『帰ってきたヒトラー』はダーヴィト・ヴネント監督によるブラック・コメディ映画です。
歴史と政治を娯楽に落とし込んだ素晴らしい一本でした。
今回はそんな『帰ってきたヒトラー』の個人的な感想やネタバレ解説、考察を書いていきます!
目次
映画「帰ってきたヒトラー」を観て学んだ事・感じた事
・国民の人気を得た悪魔の描写が見事!
・コメディでもあるけど、政治的ホラーでもある
・まさか歴史的悪人に共感してしまう日が来るとは……。
映画「帰ってきたヒトラー」の作品情報
公開日 | 2015年10月8日(ドイツ) 2016年6月17日(日本) |
監督 | ダーヴィト・ヴネント |
脚本 | ダーヴィト・ヴネント ミッツィ・マイヤー |
原作 | ティムール・ヴェルメシュ |
出演者 | アドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ) ファビアン・ザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ) カッチャ・ベリーニ(カッチャ・リーマン) クリストフ・ゼンゼンブリンク(クリストフ・マリア・ヘルプスト) |
映画「帰ってきたヒトラー」のあらすじ・内容

かつてナチス・ドイツを指揮し、ヨーロッパ中を恐怖に陥れたアドルフ・ヒトラー。彼は1945年に自殺したとされていますが、なんと2014年のドイツに転生してきました。
生活に困っていたところ、「ヒトラーそっくり芸人」として売れないカメラマン・ザヴァツキに目を付けられ、二人三脚で政治批判のドキュメンタリー映像を作ることになります。
ロケ先でもウケが良く、Youtubeにアップした動画は瞬く間に百万再生を超え、どんどん人気が高まっていきます。その迫真ぶりをとあるTV局の局長・ベリーニが気に入り、ヒトラーの地上波出演が決定して……。
映画「帰ってきたヒトラー」のネタバレ感想
超強烈な風刺映画

本作はドイツ国内でベストセラーとなった小説の実写映画作品です。レンタルビデオ店などでは単に「コメディ」のジャンルに収められがちですが、本質的には超がつくほどの風刺作品となっています。世界史上でもまれにみる悪人とされがちなヒトラーが21世紀のドイツを冷ややかな目で見るさまは、これ以上ないほど皮肉が効いています。
現代社会を歩くヒトラーの姿は、私たちがなんとなくイメージする「大げさに演説する、ヒゲの怖い人」ではありません。見た目は主演とメイクの努力でソックリになっていますが、物腰がまったく違っています。しかしそれはフィクションとして、性格を変えられたのではありません。歴史の中で忘れ去れた、「ドイツのために動いた一人のおじさん」としての、ヒトラーのもう一つの顔なのです。『帰ってきたヒトラー』は、そうした過去の教訓までもブラックな笑いに変えた、非常に際どい映画とも言えます。
わかりやすさとヒトラーのキャラの強烈さ、さらに社会問題にもしっかり踏みこんだ姿勢が高く評価され、2018年にはイタリア版リメイクとして『帰ってきたムッソリーニ』も公開されました。それだけ人気を博した映画と言えます。なお、こちらの日本での公開日は2019年9月20日となっています。
市民の悩みに日本人でも共感しちゃう

蘇ったヒトラーはザヴァツキと共に、ドイツ中をドライブして一般市民にインタビューをしていきます。テーマは「いま困っていること」。そこで語られる意見は、こんにちの日本人が持つ悩みと大差ありません。「賃金」「民主主義の不徹底」「移民問題」……まとめて言えば政治不信です。陸続きのヨーロッパと違い、移民については日本でさほど問題になっていません。とはいえそれも「高齢者問題」のような、働く世代との利害の不一致が発生している人の事に差し替えてしまえば、やはり同様だと思えてしまいます。
そしてこんな状況をヒトラーは、第二次世界大戦が起こる前の30年代と同じだと断じます。これはヒトラーが生前から得意だった詭弁だとは思いますが、キッパリ言い切られるとドキっとしてしまいます。冷静に考えれば、第一次世界大戦の敗北によって課せられた賠償金と世界恐慌による混乱までは発生していないため、デタラメだと判断できます。けれど自信たっぷりに言われると、一瞬「ヒトラーの方が正しいかも……」と思わされるところが恐ろしいです。
「ウソをつくなら、できるだけ大きなウソをつけ」……劇中では出てきませんが、これもヒトラーの言葉です。言葉だけ見ると胡散臭いですよね。しかし、いざ本気で大げさなウソを吐かれると疑いにくくなるものなのだということを、『帰ってきたヒトラー』は教えてくれます。
【解説】本物のヒトラーもあんなに親身だったの?

インタビュー中のヒトラーは非常に穏やかで、戦時中に大量虐殺を指示した男だとはまったく思えないような雰囲気をまといながら聞き手に徹します。ときおり荒ぶる様子も見せますが、あるトラブルが起きたときを除けば、どれもドイツへの愛ゆえです。少し愛国主義の強いおじさん、くらいにしか見えません。
「ヒトラーは悪い人だ」と漠然としたイメージを持っている方には、その姿が嘘くさく見えてもおかしくありません。ストーリーを盛り上げるための演出だと捉えられることでしょう。しかし実のところ、本物のヒトラーとそこまでかけ離れているわけでもないのです! オリヴァー・マスッチの役作りの成果もあって、むしろ普段のヒトラーらしさが出ていると言えます。
「歴史上の悪人」というと、一般的にはどうしても「敵を人とも思わない冷血人間」と思いがちです。ダース・ベイダーやディオ・ブランドーのように、気に入らない者なら部下でも容赦なく斬り捨てるような大悪党を想像してしまうでしょう。ローマ皇帝ネロ・クラディウスやチンギス・ハーンのような人物であれば、そうした紋切り型のイメージも間違いではないとも言えます。
ヒトラーがそれらの人物と違うのは、史実上彼は「公正な選挙によって権力を得た男」だという点です。皇帝のように世襲でもなく、チンギス・ハーンのように力でのし上がったわけでもありません。当時のドイツで国民からの人気を獲得し、ドイツ人らが納得した上で総統となったのです。ですから彼が、本作の中で映されているような「人に好かれるおじさん」であることは、むしろ自然だとさえ言えます。
少し話がそれますが、キリスト教における悪魔の絵画を見ると、けっこうな割合で美しく描かれています。人間を悪の道へと誘い込む存在は、好ましい見た目と甘い言葉を駆使するから、人を騙せるということの表れでしょう。
詐欺師だって、見るからに怪しい格好をしていたら話を聞いてもらえません。見るからに優しい人だと思い込ませることではじめて、他人を騙して金をもぎ取ることが可能になります。ヒトラーもそうした好感の持てる悪魔なのだと思うと、本作をより一層楽しめるでしょう。
叙述トリックも巧妙
本作のコメディ要素の大半は、ヒトラーとそれ以外の認知のズレにあります。ヒトラーは自分が本物のヒトラーだと知っていますが、他の人はそんなこと露ほども考えていません。当時は偽装説も根強かったとはいえ、70年前に死んだはずの人物が70年後にそのままの姿で現れるなんてありえないからです。そのためヒトラーは「そっくり芸人」と思って当然といえます。
誰が何を聞いても1910~30年代の基準で答えるヒトラーとは、普通なら会話が成立しそうにありません。しかしなぜか噛み合ってしまうあたりには、日本の芸人コンビ・アンジャッシュのコントのような軽妙さがあります。アンジャッシュと違って『帰ってきたヒトラー』にはツッコミがいませんが(ツッコミは日本独特の文化ですから)、言葉の面白さは純粋に楽しめることでしょう。
吹き替え版のキャスト配置もグッド

マスッチが演じる、転生ヒトラーと言うべき人物像を味わうなら、本作は字幕で観るべきでしょう。音声はドイツ語なので言っていることの意味がわかる人はほとんどいないと思いますが、本物との相似性だけでも一見の価値アリです。
とはいえ、吹き替え版も悪くはありません。日本語でヒトラーの声を当てているのは大ベテランの飛田展男です。一般的には『ちびまる子ちゃん』の丸尾くん役が有名ですが、「狂ったヤツ」を演じることにかけては数多の実績を持つ人でもあります。
『機動戦士Ζガンダム』のカミーユに『機動武闘伝Gガンダム』のウルベ・イシカワなどガンダムシリーズでは度々出演していますし、『ボノボノ』のしまっちゃうおじさんから『星のカービィ』のコックカワサキまで担当した、わかる人にはわかる「狂ったヤツ」の大御所です。彼が稀代の悪人・ヒトラーを演じるとなれば、外れるはずはありません。『機動戦士ガンダム』の中にはヒトラーを元にした人物も登場していますし、その意味でも相性が良かったのでしょう。
以下からネタバレありです!
【ネタバレ】ゾッとするヒトラーの復権!

地上波に出演したヒトラーは瞬く間に注目を受け、一躍人気芸人として活躍しはじめます。発掘したザヴァツキも採用したTV局長も喜びますが、そうは思わない人物もいました。局長の座を狙う副局長・ゼンゼンブリンクです。彼はヒトラー共々局長を引きずりおろせないかと、スキャンダルを探しだします。
偶然にも、ヒトラーがザヴァツキとのロケ中に小型犬を射殺する映像を入手したゼンゼンブリンクは、ヒトラーが出演する番組でその映像を差し込んで、国民からの反感を煽ります。計画通りヒトラーと局長は失脚し、TV界からも追放されます。
しかしヒトラーにとって、干されてしまうことはこれが初めてではありませんでした。第一次世界大戦が終わって政界に進出した後の1923年11月、彼はミュンヘンで一揆を起こして失敗し、一時的に禁固刑に服しています。その前後においても彼は周囲の人間を籠絡し、刑務所の中で特別待遇を勝ち取っています。そしてこの刑期を利用して、主著『わが闘争』の執筆にも取り掛かっています。この本は初めから大ヒットしたわけではありませんでしたが、のちにナチスが支持を受けるにつれてどんどん増刷されていき、ナチ党の象徴にもなっていきました。
『帰ってきたヒトラー』でも、その流れをなぞったのでしょう。表舞台での仕事を失くしたヒトラーは再びペンを執り、新たな本を仕上げます。タイトルは『帰ってきたヒトラー』!この本もベストセラーとなり、ザヴァツキと前局長によって映画化が進行していきます。
一方のゼンゼンブリンクは自身の無能さゆえに担当番組の人気をどんどん下げてしまったことから、多額の出資によって映画版『帰ってきたヒトラー』の放送権を獲得することにします。ヒトラーの復権は目前に迫っていました。
そんな折、第二次大戦を知っているユダヤ系の老婆がヒトラーを間近で見て、「本物だ」と叫びだします。そのことが引っかかったザヴァツキは独自にヒトラーの身辺調査をし、「そっくり芸人ではなく本物だ」という確信を得ます。しかし40年代の人物がそのままの姿で転生するハズがなく、また多数のドイツ人がヒトラーを信用しはじめていたために、むしろザヴァツキの精神が異常だとされてしまいます。
ザヴァツキは真実を信じてもらえないまま、精神病棟に隔離されます。一方のヒトラーは映画をクランクアップさせ、彼が望むドイツに変えるべく自由に歩き出すのでした……。
【考察】バッドエンドかどうかは国民が決める

半分主人公のように描かれていたザヴァツキが監禁され、ヒトラーが衆目を浴びるラストは、決して愉快なものではありません。とはいえこれが「最悪」であるとまで言いきることはできないでしょう。なぜならまだ取り返しのつかない事態には至っていないからです。まだ誰も命を失ったりはしていませんし、ザヴァツキも数日で解放されればのちのち笑い話になるはずです。あのあとドイツ人たちがすぐヒトラーの本質に気づくことができれば、ほんの小さな過ちで済みます。
とはいえあの様子では、誰も気づきそうにないのも事実です。ラストの地点でかなりの人が好意的に捉えていましたし、さらなる人気獲得も示唆されていました。ヒトラーの格好をしているというだけで彼に反抗する人もいたようですが、裏を返せば本質はわかっていなかったということにもなります。「なに悪人のコスプレしてんだ!」という言い分では、完全に排除することなんてできませんからね。やはり終わり方としてはほとんど希望がないと言えるでしょう。
個人的にこの終わり方が恐ろしいのは、「ヒトラーがヒトラーの名前・恰好で活動したから、老人やザヴァツキが本質に気づけただけ」というところです。当然ながら、1945年に死んだ人間が現代に蘇るのはファンタジーであり、仮にそのとき生き延びていたとしても、21世紀まで健康ではいられないでしょう。
しかし、ヒトラーと同じような思想・才能を持った別の人間が今後現れないとまでは言えません。国中がピンチに陥った時、そのような人物がまるでヒーローのように颯爽と登場して、公的な選挙などを通して権力を得てしまうことがあるかもしれません。
ちょうど彼は閉幕間際に、「私(ヒトラー)を消すことはできない。私はきみらの中に存在する」と言いました。ヒトラー本人がこの世に転生することはありえなくても、民衆の意識次第でヒトラーと同じような思想が復活し、国を支配することもありえるという暗示でしょう。真に恐ろしいのはナチスやかぎ十字といった記号ではなく、排他的な極右傾向なのだということを、しっかり覚えておきたいところですね。
最後にこんな言葉を紹介しましょう。19世紀の哲学者ヘーゲルの言葉です。「歴史から学ぶことができるただ一つのことは、人間は歴史から何も学ばないということだ」。ヒトラーが単なる悪役だと思っているうちは、ナチスの本当の脅威に気づくことなどできません。同じ悲劇を繰り返さないためには、歴史を前後の関係まで含めて理解する必要があるでしょう。
【評価】歴史×コメディ映画として一級品

『帰ってきたヒトラー』は、わかりやすさと斬新さ、そして教育性までをも盛り込んだ軽妙な映画です。
日本のお笑いに必要不可欠な「ツッコミ」がないため、日本人からするとコメディとしての威力を感じにくい欠点はありますが、それを補って余りあるほどの魅力を持っているのも事実です。他の国・他の人物を元にした別バージョンも、素直に観てみたくなりました。
外国の情勢に興味がある方、現代社会に不満がある方、歴史を勉強することの意義が知りたい方など、幅広い層にオススメできる一本です。
(Written by 石田ライガ)
映画「帰ってきたヒトラー」の動画が観れる動画配信サービス一覧
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Hulu![]() | ○ | 2週間 |
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※2019年7月現在の情報です。