納棺師という仕事をテーマにした映画『おくりびと』。テーマ的に重い映画なんだろうなと観るのを渋っていた部分があるのですが、いざ観てみると思った以上に笑って、泣いて、共感して楽しめるような面白い映画で驚きました。
今回はそんな「おくりびと」についての詳しい感想と考察をご紹介していきます。感想と考察ではネタバレを含みますので、映画視聴前の方やネタバレを避けたい方はご注意ください。
目次
映画「おくりびと」を観て学んだ事・感じた事
・身近な人の死について考えられる
・適度に笑って適度に泣ける
・重いテーマの映画が苦手な方にもおすすめ!
映画「おくりびと」の作品情報
公開日 | 2008年09月13日 |
監督 | 滝田洋二郎 |
脚本 | 小山薫堂 |
出演者 | 本木雅弘(小林大悟) 広末涼子(小林美香) 山崎努(佐々木生栄/社長) 余貴美子(上村百合子) 笹野高史(平田正吉/火葬場のおっちゃん) 大谷亮介(性同一性障害に悩む青年の父) |
映画「おくりびと」のあらすじ・内容
やっとつかんだオーケストラ奏者としての職を失ってしまった小林大悟は長年の夢を諦め、亡き母が残してくれた山形の実家に妻・美香と共に引っ越すことを決めました。
引っ越し先では好条件の求人を出していた「NKエージェント」という会社に採用されたのですが、そこは遺体を棺に納める「納棺」という特殊な仕事を行っている会社でした。戸惑いながらも好条件に目がくらんだ小林は、妻には冠婚葬祭系とごまかしながらとりあえず働き始めてみることにします。
そこで今まで知らなかった納棺という仕事について、人の死について、故人や遺族の想いについて触れた小林は、とりあえずで始めた納棺という仕事に真剣に向き合うようになっていきます。
そして納棺という仕事を通して妻の本当の想い、自分の過去についても知ることに…。
映画「おくりびと」のネタバレ感想
納棺師という死に関わる仕事をテーマにした映画ということで、重たいストーリーの映画なのかなと思っていましたが、思っていたよりも笑いどころもあるストーリーで観やすく面白い映画でした。
個人的には衛生面やエンディングなど少し気になる部分があるものの、性同一性障害の青年の死や独居老人の死などリアルな表現や真面目な部分をしっかりと描きながら、泣いたり、クスっと笑いながら観れるような映画だったので、重い映画が苦手だからと敬遠している方にもおすすめです!
冒頭の性同一性障害に悩む青年の死
人の死に触れる納棺という特殊な仕事をテーマにした映画だったので重い雰囲気で始まる映画なのかなと思っていたのですが、最初から「美人なご遺体にアレが付いてる…」という不謹慎な笑いから始まり、重いテーマの割には楽しみながら観やすかったですね。
アレが付いていることを確認した社長と小林が、ご遺体の死化粧を男性用にするか女性用にするのか遺族に尋ねたことで遺族が少し揉め出す感じも妙にリアルで、笑いどころとしては少し不謹慎な気もいたしますが、実際にありえそうなあるあるっぽい感じが個人的には良かったと思っています。
死に関わる重いテーマだと興味のない方には敬遠されてしまう場合が多いのですが、おくりびとは最初に適度な笑いがあることで誰でも観始めやすような映画だったと感じました。
そして、映画冒頭で少し笑いを持ってきて観始めやすくしておきながらただの笑いどころとして終わるのではなく、映画後半では話の背景をしっかりと描き切り重く、悲しみのあるストーリー展開に変化していたのも良かったです。
彼は性同一性障害に悩み自殺をしてしまいましたが、両親も変わっていく息子に戸惑っていたこと。生前はすれ違って分かりあうことが出来なかったけれども小林と社長の納棺の儀のおかげで旅立ちの前に親子として通じ合うことができたことなど、人の死を笑いだけで終わらせずにキッチリと描き切っていました。
あの追加シーンがあったからこそ、故人の想いや遺族の話を聞くことで故人の尊厳や願いを考え、叶えようとできるんだろうなと思うことができたので、おくりびとの中でもかなり重要な納棺シーンだと感じました。
独居老人の現場がリアル
閉め切った部屋の中を飛び交う無数のハエの羽音、腐った食べ物にウゴウゴと湧く蛆虫など、死後2週間経過した独居老人の現場としてかなりリアルな表現がされており、吐き出しそうになる小林と同じようにウェ…となってしまうような気持ち悪さがありました。
その気持ち悪さがどうしても受け付けないという方はいるかもしれませんが、私はあれくらいリアルな表現がされていて良かったと思います。
人は必ずしも自分が望む状態で死ねるわけではありませんし、必ずしも死を悲しんでくれる人が身近にいるとは限りません。いつも通りの生活をしていただけなのに突然亡くなってしまい、腐敗が進み異臭がするまで誰にも発見されなかった独居老人の死というのは、人の死に関わるテーマの映画の中でとてもリアルに、良いインパクトになっていたのではないでしょうか。
そしてそんなご遺体とも真っすぐに向き合い、人として接している社長はカッコよかったですね。
ただの遺体というだけで抵抗を感じる人間が多いのに、腐乱した遺体となればなおのこと「近付きたくない」「気持ち悪い」と思う方が多いはずです。自分がもし小林の立場だったら、小林と同じように間違いなく吐き出していたと思います。
しかしそれと同じように、自分がもし独居老人となり映画のように腐りかけの遺体で発見されることになってしまった時、できることならば「気持ち悪い」「臭い」と言われながら納棺されるよりも、社長のように真っすぐと対応してもらいたいなとも思えるようなシーンでした。
死の状況は自分では選べないからこそ、最後まで人として扱ってほしいものですね。
夫と娘を残して亡くなった女性の納棺は泣けた
納棺師の2人の遅刻にイラつき、納棺の儀を力なく見守り、故人の愛用していた口紅を尋ねられた時にもキョトンっとしていたような夫が、生前のように美しく蘇った妻の棺の蓋が閉まるときに、やっと妻に声を掛けて涙するシーンには泣けましたね。
死後のやつれた姿では死の実感がわかずに死を受け止めることが出来なかった夫も、生前のように美しくなった妻を見たことでやっと死んだんだなと受け止めることができ、泣くことが出来たのかなと思うと、涙なしに見ることはできませんでした。最後に去り行く社長と小林を呼び止め、今までで1番美しい妻だったと言いながら礼を言う夫の姿もカッコよかったです。
生前のお気に入りのリップについて聞かれたときに、娘がスッと口紅を持ってくるシーンも良かったですね。いつも見ていた母が使っていた口紅。まだ使われるはずだった口紅を使う最後の機会なのだと思うと、化粧が身近な女性としてはグッとくるものがあります。
故人と同じ女性としてはやはり夫婦の別れ、残された夫と娘というあの納棺には共感する部分や思う所が多かったので、感情移入しやすくて泣けました。
納棺師という仕事を知るいいきっかけに
葬儀屋・納棺師という仕事には以前から興味があったのでそういったテーマの本はチラホラ読んでいたのですが、映画で観るとまた違った感じ方ができましたし、改めて興味をそそられるような映画だったと思います。
人の死について真剣に表現しながら時折ポップに、感動的な部分やいい部分だけでなくリアルに表現するところはしっかりと描き、様々な死に関わっていくことで変わっていく小林の姿は、納棺師という仕事について知ったり興味を持ついいきっかけになる映画だと感じました。
現職の納棺師の方がこの映画を観てどう思うのかは分かりませんが、納棺師という仕事に身近に触れたことがない自分にとっては、参考になったし良い影響を受けたと思っています。
カッコいいおっちゃん達の名言から学んだこと
小林に納棺師という仕事について指導していくNKエージェントの社長、納棺師という仕事について悩む小林に陰ながら言葉を送る火葬場のおっちゃん、冒頭の性同一性障害に悩む青年の父など、おくりびとではおっちゃん達が非常にカッコよかったですね。
大御所を使っているだけあって小林の周りを支える役としてどっしりとした雰囲気が合っていましたし、彼らのセリフには考えさせられるものがありました。個人的に特に好きだったセリフは3つ。
「生き物は生き物を食って生きてる。死ぬ気になれなきゃ食うしかない。食うならうまい方がいい。」
「私は門番としてここでたくさんの人を送ってきた。いってらっしゃい。また会おうねっていいながら。」
「あの子があぁなってからケンカばかりでまともに顔を見ていなかったが、微笑んでいる姿を見てやっぱり俺の子だと思った。本当にありがとう。」
感じ方は人それぞれなのかもしれませんが、個人的にはこの3つのセリフには感じるものが多かったです。
生きたいなら食うしかない。食うならうまい方がいい。いってらっしゃい。また会おうね。やっぱり俺の子だ。など当たり前のことしか言っていないのですが、当たり前のことだからこそ大事だなと改めて思いました。
人の死によって環境・感じ方が変わることも多いですが、根本はやっぱり当たり前のことが大切ですよね。人の死という非日常なようで当たり前のことに身近に触れているからこそ、日常にある当たり前のことの大切さを学べるようなセリフでした。
ご遺体への衛生面が気になる…
納棺という仕事をテーマにした映画で悲しみ、学び、楽しめるような面白い映画だと思うのですが、どうしても納棺の際に小林や遺族がご遺体を素手で触っていたり、キスしたりしているのが気になってしまいました。
納棺・葬儀関連の本で『エンバーミング』という遺体に防腐・殺菌・修復などを施す技術を知り、ご遺体には感染症のリスクや触れる際には注意が必要なことを知った者としては、あそこまで不用意に素手で触り続けているのはどうしても気になってしまいます。
あくまでも本で得た知識なので遺体への危険性を専門的に知っているわけではありませんが、納棺師の行っていることはあくまでも表面上を整える『エンゼルケア』『エンゼルメイク』 に近いもので、エンバーミングを施した遺体とは違って内臓や体の内部は亡くなった時から火葬されるまで腐り続けているのではないでしょうか。
また、遺族ならば故人の病気や死因などは知っているし思い入れから触れてしまうことがあるのかもしれませんが、納棺師は全くの他人ですし故人がなぜ亡くなったのか、どんな既往歴があるのか、死の状態について全てを知っているわけではないようなので、素手で触る危険性は計り知れないものがあります。
素手でご遺体に触れることで親身になっている、遺体は汚らわしいものではないという美しい表現なのかもしれませんが、衛生面を気にすることと汚れ扱いすることは全くの別物だと思っているので、真剣に仕事として行っているからこそプロとして衛生面は気にするべきところだと個人的には思いました。
納棺師の仕事をテーマにしてリアルにつくられている分、そういった細かい部分が気になって良いシーンでも少しモヤモヤする部分がありましたね。
エンディングは突然
納棺師という仕事について妻と和解し、最後にずっと音信不通だった父の死の連絡を受け、適当に仕事をこなそうとする業者を振り払って自ら納棺の儀を行うシーン。物語のエンディングで絶対に来るだろうなと思っていた期待の展開だったのですが、思っていた以上に突然終わってしまって驚きました。
納棺の儀を終えて、父が大切に持っていた石を今度は産まれてくれる子供に渡すというところで突然プツンっとテープが切れたようにエンディングを迎えてしまいましたが、もう少し続きがあっても良いのではないかなと思います。
気になって調べてみると、私が視聴したのは『TBSオンデマンド版』というバージョンで、DVDなどに収録されているオリジナル版に比べるとカットが入っているらしいですね。そのカットの影響でエンディングが突然終わったように感じたのかもしれませんが、残念ながらオリジナル版は視聴することができなかったので確認することができませんでした。
気に入っている映画なので、機会があればオリジナル版の方も視聴してみたいと思っています。
映画「おくりびと」の考察
おくりびとの中でインパクトの強かった小林の妻・美香の「汚らわしい!」というセリフについて考察していきます。
あくまでも個人的な意見なのでこれが正解というわけではありませんが、こういう考え方もあるのか程度に見ていただければ幸いです!
納棺師の仕事は汚らわしいのか
映画内で小林が納棺師という仕事をしていることを知った妻・美香が「恥ずかしいとは思わないの?」「普通の仕事をしてほしい」「今すぐ辞めて」と言い、触れようとする小林に対して「触らないで!汚らわしい!」というシーンがあります。
この映画の中でもかなりインパクトが強いセリフで、人によってこのセリフについての感じ方は違うのではないでしょうか。
個人的には実際にその仕事に就いたことがあるわけではないし、周りにその仕事に就いている人がいるわけではないので強くは言えませんが、医者や看護師が人の命を守ろうとしているのと同じように、人の尊厳を守るために働いているスゴイ仕事だと思っています。
でも人の死に関わる仕事だからこそ、自分のため、家族や友人のため、仕事先の人々のためにも衛生面には気を付ける必要があると考えています。もし仕事のために病気に罹ってしまっては元も子もないですし、その病気を周りの人にさらに感染させてしまう可能性もあるわけですから、仕事として行うからこそ時には非情に冷静に対処することも必要なのではないでしょうか。
そういった意味では、自分に隠してこそこそと仕事をしていた小林に対して「汚らわしい!」と言ってしまった妻の気持ちも理解できます。子供ができたとなればなおさらですよね…。
結論としては、汚らわしいとは思っていないけれども、遺体に接する機会のある仕事だからこその危険性を理解することと、自分と周りの人のためにも自衛の精神が大事な仕事だと個人的には思いました。
「おくりびと」は適度に笑って適度に泣ける映画
人の死に関わる映画というと感動、悲しみ、考えさせられるような重いテーマの印象が強かったのですが、おくりびとは適度に笑って適度に泣けるようなストーリーで重いテーマが苦手な方でも観やすく、より身近に人の死について考えることができるような映画だと感じました。
重いテーマが苦手と敬遠している方にもおすすめなので、ぜひこの機会におくりびとを視聴してみてください!