『犬猿』は『ヒメアノ~ル』で話題になった吉田恵輔監督による日本のオリジナル映画です。ある兄弟と姉妹である四人の登場人物が、複雑に交錯する新感覚のヒューマンドラマとなっています。
実力派俳優が参加しており、単に感動できるヒューマンドラマとは一線を画したシナリオと演出は必見です。
そんな映画『犬猿』の個人的な感想や解説を書いていきます。ネタバレを含む内容となっていますので、映画を未視聴である方はご注意下さい。
目次
映画「犬猿」を観て学んだこと・感じたこと
・血の通った兄弟姉妹に抱くリアルな感情に思わず共感してしまう
・笑いあり、涙ありの愛憎劇が映画を退屈させない
・他人への嫉妬する感情へどのように向き合うか?
映画『犬猿』の作品情報
公開日 | 2018年2月10日 |
監督 | 吉田恵輔 |
脚本 | 吉田恵輔 |
出演者 | 金山和成(窪田正孝) 金山卓司(新井浩文) 幾野由利亜(江上敬子) 幾野真子(筧美和子) |
映画『犬猿』のあらすじ・内容
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金山和成は印刷会社に勤める営業マン。父親が作ってしまった借金を代わりに返済するために、毎日真面目に働いていました。しかし和成には服役している兄、卓司がいます。そんな卓司は刑期を終えて和成の元に転がり込んできました。真面目に働いている和成にとって、短気ですぐに暴力を振るう卓司に頭を抱えてしまうことに。
一方、和成の会社の取引先の小さな印刷工場を営んでいる社長・幾野由利亜。彼女は仕事はできますが、自分の容姿にコンプレックスを抱いていました。そんな彼女とは真反対のような性格をしている妹の真子は、仕事はできませんが容姿と人当たりの良さで、男性からは人気があります。
そんな複雑な2組の兄弟と姉妹ですが、ひょんなことで兄弟と姉妹が関わり合います。その出会いがきっかけとなり、それぞれの関係が変化していきます…。
映画『犬猿』のネタバレ感想
嫉妬、愛情、尊敬、無いものねだり、複雑な感情が絡み合う人間模様は必見レベル
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映画『犬猿』の最大の魅力は、何と言っても登場人物たちの愛憎渦巻く人間模様です。血の繋がった兄弟姉妹同士、自分が無いものを持っている相手への感情は嫉妬が募ったり、時には愛おしく思ったりすることもあります。『犬猿』はそんな身内の微妙な関係を、繊細かつ大胆に扱った意欲作です。コミカルかつリアルな心情に共感できるドラマは、まさに新感覚のヒューマンドラマという言葉が適しています。
劇中に登場する金山兄弟は、コツコツ真面目働き静かに暮らしている弟と、前科持ち大きな勝負事にしか興味がなく、短気で破天荒な性格をした兄で構成されています。そして、幾野姉妹の姉は、賢くて仕事ができるけど容姿に自信がない。妹は容姿が良くて人から可愛がられるが、頭は良くなくて仕事はできません。
どちらの兄弟姉妹も関係は実に対照的です。本作の良いところの一つに、決してどちらの性格が良いとは断定しないところがあります。作中で金山兄弟は、兄のほうが一発当てて優雅で勝ち組的な生活を送っている時もあれば、弟の方が家族に認められたり、ちゃんとした恋人もできていたりしていました。幾野姉妹も妹の方が容姿でチヤホヤされている時もあれば、姉の方が仕事や家事などで頼りにされています。
そのようなことを間近で見せつけられるから、どちらも自分にはなく相手にはあるものを求め、嫉妬するようになります。その嫉妬という感情は、劇中の時間軸だけでなく長い時間一緒にいたから積もった感情です。兄弟・姉妹だからこそ培われた極上の嫉妬。そんな強烈な感情が作中で大爆発していくシーンは圧巻でした。
しかし、子供の頃の兄弟・姉妹はそのような嫉妬だけではなく、お互いに幸せだった頃もありました。その上、相手の良いところを素直にリスペクトしている気持ちもあります。本当は大切で尊敬している部分もあるのだけれど、自分がもっていないものをあいつはもっている。あいつは自分よりダメだ。『犬猿』はそんな複雑な感情が入り乱れ、血の繋がった人間模様なのです。
このような複雑な感情を本作では、コミカル且つドラマチックに繊細に描いています。キャッチコピーの「新感覚のヒューマンドラマ」という言葉は間違っていません。こんなヒューマンドラマは世界中で探しても中々ないでしょう。笑いもありますが、胸に冷たく刺さる共感性があり、『犬猿』という映画は身内に起こるリアルでコミカルなヒューマンドラマなのです。
『ヒメアノ〜ル』の吉田監督の手腕が『犬猿』でも発揮される
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『犬猿』の監督は強烈なシナリオと演出で話題になった『ヒメアノ〜ル』を手がけた吉田恵輔監督です。『ヒメアノ〜ル』では、原作である漫画がありシナリオの下地はあったのですが、『犬猿』は吉田監督のオリジナル作品となっています。
その吉田監督の強烈な才能は『犬猿』でも存分に発揮されていました。最初は小さくくすぶっていた嫉妬の感情が徐々に大きくなって爆発する流れは、思わずドラマに没頭していく感覚に陥ります。金山兄弟と幾野姉妹の対比させたやりとりと、クライマックスまでの流れや、テンポの良いコミカルな話の流れ。そしてクライマックスの爽快感とオチが映画を退屈しない作りになっています。
『ヒメアノ〜ル』は、コミカルなシーンと、観客の心を刺すかのようなえげつないシーンの組み合わせはありましたが、『犬猿』でもそのテイストは健在です。暴力描写などはあまりないものの、リアルな人間関係から溢れ出る感情は心を揺さぶられ、胸を刺すような嫌な感覚がありました。
泣けたり感動する話ではないですし、コメディと一括りにもできません。複雑な感情が混ざったヒューマンドラマでもあり、エンターテイメントでもあります。このようなヒューマンドラマは他の作品では中々見られませんね。
【解説】由利亜と真子、姉妹の関係
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由利亜と真子の関係は多くの人が共感したり、身に覚えのある関係だったのではないでしょうか。
例えば、最初はコミカルに描いていた由利亜の和成への恋は、微笑ましく終始笑いがこみ上げるようなシーンが多くありました。『ヒメアノ〜ル』でも序盤は笑えるシーンが多かったので、吉田監督はコミカルな演出が得意なのかもしれませんね。このようなところが、映画を見る上で退屈させない構造になっていると思います。
しかし、後半で由利亜は好きだった和成を妹の真子に恋人として取られてしまいます。由利亜だって真子のように可愛い女の子として恋愛をしたかったわけです。容姿が妹と比べてよくなく、仕事ばっかりの人生だった由利亜にとっては、和成を真子に取られたことは、非常にショッキングなことだったのでしょう。
そこから由利亜の真子への嫉妬が暴走していきました。これみよがしに由利亜は真子に残業を強制させたり、自分が得意な仕事で真子を見下したり、挙げ句の果てには家族のいる居間で、真子が家族に内緒にして出演していたグラビアビデオを流します。この一連の嫌がらせと感情の動きの描き方は、確かにえげつなさもあるのですが、由利亜の真子への募らせた憎たらしい想いがよく表れてると思います。いつも論理的で正しいことをする由利亜ですが、長い間溜め込んだ真子への嫉妬の最大限の表し方だったのではないでしょうか。
仕事ばっかりで真子のような恋愛もできなかった由利亜。由利亜が欲しかったものを、何もできない空っぽのような真子が全て持っているという悔しさと嫉妬。真面目でできる人だったからこそ、最後に自殺未遂という、とんでもない行動を取ってしまったのだと思います。
妹の真子も決して何も考えていないわけではありません。姉以上に自分が仕事をできない人間であることは内心認めています。加えて、女優としても大成できる気配はなく、ケチなモデルの仕事を少し貰っているだけ。このままではいけないとは真子もわかっていました。自分が空っぽな人間だということをまだ受け入れたくない。だから、真子は由利亜の論理的で絶対的に正しい意見が不快に感じられたのでしょう。
真子自信も自分が何の取り柄もない空っぽの人間であることの自覚があるのです。とは言っても、真子はその事実を中々受け入れられません。だからブスとは言いつつも、しっかりと仕事をこなす姉に憧れや嫉妬という感情は、真子の内心ではくすぶっていました。それを姉の前で認めるのは、真子の小さなプライドが許せなかったのでしょう。子供っぽいですが、真子っぽいと言ったらま真子っぽいです。だから最後の最後まで、子供じみた喧嘩になってしまったのだと思います。
このような幾野兄弟の関係や2人の感情の揺れ動きは、金山兄弟より共感性が高いのではないでしょうか。容姿や仕事の出来なさとかは、現実でもかなり身近に潜む問題です。だから個人的には幾野姉妹の関係はかなり身近な存在に感じられ、共感できる内容だと思いました。最終的には完全に仲良りすることなく終わるというのも、またどこか現実的です。『犬猿』というヒューマンドラマはそのような共感性の高い作品だからということも、思わず作品に没頭してしまう要因なのではないかと思います。
【解説】和成と卓司、兄弟の関係
![【解説】和成と卓司、兄弟の関係](https://filmest.jp/wp-content/plugins/lazy-load/images/1x1.trans.gif)
金山兄弟ではコミカルなシーンは少なく、兄の卓司の破天荒な行動に日々いらだちを覚えていく弟の和成が印象的です。いつ降り注ぐのか分からない卓司の暴力と和成の感情の爆発。幾野姉妹とは違ったスリルが楽しめました。
和成が毎月ちょっとずつ真面目に働いて返済していた両親の借金は、刑務所に入っていた卓司の思いつきのような事業が成功し借金は全額返済。真面目に生きてきた和成にとって、卓司のこのような復活は、快く受け入れられるようなものではありません。散々卓司に迷惑をかけられ、卓司を軽蔑していた和成にとっては、侮辱のようなものですよね。
しかし、両親は和成の真面目で優しい性格をちゃんと見ていました。兄弟の両親は、卓司がプレゼントした高級マッサージチェアーを使わず、和成が買ってくれたものを愛用しています。ここで卓司は、和成に対して嫉妬を抱くのです。「俺のほうがすごいのになんであいつが認められるんだ」と。お互いに自分に足りないものを兄弟に求め、嫉妬を抱くという不思議な構図。そのような複雑な関係を、シナリオにしっかりと落とし込んだ吉田監督の手腕は素晴らしいものだと思います。
個人的に一番印象に残ったシーンは、和成が卓司にキレるところです。はじめから兄を疎ましく感じていた和成ですが、「もう、死んでくれよ!」と絶叫するところは圧巻でした。自分に迷惑をかけてくる兄と行動力があり強い兄への嫉妬。様々な負の感情が滝のように溢れ出した感覚です。
この和成がキレるシーンまでのシナリオや尺が本当に丁度よく、一種の快感を得るような流れでした。『ヒメアノ〜ル』でとつもりに積もった狂気が一気に炸裂するような感じなので、吉田監督の手腕が監督オリジナル作品の『犬猿』でも、十分に発揮されていたと思います。
複雑でデリケートな性格をしている和成役の窪田正孝の演技がすごい
![複雑でデリケートな性格をしている和成役の窪田正孝の演技がすごい](https://filmest.jp/wp-content/plugins/lazy-load/images/1x1.trans.gif)
映画『犬猿』の魅力は、役者にもあります。特にすごいと思ったのは、和成役を演じている窪田正孝さんです。実際に窪田さんには兄がいて、まさに『犬猿』のように喧嘩したこともあり、卓司役である新井さんとは、趣向が全然違うから苦労したなんて話もあります。『犬猿』は役者の方にとっても、共感性が高い映画だったのかもしれませんね。
そんな窪田さんは、『犬猿』以外にも様々なテレビドラマや映画に出演しており、高い評価を受けている役者ですが、本作でもその実力は十分に発揮されていたのではないでしょうか。
窪田さんが演じる和成は真面目ですが、過去に兄の卓司を陥れたこともあり、狡猾な一面をもっています。和成は真面目ともとれますが、兄や周囲に逆らえなかったりと、臆病な面もあるので非常に繊細でデリケートな人間です。和成の弱々しさと狡猾さ、そして兄の卓司に対する恐怖心と怒り、嫉妬という複雑に絡み合ったデリケートな感情を、窪田さんは見事に演じきっていました。
特に卓司に対する嫉妬や煩わしさを全てぶちまけるかのような怒りのシーンは圧巻で、窪田さんは和成というデリケートで難しい人物を、丁寧かつ大胆に演じていたと思います。思わず『犬猿』という映画に没入してしまうのも、窪田さんの素晴らしい演技があったからですね。
本当は大切な存在だけど、『犬猿』の仲は続く
![本当は大切な存在だけど、『犬猿』の仲は続く](https://filmest.jp/wp-content/plugins/lazy-load/images/1x1.trans.gif)
『犬猿』のラストシーンは仲直りした後に、またお互いが睨み合うシーンで幕を閉じました。せっかくいい感じの仲になって大団円かと思いきや、「犬猿」の仲は続きます。現実はそう上手くはいかない感じがリアルさですね。
確かにお互いの存在は、憎たらしい存在であるのかもしれません。しかし、お互いが大事な存在であることは間違いありません。そう簡単に今までの感情が精算されるわけではありませんが、兄弟姉妹はお互いをしっかり認め合い、尊敬しているところもあります。
例えば、和成と真子がデートした時の会話です。和成は兄の悪口を真子に言っていたのですが、真子が卓司の悪口をいうと、和成はその兄への悪口に反論していました。これは真子も同じであり、真子が姉の悪口を言われた時はその悪口に反論します。このようなシーンをみると、何だかんだ言って兄や姉を尊敬してことが分かりますね。
しかし、『犬猿』は最後に金山兄弟も幾野姉妹、どちらも大変なことになります。卓司はかつて暴力を振るった人間による報復で、刺されてしまい大怪我。由利亜は会社の仕事と親の介護疲れ、そして和成を失ったことでのショックで自殺未遂をしてしまいます。
そんな状態で兄弟・姉妹達は救急車の中で、子供の頃の記憶を思い出します。金山兄弟たちは、たくましい兄に笑いながら、自分を守ってくれる兄についていく弟。幾野姉妹も似たようなもので、姉は可愛いから女優になれるよと妹を可愛がっていました。
無邪気にはしゃぐ兄弟と姉妹たちは、子供の頃はお互いの長所をリスペクトしていましたし、愛情も確かにあったのです。『ヒメアノ〜ル』にもありましたが、子供の頃の温かくて優しい記憶が、ちょっとだけ涙腺を誘います。
そして騒動と夢の後、お互いのことを改めて兄弟と姉妹は認め合いました。完全に憎み合っているというわけではなく、今でもお互いのことは認めており尊敬しているはずなのです。とは言っても、ラストシーンでも分かるように、最後の最後まで仲違いは続くのでした。
単純に愛情や憎悪の二元論では割り切れない複雑な関係。しかし、一歩引いてみれば喜劇のようにも見えますよね。確かに憎んだり、尊敬したりしているのですが、側から見るとただの喜劇に見える時が確かにあると思います。
ただ憎しみ合ってるのではなく、嫉妬や尊敬といった様々な感情が混じり、ぶつかり合っていくー。ある意味、外から見ると一つの喜劇として観れるのです。これは非常に面白く、エンターテイメントとしても優れていると言えるでしょう。
『犬猿』の面白さは、当人たちにとっては複雑で頭を抱えるような関係でも、一歩引いて観客として見れば喜劇として映るところにあると思います。
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