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『名探偵コナン 業火の向日葵』ネタバレ感想・解説・考察! シリーズ劇場版初の「アートミステリー」作品

燃え盛る美術館とお馴染みの脱出シーンは見事

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』は、国民的漫画「名探偵コナン」シリーズの劇場版第19作目に相当する作品です。

本作の特徴は、タイトルにもあるゴッホの名作「ひまわり」が物語の鍵を握ることで、殺人事件が中心であったこれまでのシリーズとは一線を画す「アートミステリー」と銘打たれている点でしょう。

また、予告でも顔見せをしているように、作中屈指の人気キャラ「怪盗キッド」が全面に登場する作品でもあり、そのあたりにも注目が集まっていました。

今回はそんな『名探偵コナン 業火の向日葵』の個人的な感想や考察を書いていきます!なお、ネタバレには注意してください。

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』を観て学んだこと・感じたこと

・やはりキッドのカッコよさはたまらない
・芸術家特有のこだわりとその難しさ
・「アートミステリー」は新鮮だが…

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』の基本情報

公開日2015年4月18日
監督静野孔文
脚本櫻井武晴
出演者江戸川コナン(高山みなみ)
毛利蘭(山崎和佳奈)
毛利小五郎(小山力也)
怪盗キッド(山崎勝平)
宮台なつみ(榮倉奈々)
チャーリー(咲野俊介)

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』のあらすじ・内容

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』のあらすじ・内容(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

ニューヨークのオークション会場で、ゴッホが描き焼失したとされる伝説の絵画「ひまわり」の模写が落札されました。落札者は鈴木財閥の相談役で、日本において「ひまわり展」を企画しようと目論んだのです。

そして、この「ひまわり」収集のために選び抜かれたスペシャリスト集団として、7人の精鋭が終結していました。彼はこれを「7人のサムライ」と呼び、絶対の信頼を寄せていました。

 

しかし、突如としてオークション会場に出現した「カード」の存在に、観衆は騒然とします。

そう、このカードは怪盗キッドの到来を示す象徴として知られていたからです。キッドは会場から逃亡すると、相談役の鈴木次郎吉は慌てて「ひまわり」を飛行機に載せ、工藤新一やサムライらとともに羽田空港への帰還を目指します。

しかし、飛行機は突如として爆発。結果として「ひまわり」および人命は確保されましたが、これまで「義賊」として知られていたキッドの容赦ない犯行に驚く一同。果たして、キッドは本当に悪に落ちてしまったのでしょうか…。

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』のネタバレ感想

【解説】ゴッホと「7枚のひまわり」

【解説】ゴッホと「7枚のひまわり」(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

まず、本作の内容をより深く楽しむためには、主題として扱われているゴッホの絵画「ひまわり」について予備知識をもっておくことをオススメします。もちろん子供でも楽しめるように詳しく知らなくても問題はない設計になっているものの、本作は「大人向け」の小ネタも随所に隠されています。

そもそも、ゴッホの「ひまわり」が映画で描かれているのと同様に、現実でも7枚存在していたということを皆さんはご存知でしょうか。この絵画は世界で一枚しか現存していないというたぐいのものではなく、世界中にその存在が確認されています。

ところが、その中で一枚だけ現存していない「ひまわり」が存在します。それは、絵画の管理番号F459として知られる「二枚目」のひまわりです。これは1920年(大正9年)に日本の実業家である山本顧彌太という人物が、当時の価値にして約2億円という大金を払い購入したものです。彼は当初美術館を作成するという計画を抱いていましたが、それがとん挫したため自宅に飾られていました。

その後も彼が所有し続けていたのですが、1945年(昭和20年)にアメリカ軍の大規模な空襲被害に遭い焼失。美術界における非常に大きな損失となりました。このような歴史があるため、映画内で描かれているような7枚の「ひまわり」は現存しないのです。

ただし、本作においては該当するひまわりを命がけで海外へ流失させ、そのために空襲の被害を逃れて残存しているという設定になっています。この点から、本作の「業火の向日葵」というタイトルそのものが、そもそもこの焼失事件を発想の根本にしていると推測できます。

 

ちなみに、現存する「ひまわり」は世界中に点在していますが、その中には損保ジャパン日本興和社が所有しているものがあります。また、この美術館が協力しているシーンも作中に存在します。作品は5枚目の「ひまわり」で、1987年に同社が2250万ポンド(当時にして約53億円)という目を見張るような金額で購入しています。当時の日本はバブル期であったため、これだけの出資が可能だったのでしょう。

以上の点は映画に直接のかかわりこそありませんが、知っておくと映画をより楽しめることがお分かりいただけるでしょう。例えば、すさまじい価値の付く「ひまわり」を収集することができる鈴木財閥の財力や、「『ひまわり』が燃える」ということがどれほどの社会的な損失に繋がってしまうかということなどです。

スクリーンを駆け回るキッドの活躍はファン待望のもの

スクリーンを駆け回るキッドの活躍はファン待望のもの(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

本作最大の見どころは何と言ってもキッドが大活躍する点でしょう。映画の冒頭では「キッドらしくない」犯行を繰り返し、作中の人物たちだけでなく我々も少しだけ不安にさせられます。

しかしながら、コナンも勘づくようにキッドは悪に落ちたわけでもなく、何らかの事情があってこのような手段に訴えざるを得ない状況にあるということにもすぐ気づくことでしょう。

最後には彼が「ひまわり」を守るために行動していたことが発覚し、コナンと共同で絵画を守るために真犯人に反抗します。ここに至って、我々はようやくキッドが悪に染まっているわけではないという確信を得て、一安心することになるのです。

このように、そもそも本作の脚本は原則としてキッドを中心に設計されており、彼が全面に目立つのはある意味必然といえます。冒頭では多少観客を揺さぶりに来たものの、結果として見ればいつも通りのキッドでしたし、従来のファンにとってはたまらない映画だったのではないでしょうか。

ただし、基本的にキッド周りの人物以外は彼の登場でやや割を食っている感が否めず、そのあたりは触れておく必要があります。特に、後述するような「7人のサムライ」に関しては露骨に出番を抑えられており、あくまでキッドの活躍を盛り上げるだけの添え物になってしまっている点は気になりました。

 

また、レギュラーメンバーでいえば、キッドと手を結んで事件の解決を目指すコナンや鈴木財閥絡みで登場機会の多い園子を除くとやはり出番や活躍が限られているのは否めず、キャラクターを扱いきれなくなっているように感じました。

キッドの魅力が全面に押し出されているものの、それ以外のキャラに関しては彼の陰に隠れがちな映画という見方もできるでしょう。そのため、キャラ映画としては「キッドのことが好きか否か」という点が評価の大きな分かれ目かもしれません。私見ですがキッドは女性人気が高い印象があり、女性ファンの満足度は高そうな映画だと感じました。

燃え盛る美術館とお馴染みの脱出シーンは見事

燃え盛る美術館とお馴染みの脱出シーンは見事(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

コナンシリーズの映画といえば、推理よりもむしろ大規模なアクションシーンが見せ場の一つとなっているような気がします。この点に関しては、業火に包まれる美術館からコナンと蘭が脱出するイベントが存在するので、本作でも終盤の大きな山場になっているといえるでしょう。

真犯人のトリックを暴いて一件落着かと思われた彼らでしたが、崩壊しつつある美術館に取り残されてしまいました。そこで蘭がアッサリ壁を破壊してしまうのですが、彼女の馬鹿力はアニメ・原作共に常識外れなので、今さら突っ込むのは野暮というところでしょうか。

しかし、今までの脱出シーンと異なる点は、コナンが「ひまわり」をも守り抜いたというところでしょう。自分自身の人命だけでなく絵画も救い出したというあたりは、本作のテーマがあくまで「アートミステリー」であることを実感させてくれます。

 

また、脱出シーンの流れをよく見ていくと、やはりヒロインは蘭なのだということも再認識することができます。映画によっては蘭よりも灰原との関係性に焦点があてられることもありますが、少なくとも本作では灰原よりも蘭のほうがヒロインらしさを全面に発揮していると感じられます。そもそも本来は普段からかくあるべきなのですが、蘭の「相棒感」からどうしてもヒロインっぽく見えないことは多々あり、個人的にもどちらかといえば灰原派だったりします。

ここまで脱出シーンから読み取れたことをいくつか話してきましたが、ここで一つメタ的な内容に触れたいと思います。本作のタイトルは「業火の向日葵」であり、タイトルをそのまま読めば「ひまわりが燃えるのか」と解釈される方がいらっしゃっても不思議ではありません。

しかし、筆者からすれば「ひまわりが燃えることはありえないだろう」と公開前から推測することは容易でした。その理由は単純で、基本的にいかにフィクションといえど、「貴重な実在の美術品を燃やす」というシーンを描くことは極めて難しいと考えられているからです。これはどういうことかというと、文化財や美術品を焼失させるということは、場合によっては美術愛好家や権利の所有者の怒りを買ってしまうことがあるため、基本的にそうしたシーンを描くことは避けられる傾向にあります。特に、前述のように「ひまわり」という作品は消失に対して敏感で、これが燃えることはないだろうと思っていました。

したがって、脚本上どうしても必要な場合を除いて美術品を焼失させるような展開が採用される可能性は低く、美術品を扱う時点である程度脚本の制約が派生していたことが推測可能です。

【解説】「七人の侍」をモチーフにした新キャラの描写不足が目立つ

【解説】「七人の侍」をモチーフにした新キャラの描写不足が目立つ(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

先ほど「キッド」の項でも少し触れましたが、本作におけるサブキャラクターの扱いは正直に言ってあまり優れているとはいえません。その中でも最も割を食っていると考えられるのが、「ひまわり」を守るために組織されたスペシャリスト集団「7人のサムライ」たちです。

まず、ネーミングを見ても分かるように、明らかに黒澤明の傑作『七人の侍』をオマージュしています。これ自体は特に珍しいことでもなく、同作から影響を受けている作品は枚挙にいとまがありません。実際、映画の本場アメリカでも『荒野の七人』や『マグニフィセント・セブン』など、数多くの関連作品が生み出され続けています。

そう考えれば、『七人の侍』に影響を受けているというのは少しありきたりな気がしないでもなく、監督の趣味が前に出すぎているような気はします。とはいえ、本作であえて同作をオマージュしたのは、冒頭で説明した通り「ひまわりは7枚書かれた」という点から連想させたものなのでしょう。こうした遊び心は映画ファンとして気づくと面白い点であり、同時に子供連れで映画を鑑賞しに来た「大人世代」に向けられた仕掛けであることは明らかです。

しかしながら、個人的には肝心の「7人のサムライ」たちに関する描写不足が目立ち、どうにも名前負けしている感が否めませんでした。そもそも、せいぜい2時間弱という尺の中で7人のスペシャリストを目立たせるというのも難しい上に、キッドを全面的に描こうという構成ではこうなってしまうのも納得です。

 

ちなみに、オマージュ元の『7人の侍』は、尺にして実に3時間ほどという大作映画であり、加えてこれでもかというほど7人の侍たちを中心に描くことで名作に昇華されました。タイトルに引用するくらい同作に愛着があるのであれば、中途半端に描いてしまうのではなく「7人を中心にした物語を作る」または「そもそも7人の起用を諦める」というように、割り切ったスタンスで制作をしてほしかったところです。

個人的には、遊び心やオマージュを重視するあまりそもそもの物語が窮屈になってしまっているように感じるので、こうした要素はあくまで「本筋」をしっかりと仕上げた上で取り入れてほしかったという印象は否めません。

【解説】ミステリーとしては凡庸であり、ゲスト声優の演技力にも問題

【解説】ミステリーとしては凡庸であり、ゲスト声優の演技力にも問題(C)2015 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

最後に、「アートミステリー」と題打たれた本作のトリック面や真犯人について解説をしておきます。本作における真犯人は「7人のサムライ」で絵画鑑定を務めていた宮台なつみで、「ひまわり」をめぐる全ての事件を仕組んでいたのは彼女でした。

その動機は、「7枚の中には偽物のひまわりが存在し、本物のひまわりと一緒に展示されるのが嫌だった」というもので、ここから全ての「ひまわり」を処分しようという発想に至ったのです。

正直、この動機に関しては共感できる要素があまりなく、物語の文脈を考えても随分と唐突な告白だったように思えます。さらに、彼女が偽物であると思い込んでいた「ひまわり」も本物であることが発覚するなど、正直いいところ無しで彼女の計画は失敗してしまいます。

肝心の推理に関しても、物語の謎はすでにキッドが掴んでいるという状態から開始されるという脚本の制約上、どうしても「後追い」感が否めませんでした。加えて、先ほどから何度か触れているように「7人のサムライ」に関しては描写不足であり、必然的になつみに対する深い背景や心情を知ることができないまま動機を提示されても、特に感慨を抱くことができなかったのです。

 

さらに、この真犯人役を務めたゲスト声優の榮倉奈々も、ハッキリ言ってしまうと棒読み気味で聞いていて非常に気になってしまいました。コナンシリーズは毎回ゲスト声優を起用し、同時にそのキャストが犯人ということが少なくないのですが、今回のように個々人の演技力には大きな差があります。

俳優や芸人として活躍しているために声の演技に関しても問題なくこなせてしまうゲストもいる一方で、本作のように明らかな浮き方をしてしまうと、流石にそれを無視することはできません。ただでさえイマイチ犯人に共感できていない状態で、お世辞にも上手とはいえない演技を耳にしてしまうと、気持ちが萎えてしまうのも無理はないと思います。

確かに、ゲスト声優は普段からコナンを見ている層だけでなく一般人にも求心力があり、様々なメディアで取り上げられることから格好の宣伝になることはまた事実です。しかしながら、ゲストの脇を固めるキャストが熟練の声優で占められている以上、いくらゲストといえども最低限の演技はこなせていないと非常に悪目立ちしてしまいます。

以上の点から、本作は「キッド好きのための映画」と結論付けられます。そのため、本作に何を求めるかによって、評価が大きく分かれる映画といえるでしょう。個人的には、コナンシリーズの中ではそれほど秀でた作品ではないのかな、というのが正直な印象です。とはいえ、単純なアニメ映画として考えれば決して悪い作品ではありませんし、興行収入の面でも堅調な数字を残していることから、ライトファンには好評な作品であったとも考えられます。

(Written by とーじん)

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