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映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』ネタバレ感想・解説・考察!ただただ残念な作品です…

【評価】原作ファンでなければストーリーを理解できないが、原作ファンであれば苛立ちは数百倍になる

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は、国民的RPGゲームである「ドラゴンクエスト」シリーズの傑作と名高い「ドラゴンクエスト5」をもとに、3DCGで新たに製作された同作の初映画化作品です。

しかし、結論から言ってしまえば本作は評価に値しない映画であると筆者は考えていますし、恐らくその考えに共感してくださる視聴者も多いと思われます。少なくとも「ドラクエ5」のファンであればあるほど、この作品を受け入れることは難しいでしょう。

今回の記事では『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の「良かった探し」を試みた後、この映画がなぜこれほどまでに残念な出来になってしまっているのか、という点を論じていきたいと思います。

そのため、ネタバレおよび作品に対する批判意見には注意してください。

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を観て学んだこと・感じたこと

・原作付きの映画を撮るならば、作品へのリスペクトをもってほしい
・「ゲーマー」という存在に対するステレオタイプな考え方が鼻につく
・ドラクエ5というゲームの完成度を今さらながらに実感する

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』の作品情報

公開日2019年8月2日
監督山崎貴
八木竜一
花房真
脚本山崎貴
出演者リュカ(佐藤健)
ビアンカ(有村架純)
フローラ(波留)
ヘンリー(坂口健太郎)
アルス(内川蓮生)
パパス(山田孝之)

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のあらすじ・内容

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のあらすじ・内容(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
(C)1992 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

少年リュカは、魔物によって連れ去られた母を救うべく、父のパパスと共に旅を続けていました。

父の背中は実に頼もしいでしたが、魔物たちとの戦闘で不覚を取ったパパスは、自身の能力を発揮することができないまま殺害されてしまうのです。

それから10年の歳月が経過し故郷へと帰還を果たしたリュカ。父の遺品を整理していると、そこには「天空のつるぎ」と「勇者」の存在が母を救うことにつながると記されていました。

父の遺志を知ったリュカは、これを受け継いで旅に出ます。

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のネタバレ感想

魅力的なフローラなど良かったところはゼロではない、ハズ

魅力的なフローラなど良かったところはゼロではない、ハズ(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
(C)1992 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

まず、本作も映画を名乗って商業的に公開されている作品ということで、当然ながら良かった点がないとは言い切れません。そもそも「良かった探し」を頑張らなければならない時点で作品の出来が酷いものであることは明らかなのですが、批判一辺倒では何かと不公平に思われますので、頑張って本作を褒めていきます。

個人的に感じた評価すべき点は、原作で「負けヒロイン」に選ばれることの多いフローラが、実に魅力的な女性として描かれている点です。原作プレイ済みの方はよくご存じだと思いますが、映画と同様に原作でも「プレイヤーが結婚相手を選択する」という場面が存在します。

ここではやはりフローラとビアンカが候補に挙がるのですが、幼少期から共に冒険し思い出深いビアンカに対し、あまり人間性が描写されず「ぽっと出」感が強いフローラは、やや魅力に欠ける面がありました。

そのため、体感ですが大半のプレイヤーはビアンカを選んでいる印象が強く、原作者の堀井雄二も「普通に進めていればビアンカが選ばれるという体で制作した」と語っているほど、いわば「出来レース」的な側面があったのです。

しかし、そういった観点から本作を振り返ってみると、原作とは様相を異にしていることが分かります。まず、ビアンカが選ばれる決定的な要因となった「幼少期の思い出」という面は、尺の都合によってバッサリとカットされています。もちろんこの製作スタイルもツッコミどころは満載なのですが、とりあえずここは一旦置いておきましょう。

 

その後は「伝説の勇者」と「剣」を探すという、比較的オーソドックスなストーリーが展開されていきます。この映画の終盤までの展開は、良くも悪くも無難で面白みに欠ける一方、致命的な欠陥は少ないように感じました。

この過程において結婚の選択を迫られるのですが、この映画ではビアンカよりもフローラのほうが魅力的に描かれているように感じました。原作では彼女が当て馬になっている印象のほうが強かったので、この路線転換は悪くないと思います。

もっとも、せっかくフローラを魅力的に仕立て上げたにも関わらず、最終的にそれほど決定打のないビアンカが選ばれてしまうので、映画としての説得力は皆無なのですが。終盤で原作を滅茶苦茶にするのであれば、逆にここを変えてみてもよかったのでは?と思わずにはいられません。

【解説】不愉快なキャラデザはなぜ生まれてしまったのか

【解説】不愉快なキャラデザはなぜ生まれてしまったのか(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
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さて、良かった探しを早々に終えて、本作の論評へと入っていきます。まず第一に気になったのは、原作者のキャラクターデザインを務めた鳥山明の画風に全く似せる気のない本作キャラクターたちの造形です。パッと見た感じは、アメリカの3Dアニメ映画に近く、ピクサーなどの影響を感じさせるデザインになっています。

しかし、言うまでもなく原作ファンは鳥山明のドラゴンクエストが好きなのであって、普通に考えればキャラデザを一新する意味が分かりません。特に、ドラクエは近年3Dゲームと化しており、ドラクエ8以降は3Dアニメとの親和性を見せ続けています。となれば、ファンの反発があるのは製作陣も十分に予測できたことでしょう。

そこで、この項では「本作のキャラデザ刷新は大失敗であった」ということを前提として、一歩進んだところにある「なぜ、見えている失敗路線を邁進してしまったのか」という点を考えていきます。

 

そもそもの前提として、本作を手がけた山崎貴という監督は、原作のキャラデザを往々にして無視する傾向があります。これは以前に大ヒットした「STAND BY MEドラえもん」や、本年末に公開予定の「ルパン三世」の3Dアニメ映画にもいえることで、あまり原作のキャラデザを尊重しようと考える監督ではありません。

そのうえで、本作のデザインが「アメリカナイズ」されているという点から、「海外ウケを意識したのでは」という可能性が考えられると思われます。確かに、ドラゴンクエストという作品は国内での人気に対して海外での人気が低いことで知られており、一般に「国内二大RPG」とされるファイナルファンタジーシリーズに国外知名度では大差をつけられているのが現状です。こうした事実から、製作陣は「鳥山デザインは海外でウケにくいのでは?」とあたりをつけ、キャラデザの刷新に踏み切ったのではないでしょうか。

ただし、残念な事実として鳥山明が書く「ドラゴンボール」シリーズは海外人気も高く、彼のデザインが海外でウケないというのはお門違いな指摘なのです。ゲーマーの間では、ドラクエのゲームシステムが海外との相性に問題をきたしているとみられることが多いため、仮にこう考えていたのであれば認識が不足しているでしょう。

もっとも、監督の作品遍歴から考えれば、ただ単にオリジナリティを出したいがためにキャラデザを刷新した可能性も否めません。仮にそうであったとすれば、それは自身が作成するオリジナル映画でしてほしかったですね。

終盤の展開は「最低」の一言

終盤の展開は「最低」の一言(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
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この映画が評価を決定づけた最大の要因が、終盤に明かされる「衝撃」の種明かしでしょう。主人公一行がラスボスであるミルドラースと対戦している最中、リュカを除く世界全てが急速に崩壊していきました。その光景に驚いている彼に、「今までお前が生きてきた世界は全てVR(仮想空間)であり、これはゲームだったのだ!」と告げられます。

しかし、それを知らされたにもかかわらずリュカはその歩みを止めず、ラスボスにとどめを刺すという展開が描かれていました。このシーンを要約すると、「しょせんは作り物に過ぎない『ゲーム』という世界でも、その思い出は残る」というようなメッセージを我々に伝えたかったのでしょう。実際、監督は「衝撃的なラストシーンを思いついた」ために映画製作を決意したと語っており、おそらくこれは事実だと思います。

このメッセージを届けられた筆者は、主に二つの点で怒りを覚えました。まず、一つ目は「ドラクエ5を冒涜している」という点です。監督による改変は、言うなれば「ドラクエ5のシナリオはつまらないから、俺が楽しくしてやった」という意図を感じないでもないですし、作り手側の驕りを象徴しているように思えます。もちろん、長編ゲームを2時間映画にまとめるには多少の改変はやむを得ないですし、そこは致し方ない面もあるでしょう。

しかし、原作の伝えたいメッセージとは似ても似つかないような「衝撃的なアイデア」を我が物顔で伝えられても、こちらはただただ呆然とするよりほかにないのです。繰り返し言っていますが、好き勝手やりたいのであればオリジナル映画を作るべきですし、それが叶わないのであればせめて原作にリスペクトを持ったうえで、原作付きの映画を製作してくださいと伝えたいです。

 

もう一つの腹立たしい点としては、「肝心のメッセージも時代遅れで凡庸」という点です。百歩ゆずって原作とは全く異なる展開になっていたとしても、それが映画として魅力的に仕上がっていればまだ評価できます。確かに原作ファンには受け入れられないかもしれませんが、一つの良作映画として評価を得られると思います。

ところが、本作で伝えているメッセージは「ゲーマーを冒涜する」ものでもあり、同時にやや古臭い発想でもあります。「仮想空間にムキになっちゃって」という意見は昔からゲーマーに向けられてきたものですし、「思い出は残る!」という答えもゲーマー側が持ってきた矜持のようなものでしょう。最近でも、ソシャゲへの課金をいぶしがられることの答えを用意する方は多いです。

つまり、言ってしまえば「ゲーマーにとってのアタリマエ」を、「こんなアイデアを思い付いた!すごいでしょ?!」と見せつけられているのが我々と本作の関係性であり、非難が殺到するのも全くもって道理でしょう。

【評価】原作ファンでなければストーリーを理解できないが、原作ファンであれば苛立ちは数百倍になる

【評価】原作ファンでなければストーリーを理解できないが、原作ファンであれば苛立ちは数百倍になる(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
(C)1992 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

ここまでの内容からも分かるように、基本的に「原作が好きであればあるほど、出来にイライラする」という映画になってしまっています。ただ、これについては製作陣もハナから既存のファンに対するサービス精神は感じられないので、もしかすると想定内であったのかもしれません。

では、仮にドラクエシリーズに全く思い入れのないファンが本作を鑑賞すれば楽しめるのかというと、残念ながらそれも難しいと思われます。なぜなら、長編ゲームを無理矢理圧縮しているせいで展開がかなり駆け足であり、世界観に対する理解やキャラへの思い入れが全く醸成されないためです。先にも触れたように、例えばビアンカの結婚をとっても幼少期の思い出が全部カットされているため、初見の方ではなぜ彼女が選ばれたのか納得がいかないでしょう。この点に関しては、むしろ原作を知っているファンこそ「まあ、ビアンカと過ごした時間も長いしな…」と納得できる始末です。

 

しかしながら、既存ファンはストーリーを理解できるのでなおさら腹が立ってきます。それは終盤の展開もそうですし、キャラクターデザインもそうです。

本作の評価をまとめてしまうと、「見ることによって誰も楽しめない映画」になってしまっていると思います。ハナから原作ファンを捨てていくのであれば、人物の設定や世界観だけを借りて全く別のストーリーを作ってしまっても良かったでしょう。しかし、実際のところは無駄に原作要素が残ってしまっており、どこまでいっても中途半端な映画としか感じられません。

もっとも、これを裏付けるのがネット各所における酷評の嵐です。仮に「原作愛を感じる内容」または、「改変だらけだが映画としては見どころのある内容」であれば、本当の意味での「賛否両論」が巻き起こったはずです。しかし、大手メディアは賛否両論と口を濁してはいますが、その実態は「否非全論」といえるものであり、あまりにも救いようのない映画と断じてしまってもいいかもしれません。

【考察】どうしてこのような作品が世に放たれてしまったのか

【考察】どうしてこのような作品が世に放たれてしまったのか(C)2019「DRAGONQUEST YOUR STORY」製作委員会
(C)1992 ARMOR PROJECT/BIRD STUDIO/SPIKE CHUNSOFT/SQUARE ENIX All Rights Reserved.

さて、本作に対する評価は非常に残念なものにならざるを得ないということはお分かりいただけたかと思います。ただ、現実の問題として、このように「失敗が濃厚な作品」を世に送り出した製作陣がいるわけで、我々からすると「どうしてもっと早い段階でストップがかからなかったのか」と思わずにはいられません。そこで、本作が生み出されてしまったことからも推測できる、現代邦画が抱えている問題点を考えていきます。

まず、個人的なレベルから行くと、監督の山崎貴は「原作付きの映画を、非常に早く撮ってとりあえず形にすることができる」という能力を有する人物です。実際、今年は今作を含めて彼が制作に携わった映画が3本ほど公開される予定で、その早撮りテクニックは関係者に高く評価されているのでしょう。残念ながら昨今の邦画は「とりあえず原作をつけて、とりあえず人気の俳優を起用し、とりあえず公開する」という手法で作品を制作しており、彼はトレンドとの相性が非常に良いのです。

 

次に、そもそも残念な邦画が市場にあふれる理由として、「観客の質が低い」ことと「制作側の怠慢」という二つの可能性を検討してみましょう。まず、個人的に最も大きな原因として「観客側の映画を見る目が衰えている」というものが挙げられます。

そもそも、当然ながら観客側が質の低い作品にNOを突きつけ、そうした映画を見に行かなければ、市場の原理から自然とそうした映画は退場していくのです。しかし、実態としては「とりあえず作ってみた」と言わんばかりの映画を見に行く観客が絶えないばかりに、製作陣もそれに甘えて適当な映画を世に生み出し続けてしまうのです。

 

では、結局なぜ観客側の映画を見る目は衰えてしまったのでしょうか。個人的な考えでは、「趣味としての映画」が下火になっていることを原因として挙げてみたいです。そもそも、質が低く量産される映画は、カップル向けの映画またはファミリー向けの映画が非常に多いように感じます。

これは「映画をデートや家族サービスの一環として利用する」という流れが裏にはあるわけで、「映像作品として映画を鑑賞する」という文化そのものが衰退しつつあることを示しているのかもしれません。

残念ながら、本作の登場はこうした流れを否応なく我々に見せつけることになりました。個人的には、「これでいいのか映画人よ」と思いますし、改めて邦画界への失望を禁じ得ません。

(Written by とーじん)

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