くんの世界』では、何か特別なイベントや大きな事件が起きるわけでもなく、スーパースターが登場することもありません。なのに、普通の人々が毎日の生活をごく当たり前に、ときになにかに必死になりながら生きている姿が、どうしてこんなに胸を打つのでしょう。そこに町田くんがいるだけで!
全人類を家族だと思っていて、人間が好きだという町田くん。町田くんには、世界はどんな風に見えているのでしょうか?
この映画には、「人間賛歌」という言葉が本当にぴったりです。令和という新しい時代が始まり、これからは一人ひとりの資質や行動、考え方がより重要になっていくのではないかといわれています。そんな時代だからこそ必要とされるものが、この映画の中にたっぷり詰まっていると感じました。
「町田くんの世界」は心が暖かく、幸せな気持ちに、笑顔になれる映画
映画『町田くんの世界』は、町田くんと猪原さんの恋物語を中心に、マンガそのままの素敵な町田ワールドを再現しています。見終わって思わず笑みがこぼれてしまうような、とってもあたたかな気持ちになれる映画です。
町田くんのいる世界、町田くんの見ている世界を、ぜひ覗きに行ってみてください。映画を見終わったあとの世界は、今までとはちょっとだけ世界が違って見えるかもしれません。