『レ・ミゼラブル』はトム・フーパー監督によるミュージカル映画です。
長年にわたって人気を博してきた演目を、『英国王のスピーチ』でアカデミー賞を受賞した監督が手掛けた一本です。上映当時は日本でも大きな話題となり、洋画としては異例のロングヒットを叩きだしたため、記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。
今回はそんな『レ・ミゼラブル』の個人的な感想や解説を書いていきます。途中までネタバレは控えてありますので、鑑賞前にもどうぞ。
目次
映画「レ・ミゼラブル」を観て学んだ事・感じた事
・音楽周りの安定性は尋常じゃない
・物語としては説明不足だが、特に不満を感じさせない力がある
・良い意味でも悪い意味でも映像作品に収まっている
映画「レ・ミゼラブル」の作品情報
公開日 | 2012年12月21日(日本) 2012年12月25日(米国) |
原題 | Les Misérables |
監督 | トム・フーパー |
脚本 | ウィリアム・ニコルソンほか |
出演者 | ジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン) ジャベール(ラッセル・クロウ) ファンティーヌ(アン・ハサウェイ) コゼット(アマンダ・サイフリッド/幼少期:イザベル・アレン) マリウス・ポンメルシー(エディ・レッドメイン) |
映画「レ・ミゼラブル」のあらすじ・内容
1815年、フランスの囚人ジャン・バルジャンはある徒刑場にいました。妹の子どものためにパンを盗んだ罪と複数回脱走を試みた罪で、19年も服役していたのです。
ある日彼は仮釈放となって娑婆に出ますが、貧しさと差別から寝食もままなりません。困窮していたところにミリエル司教が現れ、彼に食事とベッドを提供します。
バルジャンは厚意を受けながらも、そのねじ曲がった根性から深夜に教会の銀食器を盗んで逃走します。
しかし翌日になって彼は逮捕され、司教の下に連行されます。バルジャンは裁かれるかと思いきや、なんと司教に庇われてしまいます。このことがきっかけで、心を入れ替えたバルジャンは八年後……。
映画「レ・ミゼラブル」のネタバレ感想
世界史上名高い原作によるミュージカル映画
本作は、フランス=ロマン派最大の作家であるユゴーの代表作を基にしたミュージカルをフィルムに収めた映画です。ミュージカルは1985年から上演されており、演劇史を語る上でも名前の出るものになっています。英語圏ではもちろん、日本でもたびたび上演がなされる有名タイトルです。
本作はその映画化作品です。昨今ではミュージカル映画はなかなか作られないこともあってか、当時は大きな話題となりました。期待に相応しい音楽が備わっていたこともあって、今なお人気のある一本といえます。
【解説】「革命」ってフランス革命とは違うの?
本作の終盤では、若者たちが声たかだかに「革命」をうたいだします。フランスが舞台だから、これがあの有名なフランス革命?と思う方もいるかもしれませんが、決してそんなことはなく、基本的にフランス革命は1789年から10年間の動乱を指す言葉ですから、これはその後に発生した別物です。
「革命」としてもっとも有名なものというと、イギリスの清教徒・名誉革命、およびフランス革命が挙げられると思います。どちらも中学校の教科書に載っているほどのものです。だからといって、歴史上それしか革命がなかったなんてことはまったくなく、成功したものも複数ありますし、失敗したものも含めれば数えられる数になるかもわからないほどでしょう。
そしてそれは、フランス国内だけでも同様のことがいえます。たしかにフランスは、フランス革命という全ヨーロッパをゆるがす事件を経験しましたが、それは同じ革命であっても、一部の有力者が取り仕切り勝ちだったイギリス革命・アメリカ独立とは似て非なる意味をもっています。
長い間ヨーロッパの中心に位置していたフランスが、民衆によって王を失い、政府の樹立もしてしまうということは、文字通り歴史を変えるほどのものだったと断言できます。にもかかわらず、フランスはフランス革命だけで革命をオシマイにすることはなかったのです。
そもそもフランス革命は、必ずしも成功したと言い切れるわけではありませんでした。時の国王ルイ16世、ついで王妃マリー・アントワネットを処刑し、共和政府を作るも解散と新政府樹立を繰り返し、一時は恐怖政治が横行するなどして、フランスという国が無くなるところまで行きかけました(このあたりまでを指してフランス革命と呼びます)。
その後、危ないところでナポレオンが現れて逆転劇を見せるのですが、ナポレオンもナポレオンで、自ら共和制を終わらせて皇帝になったりしてます。それも十年で終わるという短命さだったというと、「当時のフランスはとにかくメチャクチャだった」ということがおわかりいただけると思います。
『レ・ミゼラブル』の物語が始まるのは、ナポレオンが完全に没落したのと同じ1815年です。そのため劇中の描写と同じように、国内はかなり混乱していました。物語のラストはその17年後である1832年に位置付けてありますが、政治・社会的にはむしろさらに悪化したとさえ言える状況となっていました。
具体的には、ナポレオンの後にルイ18世、続いてシャルル10世が王位に就くものの、シャルルの失政により1830年に七月革命を招き、ルイ=フィリップという別の王に代わっています。彼の下では立憲君主制が敷かれたため、それまでの王政とはまた別物ではありましたが、それでも共和派やボナパルティスト(ナポレオンの一族の支持者)らからの抵抗はありました。
また、平民の生活も、必ずしも楽なものではありませんでした。フランス革命によって自分の土地をもつ小農民は増加したのですが、そのことがかえって農業の効率化を阻んでいたのが理由の一つです。小さな土地を大勢がバラバラに管理するよりは、大きな土地を分業して管理した方が人手が少なくて済むのですが、これができなかったのです。そのせいで、より儲かる工業に割ける人数が減っていました。実際、本作で登場する工場も、イギリスのそれに比べるとちんまりしていて数も少ないです。
政治に干渉できなかったことも問題と言えるでしょう。作中の描写から明らかかもしれませんが、当時のフランスには富裕層にしか選挙権がありませんでした。そのため、呑気に過ごすままで事態が好転するなんてことはありえません。
しかも不作が続いて食料が減ってしまったり、コレラの流行が起こったり…など、劇中で名前だけ出てくるラマルク将軍という人物もこれが元で死んでいるほどですから、人々の不満が頂点に達していたことは間違いないでしょう。
本作の「革命」は、この不満が頂点に達して発生したものであり、フランス革命ほどの影響力はなかったと言えますし、その後も何度となくフランスで発生する革命の一つにすぎないとも言えます。1848年に二月革命が起きたと思ったらわずか3年でクーデターによりナポレオンの甥が皇帝になったり、1870年にドイツに攻められて帝政が終わったり……有名なものだけでこうですから、小さいものも含めれば本当にいくつになるか知れません。
そして肝心なのは、たとえどんなに小さなものだとしても、行動を起こす側が革命を自称することは可能であり、また行動を受ける側が暴動と貶めることは可能であるということです。どちらの名前がふさわしいかは後の時代が決めることなので、最中でどう呼ばれていても、鵜呑みにしてはいけません。
舞台には舞台の良さがあるのも事実
日本国内での映画「レ・ミゼラブル」の評価が非常に高いことは疑いようがありません。ディズニー等のファミリー作品でもない洋画が、59億円の興行収入を叩きだしたのはかなり珍しいことです。20歳以上の日本人が本作を高く評価したことの表れでしょう。だからといって、本作で満足しきってしまうのは個人的には「違う」と思います。
そもそも本作は、ブロードウェイ等で演じられていたミュージカルを基にしたものであり、三十年以上の長きにわたって愛されてきたのは、その舞台の方でもあります。広告の上でこそ本作は「完全映画化」をうたってはいますが、だからといって舞台の良さを余すところなく盛り込めているとは到底思えません。出来がうんぬんというよりかは、映画ではどうしようもないところが間違いなくあるのです。
当然と言えば当然なのですが、舞台では観客の目の前でキャストが演技を見せます。画面を通したパフォーマンスと、その場のものとではやはり「圧」が違います。収録ではないから絶対にミスが許されないという緊張感もありますが、臨場感がもたらす効果が違うのでしょう。それはミュージカルに限らずロックのライブでも歌舞伎の公演でも同じですが、ナマにしか出せない迫力というものが確実にあります。そしてそれは、映画では逆立ちしても表現できません。
そのことを置いておくにしても、本作は本当の意味で完璧な映画と言えるのかどうか、個人的に疑っていたりします。というのは、日本人はミュージカル映画に対する評価が甘いのではないか?と思っているからです。
世界的には評価の悪かった『オペラ座の怪人』も、日本の興行収入は42億円に届いていますし、本作についても海外の批評家からの評価はやや伸び悩んでいるからです。大手レビューサイトRotten Tomatoesの平均点数は10点中6.86点となんだか微妙ですし、各映画賞の結果もぼちぼちです。これらの結果が筆者には、「本場のパフォーマンスはもっとスゴいぞ」という気持ちの表れに思えてなりません。
見せ方にしても、劇中の構図が「いま唄っている人物にズームする」というものばかりで、映画としての味の出し方に欠けるように思えてなりません。せっかく映画なのだから、もう少し遠目に撮ったり、ぐるぐると視点を変えたりしてもよかったのではないでしょうか。
間近から撮ることで「キャストをよく見せろ!」という声に応えることができるのは確かなのですが、そのせいもあってか、悪い意味でTVドラマっぽい画ばかりになってしまっています(実際、トム・フーパーはTVドラマ出身の監督ですし)。
もちろん、本場のミュージカルを観ることなんてそうそうできないのは確かです。日本人キャストによるものならともかく、オリジナル版を鑑賞するには、来日公演を待つか飛行機に乗って現地に行くしかありません。
それができないからこそ、日本でミュージカル映画の評価が高くなる風潮が出来上がってもいるとも言えるでしょう。映画化したことで、どこでも鑑賞できるようになったことにも、多大な価値がありますが、本作を気に入った場合は「いい歌だったなあ」で終わらせるのではなく、「いつか本場のミュージカルも観てやるぞ!」という夢を持った方がきっといい体験ができると思います。
以下からネタバレありです!
【考察】警官ジャベールは何を示しているのか
心を入れ替えたバルジャンは、名前を捨てて新たな人生を歩み大成します。親戚に会いに行く様子が一切ないことから、おそらくすでに天涯孤独となっていると考えられますが、そのことが幸いしてか、「ジャン・バルジャン」の名を知っている人間は、ただ一人を除いて誰もいなくなっています。
その一人が、ラッセル・クロウ演じる警官ジャベールでした。彼の前職はバルジャンのいた徒刑場の看守だったからです。バルジャンは歳に似合わない怪力をもち、法に照らせば「繰り返し脱獄を図り、ついには仮釈放中に脱走した極悪人」であることから、ジャベールの記憶に根強く残っていたのだと考えられます。
ジャベールは法に基づいた正義感が人一倍強く、職務精神が旺盛だったため、17年の長きにわたってバルジャンを追い続けます。その間に何度もバルジャンを追い詰めるのですが、そのたびに逃げられていました。すさまじい執念です。
逆に言えばバルジャンの追跡はジャベールの一存でしか行われておらず、有事の際には一般の警官として働く必要がありました。「革命」についても例外ではなく、ジャベールは治安維持のために若者らを鎮圧する必要があり、そこで彼はある計画を実行するのですが、失敗し、逆に若者らに捉えられてしまいます。
そこにバルジャンが現れ、身動きの取れないジャベールと対面します。ジャベールが死を覚悟したのと裏腹に、バルジャンは彼を解放します。ジャベールが予期した復讐などされず、ただ無償で逃がされるのです。その後二人はまた対面するのですが、ジャベールはどうしてもバルジャンを逮捕できず、苦悩の末に一人で投身自殺をしてしまいます。
この一連の流れが腑に落ちないという方もいるかもしれません。適切な例えかどうか微妙ですが、執拗に誰かを追いかけるというキャラクターならば、『トムとジェリー』やアニメ『ポケットモンスター』のロケット団のように、最後まで自分の意志で追い続けた方が自然な気がしてもおかしくないでしょう。なのにどうして、死を選んだのでしょうか。
これは一つには、ジャベールが法の精神を体現していることが原因なのだと考えられます。法の下では、罪は罰によって裁かれなければ社会の調和が保てません。罰を下そうが下すまいが罪人が改心することは考慮されず、ただ「罰を受けたくない」と思わせることで犯罪を抑制しようとします。
しかし、バルジャンは罰もなしに改心し、ジャベールへの怒りさえ表しませんでした。このことが、ジャベールの中の法意識を根幹から揺るがしたのでしょう。
本作がかなりキリスト教的文脈の中で造られていることも、加味されていると考えられます。バルジャンは司教からの愛によって改心し、自分もまた人に愛を与えるようになりました。自分を酷い目に遭わせたバルジャンに対してさえ、許しと自由を与えた一方、ジャベールが与えてきたものは真逆、罰と束縛です。その結果を見せようという作者の意図もあったと考えられます。
バルジャンが死んだ後のラストシーンでは、「革命」で死んだ者たちが『民衆の歌』を歌っています。そこにバルジャンが加わっていく一方で、ジャベールの姿はありません。おそらく地獄に送られてしまったことの暗示なのでしょう。社会人として正しい行いをしたからといって、それを神が加味するとは限らないのだということを示したかったのだと思います。
念のため付け足すと、自殺はカトリックの中ではかなり重いタブーとされていますので、それが地獄行きに影響したとも思います。また、小説の原作者ヴィクトル・ユゴーは革命に好意的だったので、その辺を盛って表現しているきらいもあります。
何にしたって死後のことは知りようがないのですが、「法」と「キリスト教精神」の両方の都合から、ジャベールは自殺したと考えてよいのではないでしょうか。(Written by 石田ライガ)
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