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『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』ネタバレ感想・解説・考察!シンジに同情?監督に絶望を与えた問題作

理不尽でひどい展開にシンジへ同情する観客が続出、そして酷評

映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』は、かつて一世を風靡した大人気ロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のリメイク版として作成され、同時に新劇場版シリーズ四部作の第三作ともなった作品です。

ストーリーそのものは前作の「エヴァンゲリオン新劇場版:破」の続編ながら、辛うじて旧作の設定を残していた部分に関しても完全に分離してしまっており、本作ではこれまでの作品とは一線を画すような正真正銘のオリジナルシナリオが採用されました。

ただ、こうした大きな路線変更はファンの間で議論を呼び、作品自体がそれほど好意的に受け取られなかったというのもまた事実です。

今回はそんな『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』の個人的な解説や考察を書いていきます!なお、ネタバレには注意してください。

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映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』を観て学んだこと・感じたこと

・次回予告の内容はいったいどこへ行った?
・訳の分からないまま進んでいくストーリー
・改めて考えても作品としての出来はいま一つ

映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』の作品情報

公開日2012年11月17日
監督庵野秀明
摩砂雪
鶴巻和哉
脚本庵野秀明
出演者碇シンジ(緒方恵美)
アヤナミレイ(林原めぐみ)
式波・アスカ・ラングレー(宮村優子)
真希波・マリ・イラストリアス(坂本真綾)
葛城ミサト(三石琴乃)
赤木リツコ(山口由里子)
碇ゲンドウ(立木文彦)

映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』のあらすじ・内容

映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』のあらすじ・内容

シンジの登場するエヴァ初号機が暴走してから14年の歳月が経過。

かつてネルフの職員としてともに使徒と戦っていた面々は二つに分裂し、ゲンドウや冬月といった幹部が中心の新ネルフと、ミサトやリツコといった現場レベルの人物たちが中心のヴィレが抗争を繰り広げていました。

その戦いの中で、ヴィレはネルフによって衛星軌道上に封印されていた初号機を取り返すべく「US作戦」を敢行。苦戦を強いられつつも初号機の奪還に成功し、ヴィレ側は地球へと帰還しました。

 

そして、14年の歳月を経てシンジが目覚めます。彼はかつてネルフに襲撃してきた第十使徒との戦闘を最後に記憶が途切れてしまっており、一変している周囲の環境に驚きを隠せません。

訳も分からないまま厳しい叱責を受けるシンジは、しだいに不満を募らせていきました…。

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映画『エヴァンゲリオン新劇場版:Q』のネタバレ感想

【解説】「破」上映時の次回予告は作り直しによって破棄された?

【解説】「破」上映時の次回予告は作り直しによって破棄された?

本作を評するうえでは、どうしても否定的な観点からの解説が多くなってしまうでしょう。もちろん個々人のレベルで本作を気に入っている方もいると思いますが、大前提として全くもって社会には受け入れられていないため、そうした観点から本作を評さざるを得ないからです。

まず、そもそも本作の場合は「次回予告と映画の内容が全く違う!」という批判が寄せられています。実際、破の最後に公開された映像に出現してきた機体や設定は何一つとして本作には登場せず、これでは予告詐欺を指摘されても仕方がないでしょう。

もちろん「予告では面白そうだったのに映画はつまらなかった」という作品は枚挙に暇がないですが、「そもそも予告に出てきた光景が何一つとして本編に登場しない」という作品は本作以外に思いつきません。これも製作陣や体制が一新されたならともかく、全く同じスタッフですからね。

 

さらに、より罪深い点としては「予告の内容が非常に面白そうだった」ということもあると思われます。破の最高に盛り上がるラストでボルテージが高まっている状態の観客に、非常に出来のいい予告をぶつけてしまったのです。これではファンが舞い上がってしまうのも無理はないでしょう。

では、話を「なぜ予告と内容がこれほどまでに乖離してしまったのか」という核心部分に移してみたいと思います。結論から言ってしまうとこの詳細については公式に明かされていないのですが、まことしやかにささやかれている噂としては「2011年に発生した震災の影響で監督のメンタル面に大きな影響があった」というものがあります。

もともと庵野監督は精神面が非常に繊細な人物としても知られており、かつ震災のインパクトが重大であったことから、可能性としては否定できないでしょう。ただし、繰り返しにはなりますが公式な見解として発表されているわけではないので、真相は不明のままです。

 

また、上記に関連してですが「予告部分は破からQまでの空白期間に起きた出来事のダイジェスト」という見方も有力になっており、どうやら完全に破棄されたというよりは「予告の未来の世界」を描いたのがQという作品のようです。

もっとも、空白期間の予告をあらかじめ想定して作成していたとは思えないので、これに関しては後から決まったことだと思いますが。

理不尽でひどい展開にシンジへ同情する観客が続出、そして酷評

理不尽でひどい展開にシンジへ同情する観客が続出、そして酷評

本作の問題点は非常にハッキリしており、端的に表現すれば「訳が分からないこと」に尽きると思われます。そもそも観客の立場からすれば、いきなり14年がたっていて、色々と変化を飲み込む前に周囲から糾弾されるという、作中におけるシンジの心情を追体験することになります。

しかも、シンジおよび我々に与えられている情報が責められることに納得できるものであればともかく、第十使徒を倒せたと思っているところにその罵倒が浴びせられるわけです。

そして、たいした説明もないまま冷遇されているシンジを眺めていると、突如としてやってきたネルフの面々によって彼が連れ去られてしまいます。現代から見れば「なぜシンジが冷遇されたか」や「ネルフとヴィレが対立しているという事実」が公開されてから時間もたっているので整理して鑑賞できそうですが、当時リアルタイムで見ていた筆者の頭の中はひたすらに混乱しっぱなしでした。

 

さらに、連れ去られたネルフで混乱に巻き込まれたシンジを救うようなポジションで出現したカヲルに「やっとシンジの立場に理解を示すキャラが出てきた」と少し安心したのもつかの間。相変わらず訳の分からないまま戦闘が始まってしまい、そして訳の分からないままカヲルは眼前の光景に困惑しつつ、なぜかカヲル身に着けていたチョーカーが爆発。いつの間にやら混乱が収まると、心ここにあらずといった様子のシンジがアスカとアヤナミレイによって手を引かれる形で物語は幕を閉じます。

これは先ほども述べたことですが、Qという作品が公開されて数年後の現代であれば納得できる描写もありました。しかし、いきなり予想だにしなかったような多量の新情報を詰め込まれた我々としては、それを整理することも叶わないまま呆然とすることしかできなかったのです。筆者は友人と鑑賞していたのですが、映画終了後の気まずい沈黙を忘れることはないでしょう。

 

そして、この作品は当時すでに普及していたネットの世界で、集中砲火を浴びることになりました。映画の感想ブログではほとんど例外なく散々に酷評され、「シンジがかわいそう」ということで彼が自身の置かれた立場の理不尽さを訴えかける二次創作が流行するなど「エヴァQ叩き」はかなりのものがあったことをよく覚えています。

当時のバッシングについては、庵野監督自身が「あまりの酷評に死のうかと思った」と回想しているほどです。

【解説】ネルフとヴィレの分裂など新設定が多く、シンエヴァとの結びつきも強そう

【解説】ネルフとヴィレの分裂など新設定が多く、シンエヴァとの結びつきも強そう

作品としての出来が良かったとは決して思えませんが、その一方で新劇場版全体の根幹にかかわるであろう設定が数多く公開されたことは注目しなければなりません。

まず、分かりやすいところではやはりネルフとヴィレが分裂しており、戦いの目的自体がこれまでの「人対使徒」ではなく「人対人」に変化しているということが挙げられます。この図式自体は旧劇場版でも確認されたものであり初出の設定ではないですが、そこに至るまでの過程が全く異なったものになっているということは、やはり注目するべきでしょう。

 

また、重要な設定として明かされたのがエヴァの呪縛というエヴァパイロットだけに起こる成長障害です。これは「一度エヴァに搭乗すると、14歳から身体的成長が止まってしまう」というもので、実際に本作ではアスカやマリが破と同じような外見のままになっています。

これの重要な点は「エヴァパイロットに関しては外見=年齢として考えることができなくなった」というもので、実際にかねてから語られていたマリの実年齢がシンジやアスカよりも大幅に上であるということを裏付ける証拠にもなりました。

さらに、本作に登場するレイは我々が知っている綾波レイではなく、「アヤナミレイ(仮称)」という事実も考察のし甲斐がありそうです。これは旧作の世界線でもそうですが、レイという存在は途中でクローンと入れ替わっていることが示唆されています。実際、エヴァに爆弾を抱いて特攻作戦を仕掛けた後にシンジがレイに話しかけると「多分、私は三人目だと思う」と返されてしまっています。

 

以上の点をなぜ取り上げたかといえば、次作であるシンエヴァの予告映像を見る限り、上記の設定が新作に大きく関わりそうだと感じられたためです。まさに本作で予告詐欺の被害に遭った以上その内容を全面的に信じることは難しいですが、映像を見る限りではシンジとレイ、アスカが歩き出したラストからシンエヴァの冒頭部分に直接リンクするような時系列設定になっていると解釈できます。

そのため、これまでの作品以上に本作とシンエヴァは直接的な繋がりが深いと考えるのが自然でしょう。エヴァファンの中には「裏切られた」と当時にショックを感じ、それ以降Q
を見返していないという方も多いのではないでしょうか。

改めて振り返っても「よく考えたら傑作だった!」とはならないと思われますが、当時よりはいくらか冷静に鑑賞することができますし、シンエヴァとの結びつきを考えれば予習と割り切って見返すのは有効であると考えます。

【考察】なぜこのように破綻した作品が仕上がってしまったのか

【考察】なぜこのように破綻した作品が仕上がってしまったのか

本作が酷評されたことはすでに触れましたが、そういった評論の中で「こんな明らかに破綻した作品をなぜ作ったのか」「わざと作品を壊したのか」といった評価が散見されました。そこで、この項では「作品を破綻させたのは故意か否か」を論じた後、本作で目指した方針が採用されることになった理由を考察していきます。

まず、本作の出来は意図的か偶然かという問題がありますが、これはやはり意図的なものだと考えています。その理由として、庵野監督という人は「作ろうと思えば売れる作品を作る力量がある」と思われるからです。

実際、旧アニメエヴァの前半~中盤や新劇場版序・破と、エヴァだけで考えても十分に大衆ウケするような作品を製作できることは証明していますし、エヴァ以外でも『シンゴジラ』に関しては大作経験が豊富な監督らしい安定した力量を披露していました。ここから、作ろうと思えば売れ線の作品を生み出す技量はあると考えます。

しかし、本作のストーリーは誰が見ても破綻しているという他なく、上記のような作品を生み出した監督とはまるで別人のような作風に感じられます。仮にミスだとすればもはやゴーストライターに脚本を書かせたと言ってもいいレベルで、とても正気の沙汰とは思えません。となれば、やはりワザと滅茶苦茶な作品を作ろうと考えたというほうがまだ理解できるでしょう。

 

では、なぜ作品の名声を貶めるような方向性のシナリオになってしまったのか。これに関しては先ほど触れた「震災の影響でエンタメに向いた話を書けなくなった説」だけでなく、「ファンの期待を裏切りたくなった」という庵野監督特有の悪癖が関連しているのではないかと予想します。

そもそも彼の作品は終盤になると一気に難解になり、人によっては破綻していると目を覆いたくなるような内容へと変化していきます。これに関しては、監督が「オタク嫌い」である、つまり王道のストーリーを望む大衆を嫌悪しているという一面が常に指摘されており、今回の作風もそうした価値観の上に成り立っているのではないでしょうか。

個人的に気になるのは作品をリリースした後に発した「バッシングに耐え兼ねて死のうと思った」という言葉です。始めから意図して本作を作っていたのであれば本来出てこないはずの台詞であり、意図的失敗説を否定する根拠になり得るかもしれません。

ただし、これについても監督の情緒が不安定なことは有名であるため、「当時は本当にしてやったりという気持ちだったが急に後悔するようになった」「想定していたよりもずっと叩かれて鬱になった」など、いくらでも仮説を立てることができるのもまた事実です。

【評価】大衆受けは最悪に等しいが、評論家の中には高評価の動きも

【評価】大衆受けは最悪に等しいが、評論家の中には高評価の動きも

本作はエヴァの作品として、というよりも一つの映像作品として大きな問題を抱えた映画です。その見解については筆者としても異論を唱えるつもりもないのですが、個人的に気になったのは分野を問わずクリエイター・評論家の中には本作を高く評価する声が少なからず確認できました。

そうした評価の内容の多くは「鬱展開と芸術性の高い演出が素晴らしく、これぞエヴァなんだ」というものでした。こういった類の評論に多く見られる「これぞエヴァ」というキーワードが、本作の評価を大きく左右するポイントになっているのでしょう。

 

実際、前作のように強いエンタメ性を打ち出して大衆に迎合する一面もあれば、本作のように大衆を突き放して一部のコアなファンを対象とする一面もあるのが、このエヴァというシリーズです。そのため、言ってしまえば「破が好きな人はQが嫌いで、破が嫌いな人はQが好き」という、本シリーズの二面性を端的に表した二作品であったとも考えられるのではないでしょうか。

こうした二面性は、一見するとマイナスに思える一方で本作の「大衆的な面白さ」と「クリエイターのやりたいこと」を絶妙なバランスで両立させているという見方もできます。個人的に庵野監督という人は、常に大衆受けだけを意識して作品を作り続けることはできない監督だと認識しているので、逆に本作が良いガス抜きになったのかもしれません。

そして、上記の二面性を踏まえると、我々が気になるのは「シンエヴァがいったいどちら側に属する作品になるのか」ということでしょう。個人的には大衆側の人間なのでエンタメ的な面白さを重視してほしいと思うところですが、これまでの傾向的に監督はあまり物語を綺麗に終わらせてこなかったことは気がかりです。

(written by とーじん)

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※2020年3月現在の情報です。

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